一三.怪しい同盟

 初鹿野からの電子手紙は、並大抵ではない事態を表していた。


「全部ひらがなで、誤字だらけ。急いで打ったんだ」


 彩美は口をふさぎこんでいる。


「彩美……」


 僕は自分では決められないことを、彩美の決断に委ねることにした。ダメな男だ。


「彩美の判断に任せるよ。僕がここに残るべきか、四国へ行くべきか」


 彩美は僕の小袖の袖をぎゅっと掴んだ。


「ずるい。ずるすぎる。私は将軍なんだよ」

「ごめん」


 彩美は顔を上げ、しっかりとした眼差しで言う。


「絶対帰ってきてよ。かすり傷でも、許さないから」

「かすり傷でも!? そんな無茶な」


 僕と彩美は、数秒目を合わせた後、彼女は豊臣御殿へ、僕は御用部屋へと別れた。




 次の日、四国遠征当日を迎えた。

 早朝から、平定部隊の面々が、新大阪駅前に集まる。


「もう全員揃った?」


 大将の陽菜さんが、腕時計を見ながら僕に確認する。


「ええと、すみません。僕の従者が一人遅れていまして」

「誰?」

「蜂須賀です」


 陽菜さんは「ああ……」とため息混じりの声を出した。


「愛知藩時代から遅刻は多かったよ。ちゃんと起きてるのに、道を間違えてばかり」


 蜂須賀から着信が来た。


「もしもし」

「齋藤さまですか!? あの、集合時間になっても全然人がいないんですけど、齋藤さま、どこにいらっしゃいますか?」


 通話越しでも分かるほど、蜂須賀はあたふたしている。


「今どこにいるの?」

「大阪駅です! 七時に大阪駅集合ですよね?」


 ああ、間違えている……。


「蜂須賀、集合場所は新大阪駅だよ。大阪駅じゃない」

「ええ! 申し訳ございません! 急いで向かいます!」


 通話がブツッと切れる。


「すみません。すぐ来ると思うので」

「もう始めるね」


 陽菜さんは拡声器を口に当て、全員に聞こえる声で指揮を取る。


「みんな! よく集まってくれた! みんなはこれから、四国平定部隊第二陣として、四国戦争の真ん中に突入します!」


 約一〇万人の従者や志願兵が、全員陽菜さんに注目する。


「みんなの役目は二つ。一つ目、収まる気配がない四国戦争を、終結させ、四国を平定すること! 二つ目、音信不通となった、四国平定部隊第一陣を発見し、共に大阪へ帰ること! 分かった!?」

「はい!」


 見事な統率だ。豊臣家の言葉は重い。


「そして、約束をしてほしい。私は、この部隊を誰一人死なせない。その責任がある。命の危険を感じたら、逃げるということも選択肢に入れること! 分かった!?」

「はい!」


 陽菜さんは、僕をチラッと見た。


「それでは、副将の瑞樹くんから一言お願いします」


 ええ。聞いてないぞ。強引に拡声器を渡される。


「ええと」


 僕が話しはじめると、さっきまでは一切なかったハウリングがキインと響いた。隊員は必死で堪えているが、陽菜さんは小声で「うるさ」と呟いた。


「すみません。ええ、平定部隊第二陣の副将、齋藤瑞樹です」

「申し訳ございませんっ!!」


 僕の挨拶に被せるように、蜂須賀が大声で、集合場所に現れた。


「齋藤さま! はちクマ、持ってきましたよっ!」


 大勢を割って入り、大きなぬいぐるみを僕に向かって振っている。


「静かにしてください」


 一〇万人の手前、いつものような接し方はできない。僕は蜂須賀を突き放した。彼女はシュンと寂しそうな顔をしている。


「ううん」


 雰囲気を切り替えるため、一つ咳払いをする。


「大阪に無事に戻るまでが平定です! 皆さんで頑張りましょう! 以上!」


 こういうのは、短ければ短いほどいい。

 僕たちは、一〇万人を四藩それぞれに派遣し、現状を確認することにした。




 新大阪駅から、各藩まで、二時間から四時間弱の道のりを、何隊にも分けて順番に新幹線に乗せていく。

 陽菜さんは先頭、僕は最後尾に位置し、しばらくの間新大阪駅で待つ。


「齋藤さま! ほら! はちクマですよ!」


 蜂須賀が僕に近付いてきた。


「分かったから。あんまりベタベタしないでくれ」

「な! なんでですか!?」


 僕は新幹線を待つ長蛇の列を見る。


「普段はいいけど、今は立場が違うんだ。御用部屋の中じゃないんだから」

「二人の時は、あんなに優しいのにっ!」


 蜂須賀が大声を出す。周りの隊員が、僕たちを不思議そうに見る。


「やめろ。勘違いされるだろ」


 小声で蜂須賀を注意する。


「何かあれば僕から指示を出すから、列に並んで」

「分かりました。でも、私は齋藤さま直属の部隊なので、結局お側にいますよ?」


 ああ、そうだった。

 直近の週刊誌の件もあり、周りの目が少し痛い。僕は小声で「違うんですよ」と囁きまわりながら、新幹線に乗り込んだ。




 四国平定部隊第二陣は、千人ごとの小隊に分かれている。二・五万人ずつ四藩に分割派遣し、僕の直属部隊と二四の小隊は、香川藩へ向かった。

 高松駅は、駅を出ると、大きな笑顔のマークが目印の、スマイルちゃんが出迎えてくれる。


「うわぁ、可愛いですねっ!」


 蜂須賀は、通話機で写真を撮っている。僕も隊員にばれないように、一枚だけパシャリと撮る。


「あ! 齋藤さまもこういうの撮るんですね!」


 言うなよ! こっそりやってんだから!

 小隊長の一人が僕に近付き、話しかけてきた。


「齋藤副将、高松駅は香川藩のメインとなるターミナル駅です。それなのに人っ子一人いません」


 僕も気付いていた。僕たちの部隊以外、誰もいないこの現状は、異常と言うほかない。


「まずは高松城へ向かおう。長宗我部家の末っ子から話を聞くしかないだろう」

「承知いたしました」


 小隊長は、各隊の小隊長に伝えに行った。


「齋藤さま! 見てください! 青鬼のオブジェがありますっ!」


 蜂須賀が両手で紹介してきた。観光に来ているわけじゃないんだけどな。


「『泣いた赤鬼』で赤鬼を助けた青鬼は、その後この香川藩に行き着き、香川の人々の優しさに胸を打たれ、住み着いたんですって!」

「そうなの!?」


 いかんいかん! ちょっと話が面白いから聞き入ってしまった!

 僕は蜂須賀の耳を引っ張り、強引に高松城へ向かった。



 高松城に着いた僕たちは、そこで予想だにしない光景を目の当たりにする。


「どういうことだ?」


 高松城は、門が固く閉ざされており、入ることができない。門にはでかでかと張り紙がしてある。


『香川藩は、徳島藩と平和友好条約を結び、同盟関係になりました。そのため、全ての連絡の窓口は、徳島藩の徳島城となります。御用の方は、徳島城までお越しください。ご理解のほどよろしくお願いいたします。香川藩主・長宗我部香ちょうそかべかおる


 聞いていた話では、四国それぞれが敵対関係にあり、四国統一を目指しているということだった。その情報と、平和友好条約という響きに、ギャップと違和感がある。


「いやぁ、平和に友好ですって! 意外と武力は使わずに解決できるかもしれませんねっ!」


 蜂須賀は、見たまま真に受けて、蜂柄ベレー帽を揺らしている。


「本当にそうだといいんだけどね。とりあえず、周りの民家に聞き込みしよう。香川藩の現状が掴めない」


 僕と小隊長たちは、手分けして高松城周辺の民家を訪ねた。しかし、中にいる気配はするものの、誰一人外には出ない。


「おかしい。なぜ顔を見せてくれないんだ」


 小隊長の一人が、男を連れて僕のもとへ来た。


「齋藤副将! ようやく住民がつかまりました!」


 男はビクビクと震えている。


「ありがとう。後は任せてくれ」


 僕は男を、高松城前に臨時的に立てた陣地に連れていった。

 男を椅子に座らせる。


「僕たちは、大阪幕府から派遣された、仲裁部隊です。あなたは、香川藩に住まわれている方でよろしいですね?」


 男は何も話さず、目の焦点も合っていない。


「香川藩と徳島藩は、同盟を結んでいるんですか?」

「……知らない。私は何も知らない」


 ブチャアッ!


「ちょっと! やめろ!!」


 僕が叫んだ時にはもう遅かった。男は舌を噛み切って自殺をした。


「いやああぁぁぁ!」


 それを見ていた蜂須賀は、ひざから崩れ落ち、叫ぶ。


「大丈夫、大丈夫だから」


 僕は蜂須賀の肩を抱えながら、隊員に、彼女から見えないところへ男を移すよう指示する。

 その時、徳島藩へ向かっていた陽菜さんから、着信がきた。


「もしもし、瑞樹くん?」

「はい。そちらは大丈夫ですか? 僕がいる香川藩なんですけど」


 僕が不穏な状態を伝えようとすると、通話機の向こうからドンチャンと騒ぐ音が聞こえた。


「何されてるんですか?」


 陽菜さんは上機嫌そうな声で答える。


「徳島藩からのもてなしで、宴会を開いてもらってるの。いやぁ、四国戦争なんて大それたこと言ってるけど、あんなの嘘なんだね」


 豊臣法度とよとみはっとでは、満一五歳から飲酒が可能となっている。


「陽菜さん、酔っぱらってますよね?」

「ええ? えへへ。そんなことないよ」


 だめだ。埒が明かない。

 徳島藩で確認しなければいけないこともある。僕たちは急いで陽菜さんのもとへ向かった。

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