二.ハレンチ将軍
プールの日時連絡は、その日の夜には来た。二日後らしい。
「お兄、明後日休みでしょ? どこか行こうよ」
まりながだるだるのパジャマで、ソファに寝ころびながらテレビを観ている。
「ああごめん。ちょうど明後日は埋まっちゃった」
「何? また将軍さまとデート?」
「いや、そうじゃないんだけど」
まりなは目を見開いて、食卓に座る僕を見た。
「え、いつもみたいに強く否定しないの?」
前回の彩美とのお出掛けをデートだと認めたことに、まりなは驚いているらしい。
「まあ、よく考えたらあれはデートだよ」
「えええ!? お兄別人みたいになってる! 気持ち悪い!」
「最後の言葉は取り消せ!」
もう恋愛に奥手で、なんでもかんでも頭ごなしに否定する僕ではない。
「デートじゃないなら、明後日の用事って何?」
まりなは食卓に移動してきた。お風呂上がりでまだ髪が完全に乾いていない。
「髪乾かしておきなよ」
「今関係ないじゃん」
僕はプールに行くことを、あまり言いたくなかった。
「何するの?」
「まあ、プール」
まりなの眉毛がピクンと上がる。
「プール!? 誰と!?」
やっぱりそうなるか。
「幕府の人たちと」
「ええ!? 将軍さまとか、初鹿野町奉行とか!?」
「そうだね」
まりなはダンと立ち上がる。
「アホみたいにハーレムじゃん! 何それ!? 主人公!? というか」
来る。来るぞ。
「それってデートじゃんっ!」
「さすがにデートではないだろうっ!」
僕は即座に反論する。
「複数人はデートではない。さすがにそれは受け入れられない」
「人数は関係ない! 男と女がいちゃいちゃしたらそれはデートでしょ!」
まりなの感覚はどうかしてるぞ!
「いちゃいちゃしないでしょう。誘われたから行くだけだ」
「するな、いや、するね!」
まりなは僕を叱りつけるようにピンと指をさす。
「もしかしてお兄、モテ期来てる?」
「なわけ。幕府の幹部に男が僕しかいないから、そう見えるだけでしょう」
僕は大げさに肩をすくめた。
「女遊びするのはいいけど、しすぎて信頼を失わないようにね」
まりなはそう言い放って、洗面所に歩いていった。女遊びって、言い方が悪すぎるだろう。
プール当日。
まりなに叩き起こされ、急いで集合場所の枚方公園駅に向かう。
「瑞樹さん! こっちですこっち!」
改札を出たら、初鹿野が手招きで僕を呼んだ。
「おはようございます」
そこにいたのは、彩美、初鹿野、そして勘定奉行代理・大岡なみだった。
「なみさん、枚方城以外でお会いするのは初めてですね」
なみさんは、紫のボサボサなロングヘアに、特寺時代のジャージを着ている。僕も私服でジャージを着ていた時代がある。同志がここにいた!
「そうですね。仕事以外で齋藤さんと会う必要性は全く感じませんので!」
なかなかひどいことを言う!
「でも今日は来てますよね。あまりこういった誘いにのるタイプには見えなかったんですけど」
「瑞樹、なかなかひどいこと言ってるよ」
彩美が横から肘で突いてきた。
「そんなことはないですよ。遊ぶ時は遊びますし。服を脱げるって開放的でいいじゃないですか」
ちょっと分かってしまうのがなんだか悔しい。
「他の人は来ないんですか?」
僕は初鹿野に尋ねる。
「音羽さんは怨霊退治で忙しいと言っていました。最近怨霊被害が増えてきているみたいで。大目付の陽菜さまにも連絡はしたんですけど、陽菜さまも色々忙しいみたいですね」
僕らが暇人に見えて少しみじめだ。
「じゃ、行きましょうか!」
枚方地区にある遊園地『ひらかたパーク』は、歴史も古く、連日家族連れやカップルで賑わっている。そのひらかたパークの夏の目玉といえば、巨大屋外プール『ザ・ブーン』だ。流れるプールやウォータースライダーなど、豊富なアクティビティがある。
「じゃ、私たちはこっちで着替えるので、瑞樹さんはあちらでお願いします! 覗かないでくださいね!」
初鹿野が手のひらを前に出した。老中がそんな下心丸出しの犯罪行為をするわけない。
無地の、短パンとしても使える水着に着替え、三人を待つ。
しばらくすると、談笑しながら三人が更衣室から出てきた。
彩美は、トップは黄色の三角ビキニ、ボトムはサイドを紐で結んで止める紐ビキニだった。布面積は予想以上に少ない。
「将軍がそんな過激な、見せにいくビキニじゃんか」
「うるさいなっ! これしかないの!」
彩美は、身長と合わない大きな胸を隠しながら僕を睨み、目線を確認している。
そんなに牽制しなくても、まじまじと見ることなんてない。
初鹿野は、トップの真ん中に可愛らしいリボンをこしらえた、ショートパンツタイプの白のビキニだった。
「瑞樹さん、どうですか!?」
初鹿野はクルリと一周して、片足を前に出す。テーマパークのマスコットのような立ち振る舞いだ。
「可愛いよ。初鹿野らしくて良いと思う」
「ありがとうございますっ! どれだけでも見ていいですからねっ!」
いや、見ないよ。周りの目が痛い。
なみさんは、特寺時代のスクール水着だった。
「齋藤さん、どうですか?」
初鹿野と同じように一周回る。
「どうって、懐かしいなって感じですね」
なみさんはボサボサの髪を水泳帽にまとめ、口角を上げた。
スクール水着で、おしゃれな水着の初鹿野と同じ動作をするという、彼女なりのジョークだな。僕はなみさんの笑みを見て気付く。
「まずはやっぱり、流れるプールですよね!」
バシャーン!
初鹿野が思い切り飛び込む。
「飛び込みはやめてください!」
監視員に注意されている。幕府の幹部ということを忘れるなよ!
浮き輪にお尻から座っている彩美を、流れに沿って前に進める。
「気持ちいいね」
「うん。プールなんて久々だよ」
「前回はいつ行ったの?」
彩美が浮き輪にもたれ、目を細めながら尋ねてきた。
「小さいころ、まりなと両親と行ったよ」
「そっか、ならいいよ」
なんで許可制なんだ。
「というか、瑞樹、私の胸見てるでしょ」
空を仰いでいた顔が僕を向く。彩美は、僕と向かい合う形で浮き輪に座っている。
「そりゃ視界には入るよ」
買った当初よりも成長しているであろう、はち切れそうなバストが、視界の片隅にずっと映り込んでいる。
「もう! やめてよ!」
そんな面積の少ない水着を着ている人の言うセリフじゃないだろう。もっと堂々としてほしい。
「じゃ前向いたら?」
「そしたら私のうなじを見るでしょ?」
うなじもだめなの!?
「いい。このままで。瑞樹が見てるかどうか監視できるから」
そう言って彩美は、また目を細めて空を仰いだ。全然監視してないじゃないか。
バシャッ!
横から水をかけられた。なみさんだ。
「なみさん、意外と楽しんでますね」
「意外とって! 最初にも言ったじゃないですか。遊ぶことは好きだって」
そういえば、しっかりと会話をしたことすらあまりないかもしれない。枚方城ですれ違う際に挨拶をする程度だ。
「私にもかけてください」
「え?」
なみさんは真っすぐに僕を見ている。
「私は齋藤さんに一回水をかけたので、齋藤さんも私に一回水をかけてください」
「いや、頼まれてやることではない気が」
僕が言い終わる前に、もう一度水をかけられた。
「二回かけたので、二回お願いします。公正公平がいいので」
ああ、そういえば彼女のモットーは公正公平だった。でもこんなところまで適用されるのか!?
僕は軽く二回、パシャパシャとなみさんに水をかける。
「ちょっと弱いですね! プラス一回でお願いします」
そこまで総量を合わせたいのか!?
もう一度かけると、彼女は気持ちよさそうに体を浮かせた。
「勘定奉行代理としての仕事はどうですか? 順調ですか?」
僕はなみさんとスピードを合わせて尋ねる。
「はい。問題なしですね。できないことがないことに困っています」
おお、すこぶるな自信だ。
「また何かあったら言ってください。僕、一応老中なので」
「ありがとうございます。齋藤さんも、資金や訴訟関連で困ったことがあったら言ってください。わたくし、勘定奉行代理なので」
公正公平が行き過ぎて、ただの反復になってるぞ!
「うおおおおお!」
突然後ろから激しい水しぶきとともに声がする。絶対初鹿野だ。
「将軍さまだけズルいです! 私も押してください!」
初鹿野は浮き輪に乗りたいらしい。
「もうちょっとこのままでいさせてよ。今デトックスしてるんだから」
彩美は初鹿野を見ずに、気の抜けた声で答えた。
「もう! じゃ、ウォータースライダーに行きましょう! ね? 瑞樹さん!」
「僕?」
急な会話の矢印に驚く。
「浮き輪を押してばかりじゃ楽しめないですよ! 私と一緒にウォータースライダーに乗りましょうっ!」
確かにもうそろそろ流れるプールも飽きてきた。
「そうだね。行こうかな」
「ちょっと待ってっ!」
ザパーン。
彩美が浮き輪から滑り下りる。
「それなら私も行くよ!」
「将軍さまはもう少し浮き輪に乗ってたいんじゃないんですか?」
初鹿野、悪いぞ。
「いや、もう大丈夫! ウォータースライダーなら私も行くよ! 瑞樹、一緒に乗ろ?」
彩美は腕を僕に組んできた。柔らかい感触が腕から伝わる。
「なんてことを! ハレンチ将軍がここにいます!」
初鹿野は手でメガホンを作り大声を発する。
「やめてよまお! バレるじゃんっ!」
彩美は慌てて初鹿野を水中に沈める。止め方が危なすぎる!
ブハァと勢いよく水面へ出た初鹿野は、急いで酸素を取り入れる。
「将軍さま、ここはグッパで決めましょう」
「いいよ。四人で二人ずつに分かれるってことだね」
彩美と初鹿野の間には、バチバチと火花が散っているように見える。
そんなに誰と乗るかが大事なのか? ウォータースライダーそのものを楽しめばいいのに。
流れるプールから上がり、組み分けのグッパが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます