悪びれず

 日々の営みを謳歌する上で、凡そ聞く機会に恵まれることは滅多にない。それほど不穏な衝撃であり、よしんばハンドル越しにその音を伝って知れば、青々とした顔色をぶら下げて当然の事象であった。無造作に踏み込んだブレーキペダルによって、車体の重心が大きく前に張り出し、嘶く馬の吠え面がアスファルトの地面に黒い轍を残す。制動距離はあまりに短く、田んぼに向かって飛び出せば、車の中腹が用水路に引っ掛かることで停止という体裁を取った。


 手心を知らない車の押し出しに遭った二人の子どもは、人形のように軽々しく吹き飛ばされ、水を切るかのように田んぼの上を転がった。途方もない勢いで飛び出した身体は、球状に形を整えられて慮外な力の発散に気を吐いた。泥水とすったもんだを繰り返していれば、根っこを生やすように手足が広がり始め、やがて田んぼの中央で力なく脱力した。先刻の喧しい騒音とは打って変わり、伽藍の静けさが周囲に跋扈する。


 運転手は未だにハンドルを握ったまま凝然と固まっており、目の前で起きた事故が遅効性の毒のように全身を支配し始める。滝のように汗が吹き出し、痙攣と呼んで差し支えない震えが四肢の末端に鎮座した。目の置き場を失った焦点は狂いに狂って、筆舌を尽くさぬとも今どのような状態にあるのかを雄弁に語っている。気分を損なったように身体は沈み込んで、運転席と一体化した。被害者の二名をまるで顧みず、身勝手にも殻に閉じこもろうとする運転手は、車を運転する資格が備わっていないと断罪してもいいだろう。しかしながら、免許を取り立ての頃は、常に周囲へ気を配り、最悪の事態を想定して手足を動かしていたはずだ。だが、月日を重ねる毎にそれは失われていき、ハンドルを切る際は首を振って人影をなんとなしに確認するだけの怠慢が付き纏う。事故を起こす加害者側になるとは、微塵も思わない傲慢な心持ちによって、今回の事故は引き起こされたのだ。


 醜聞に等しい茫然自失な様子で運転手は車から降りてくる。救護義務に急かされる気配は全くないし、やおら田んぼに目を向けるあたり、悔恨の根に絡め取られるのは牢屋の中になるだろう。こんこんと過去と未来を往復し、事故によってもたらされる窮屈な思いを呪うはずだ。そこに被害者への詫び言やそれらしい態度に因む憔悴はなく、ひたすら悔しそうに歯軋りを立てる。その間にも、残された遺族は生き地獄を味わい、いずれ来る獄中死の知らせに対して、手の施しようがないやり切れなさを抱えるハメになる。


 運転手はその場で頭を抱え出し、起こしてしまった事故による影響を直ちに悔やむ。だが、弱々しい眼差しに悔恨が掠めたように見えたのも束の間、瞳に力強さが宿って、憤然とした色味を仄かに帯びる。もはや倒錯した感情の触れ方としか言いようがない運転手の心模様は、複雑怪奇に変化を続けて、田んぼに横たわる二名の被害者を放置し、堂々と天を仰ぐ。

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