トロマの厄災

駄犬

発端

 引っ掻き傷のような飛行機雲が、雲一つない晴れ間の空を横切る。太陽はそれを横目に、酷暑の源となる陽光を分け隔てなく人間の脳天に降り注ぐ。そんな救い難い天気模様を享受する緑の群生は、歩道に乗り出し生き生きと歩行者の進路を妨害する。郊外らしい歩道の狭さからくる支配の光景は、身体を捩らせて通行することを強いて、大人は揃いも揃って渋い顔をした。その後ろを歩いていた二人の子どもは、滑稽に身体を操る大人の姿に釘付けとなり、不必要に身体の動きを真似て嘲笑う。


 得てして“無邪気さ”に例えられがちな子どもの動作は時に、残酷さを帯びて、取り返しのつかない問題を引き起こす原因に繋がる。しかし、目先の楽しさばかりを追及する彼らに、少し先に起こる未来の可能性について解いたところで、咀嚼もされずに吐き出されるだろう。だからこそ、害虫の存在を顧みずに躊躇なく雑草に手を突っ込めるのだ。そして、一枚の葉を根元から引き抜いて、楽しそうに言う。


「勝負しようぜ」


 夏を厄介に思う大人とは裏腹に、子どもは好奇心を全身に湛えて、日々を謳歌するだけのエネルギーを抱えていた。風が吹き抜けて、青々と茂った田んぼの緑の隙間から、光り輝く水の照り返しを見る。田んぼに水を渡す用水路は、農作物を育てる為の仕事を齷齪とこなす。そんな水流の勢いを借りて、二人の子どもは葉を小舟に見立てて競い合うつもりだった。


 子どもが思い付く遊びはいつの時代も変わらないようだ。身の回りにある環境を蔑ろにして、遊ぶ場所がないと嘆く大人の偽善的な叫びを他所に、子どもはいつの時代も遊び方を模索し、常に遊びどころというのを見つけるものだ。


 葉の動きは予想外にも激しかった。波に揉まれた片方の葉は、早々に水の中に沈んでしまい、残された一枚は波乗りめいた早さで前へ進んでいく。早足でそれを追いかける二人の子どもは、前方に注意が全く向いていなかった。定年間近の皺寄せは、注意力散漫な余所見を誘発し、少しずつ右へハンドルを切っていることすら、気付いていなかった。歩道もない田んぼに挟まれた道路を歩く二人の子どもを標的にやおら動く。無機質な意思を持たぬ鉄の塊のはずが、血に飢えた野生動物さながらの嗅覚を持ち、狙い澄ましたかのような動作は、随意に思考するだけの頭を持っていることを疑わざるを得ない。


 しかし、過失はやはり運転手にあり、裁量を決める場で公然と車の意思を明朗に語れば、被害者にとって不合理な精神鑑定という逃げ道が見つかるかもしれない。おっと、すまない。先々のことを憂い過ぎたようだ。今し方に起きている酸鼻たる光景を差し置いて語るようなことではなかった。さて、法定速度を軽く無視した普通軽自動車が計四十キロ程度の肉塊と衝突した際の音は、爆発音より生々しい水気と重みを帯びた、鈍重な音となって周囲に鳴り響く。

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