一一.閑散な評定所

 日本大阪新聞社との裁判は、和解という形で幕を閉じた。

 四国戦争に目を配りながら、大阪藩内の秩序維持をしなければならない大阪幕府は、しばらくの間てんやわんやだった。

 僕を含めた幹部レベル限りの情報として、四国平定部隊総大将・初鹿野まおとの連絡がつかなくなっているということが知らされている。そのことが、僕たちを余計に焦らせ、四国平定部隊への増員をするか否か、その人数をどうするか。直近の幕府体制について、評定所が開かれることになった。


「それでは、本評定所の仕切りをさせていただきます、勘定奉行代理・大岡なみです。よろしくお願いいたします」


 構成メンバーは、会議室の上手に豊臣彩美、右手奥に豊臣陽菜、その手前に大岡なみ。左手には僕一人だ。


「なんだか随分と少ないね」


 陽菜さんが、空間の多い会議室を見渡す。


「音羽には来てほしかったんだけど。最近ほとんど大阪にいないの」


 彩美は腕組みをした。


「そんなに忙しいの? 新幕府の体制になってから、全然顔を合わせていないんだけど」


 僕は、怪訝な顔をしている彩美に尋ねる。


「怨霊の被害が全国で多発しているの。普段は幕府を頼らないくせに、こういう時だけ応援依頼をしてくる。ほんと、それで大阪が手薄になったら本末転倒だよね」

「なるほど。原因は分かってるの?」


 彩美は通話機を取り出し、なにやら探している。


「寺社奉行所からの報告によると、怨霊たちは常に高揚しているらしいよ。それでいつも以上に人間に悪さをしている。でもそれがなぜなのかはまだ判明していない。その調査にも時間を取られているみたい」

「となると、寺社奉行所を戦力としてカウントするには、もう少し時間がかかるか」


 陰陽師であり、怨霊使いでもある久世さんを派遣すれば、四国戦争の終結が早まると予想していたが、その線は消えた。


「ちなみに、現在、中規模以上の反乱・藩内での内紛が確認されているのは、佐賀藩、福岡藩、広島藩、静岡藩、富山藩、宮城藩、北海道藩、そして四国四藩の合計一一藩。四国以外は、現地の監視部隊が主導になってなんとか鎮圧できているけど、これ以上、国内に下剋上の風潮が拡がれば、いよいよ収拾がつかなくなるよ」


 陽菜さんは、眉間にしわを寄せながら報告した。


「やっぱり、引き締めが必要だと思う」


 彩美が黄色い腰巻をブンと振った。


「日本を今一度一つにしなきゃいけない。地方を野放しにしちゃ、今後も隙を見て政変が起こりかねない」


 彩美はちらっと陽菜さんを見た。陽菜さんはばつの悪そうな顔をしている。


「四国戦争を完全に平定して、幕府の力を全国に知らしめよう。この国の政治組織は、大阪幕府であり、四七藩全ては大阪幕府の配下で統治される。形だけになっているこの仕組みを、しっかりと目に見える形で復活させよう」


 僕はいちまつの不安を覚えている。果たして上手くいくのだろうか。それが維持できないから、地方分権が進んだのではないのか。


「確かにそれが理想ですが、完全な中央主権というのは、リスクも孕んでいます」


 なみさんが彩美に指摘をする。おそらくなみさんは、昨日お風呂に入っていない。僕でも微かに臭う。陽菜さんは少し距離を空けている。


「幕府の負担は単純な計算でいえば、今の四七倍以上になります。それに加えて、今までの比にならないほど、地方からの反発は大きくなるでしょう。日本を一つにまとめようとした結果、取り返しのつかない程の分裂が起こる可能性があります」


 彩美は、小刻みに頷き、しっかりと耳を傾けている。


「さらに言えば、私たちが対等な関係を目指し、日米通商条約の締結という形で、それを実現できたアメリカは、先進国であるのと同時に、地方分権のトップランナーです。これから彼らを見習っていくとしたら、中央集権化は、目指す姿と乖離していくことになります」


 彩美は天を仰いだ後、頭を抱えた。


「瑞樹はどう思う?」


 難しい。地方分権か中央集権か。彩美の、今一度日本を統一したいという気持ちは分かるが、現実的でない気もする。


「こちらからの武力行使での中央集権化は、なみさんの指摘の通り、現実的じゃないと思う」


 彩美は悲しそうな顔で僕を見た。


「でも、これから世界と接していく中で、いきすぎた地方分権体制の日本を、ある程度まとめるべきだという考えは僕にもある。意思決定をスピーディにしなければならないから」

「そうだよね!」


 彩美が便乗した。感情を表に出しすぎだ。


「そのために、地方から自ら幕府に服従を示すような施策をとるべきだと思う」

「例えばどんなことを考えられていますか?」


 なみさんが僕に尋ねる。


「それは……」


 そこまでは思い付いていなかった。


「老中としての責任を持って発言をしてください」


 なんか当たりが強くない!? 目上の人にも公正公平ということなのであろうか。


「四国戦争を利用するのが手っ取り早いんじゃない?」


 彩美が机をポンと叩いた。


「四国戦争は、四藩が武力でぶつかっている以上、こちらもある程度は武力行使をするしかない。目には目を、歯には歯をじゃないけど。それは三人とも分かってくれるよね?」


 僕たちはコクリと頷いた。


「だから、四国戦争を完膚なきまでに平定して、全国に幕府の保有戦力を見せつける。でも武力行使はそれで最後。見せつけた武力を背景に、文治的統治を行う。どう?」

「圧力はかけるけど、実行には移さない。そういうことだね」


 僕は噛み砕いて、その場にいる全員に伝える。


「昔からその手法は行われているし、基本は上手くいくことが多い。初代将軍・秀頼公も、その父・秀吉公も、大まかにいえば武力を背景に圧力をかけて治めていた節はあるからね」


 陽菜さんがオレンジ色の毛先を触りながら、彩美の意見に同調した。


「武力行使は四国戦争限りというのであれば、僕もありだとは思う」


 僕は、彩美のことが心配だった。中央集権を急いで、地方の不満が溜まった挙げ句、狙われるのは国のトップである将軍だ。彩美の身が危険にさらされることは、到底容認できない。


「けど、中央集権へ移行していく期間、順序は、協議の上慎重に進めていくということは約束してほしい。僕は急ぐ必要はないと思う。できるだけゆっくり検討しよう」


 老中として、彩美の意向を最大限実現することは責務だが、同時に彩美の命を守ることは、それ以上に重要だ。


「分かった。瑞樹の言う通り慎重に進めていこう。なみはどう?」


 なみさんは斜め下を見ている。


「賛成はしませんが、反対するほどの気持ちはないです。将軍さまが自信を持って進められるなら、わたくしはついていきます」


 ここまでの流れを作っても、なみさんは流されない。決して賛成とは言わなかった。


「うん。なみ視点で、何か気になることとか、問題点があればすぐに伝えてほしい。私が裸の王様になってたら、しっかり止めてね」


 彩美のなみさんへの信頼が伺える。イエスマンだけを集めないところに、僕は尊奉の眼差しを向けた。


「じゃあ早速、四国平定部隊の第二陣の編成を組みたいと思う。まおの安否も気になるし、三日以内には派遣したい」


 彩美は、そう言いながら、陽菜さんを見た。


「陽菜、第二陣の大将として、四国へ行ってくれる?」

「わ、私!?」


 陽菜さんはギョッと目を見開いた。


「なんで!? やだやだ! 行きたくないっ!」


 またはっきりと。同じ豊臣家故に許される拒否の仕方だ。


「戦闘部隊のトップに大事なのは、先導力と、死なないこと。まおにはその力があるから総大将に任命したんだよ。陽菜もその二つを持ち合わせていると思ってる」

「いや、持ってるけど、持ってるけどさ。長らく愛知藩の絶対的トップとして君臨してきたわけだし」


 あんま自分で言わない方がいいぞ!


「陽菜、引き受けてくれる?」

「分かった。引き受ける。ただ」

「ただ?」


 彩美はクンと首をかしげた。陽菜さんは僕を指差す。


「副将には瑞樹くんを任命したい」

「ええ!?」


 僕は四国へ行く気は毛頭なかった。


「いや、僕は老中なので……一応、国の次席権力者なので……」

「いいよ」


 彩美は即答する。


「いいの!?」


 僕は目を見開いて彩美を見る。


「幕府側は手薄になるけど、なみがいるし、優秀な従者もたくさんいる。瑞樹は四国の平定と、まおを探して一緒に大阪へ戻ってくる。この二つに注力してほしい」


 僕が心配なのはそこなんだ。僕が幕府を留守にしていた間、開国派と鎖国派の政治闘争が起こり、彩美が愛知藩に幽閉されたという苦い過去がある。同じようなことが起こらないとも限らない。僕はいつだって彩美の側にいたいんだ。


「瑞樹、行ってくれる?」


 彩美は、トロンとしたたれ目の上目遣いで、僕をジトッと見つめる。ずるい。故意か過失か、その目で僕を見るのはずるいぞ。


「彩美、何か危険が及んだら、絶対にすぐに連絡をしてよ」

「うん。瑞樹が守ってくれるんだよね」


 彩美は目を細めて笑った。僕はその笑顔に、赤面しながらも、吸い込まれるように見とれてしまう。


「人がいるところでイチャイチャしないでください。公然わいせつですよ」


 なみさんが斜め前からボソッと呟く。


「イチャイチャしてない!」


 僕と彩美の声が揃った。

 陽菜さんは、動揺している僕を見てにやけている。


「と、とりあえず! 陽菜さん、四国遠征の準備をしましょう。お互いに従者に仕事を割り振らなければならないですし」


 僕は恥ずかしさから、一刻も早くこの場から退出したくなった。少しだけ恋愛に積極的になったと思っていたが、それは錯覚なのかもしれない。


「そうだね。三日後には出発しよう。大将になったからには、必ず任務を遂行するよっ!」


 陽菜さんは立ち上がり、拳を突き上げた。


「おー!」


 僕が続くと、彩美も続いた。なみさんはワンテンポ遅れて声だけ参加する。

 こうして僕は、四国平定部隊第二陣の副将として、戦地へ派遣されることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る