姫のわがまま皆の楽しみ
企画書をワープロソフトで作成し、それをメールで送る。
「ん-……」
久々に同じ姿勢で作業をしたせいで、肩が凝り固まってグキグキと変な音がする。
若彦さんと瓜子さんの悩みをどうにかしたいと思って書いたものだし、正直自己満足にも程がある企画だ。通らなかった場合は、最悪ネットで発表するしかないかなあ。
私はそんなことを思いながら立ち上がると、体中の固さをほぐすべく、いそいそと露天風呂に入る準備をはじめた。
この肩こりはもう、足湯だけだとほぐれない。全身まんべんなく温めないと。私はそう思いながら出かけて行った。
私が温泉セット一式を持って歩いていたら、「あら、奥菜さん!」と声をかけられた。
久々にお見掛けしたかぐやさんである。そういえば、帝の一件、あれ本当にどうなったのかな。帝がずっとうろうろしているのは視界に入っていたから確認取れてたけど、後日談は全く聞いていない。
「こんにちは」
「ええ、ごきげんよう。あら今から露天風呂? 私もご一緒してもいいですか?」
「まあ、どうぞ?」
そう言うと、かぐやさんはずいぶんとうきうきした様子で温泉セットを取りに部屋に戻ると、持ってきて「さあ参りましょう!」と先を歩きはじめた。
どうにも彼女は友達に飢えている分、女子会や女子トークをしてみたかったらしい。友達の友達は友達って訳じゃないのは小学生でも知っているし、私の知人を紹介しても、あんまり意味ないんだよなあこういうのは。
かぐやさんはのんびりと大股で歩きながら「ところで奥菜さん」と声をかけてくる。
「はい」
「あなたこの間仇討ちの手伝いしてたり、なにかと厄介ごとに巻き込まれてましたけど、ここでの様子はどうでしたか?」
「あらま。見てらっしゃったんですか。声かけてくれればよかったのに」
「あら、私が『知らない関係ない聞かなかったことにする』で厄介ごとからの逃避行を提案してもよかったんですか?」
「それはさすがに困りますね。向こうも困ってましたし」
「そーう? ならあなた、どうして厄介ごとにわざわざ首を突っ込んでらしたの」
「うーん……スランプだったからっていうのがありますかね」
「すらんぷ」
「元々あおじを助けたのがきっかけで幸福湯に来ましたけど、それも全部、私が企画が全然通らないストレスからでしたから。どうして企画が通らないのかがわからない、どうやったら企画を通してくれるのかが読めない。なら、ネタ出しをいろいろやってみて、その中でどれかひとつでもいいから通ってくれないかなと思ったんですね。だからいろんなことに首突っ込んで、ネタを探していたんです」
この話をかぐやさんにしても通じるのかなあ。平安時代というか『竹取物語』の概要には物語に関すること全く書かれてないから、知らん話を延々語られても困ってしまうかも。
私がそう気を揉んでいたら、かぐやさんは「あらそう」と答えた。
「それで、今はわざわざ露天風呂に行くけど、これもネタ出し?」
「あ、いえいえ。やっと構想がまとまったんで、出版社……私の仕事先と話し合いをして、企画書を提出したんです。これが通ったら、私もあおじに話を付けて現世に帰るつもりですよ」
「あらあら、まあまあ。そうなの」
そうこうしゃべっている間に露天風呂の脱衣所に到着した。私たちはもぞもぞと服を脱いでから、洗い場で体を洗い、温泉に浸かる。
久々の頭脳労働に温泉の匂いと疲労の溶け出て行く感覚はよく効いた。
「うぅー……」
「あら奥菜さん変な声」
かぐやさんは髪を丁寧に洗ってからタオルで髪を巻き込んで温泉に浸かった。綺麗なうなじに血行よくなって透けそうな白い肌に血管が浮き出て見えるのは趣がある。
「お風呂に入ったらそんな声出しませんかね?」
「全然。それでこの間、帝が私の部屋を訪ねてきたの」
「……よく話ができましたね」
かぐやさんと帝の関係だと、かぐやさんは居留守を使いそうなのに、今回はきちんと会話ができたらしい。
あの苦労人っぽい人相が頭を過ぎり、思わずホロリとする。このふたりがなんとかなるのかはさっぱりだが、会話を許してくれる程度になれたのはよかったんだろう。
私の内心はさておいて、かぐやさんは拗ねたり不貞腐れたりしてないから、そこまで帝を邪険に扱ってもいないのだろう。彼女は「それでね」と話を続ける。
「帝ったら、幸福湯の泊まり客を全員集めて、自分の支払いで宴会したいって、店主に話を通したらしいんですよ。大袈裟ねえ」
「ま、まあ……」
あのひと本当にやりよったのか。私は思わず頬を引きつらせていたものの、かぐやさんは概ね満足そうな顔をしていた。
「でも。私がいろんなひととお話したいってこと、やっとわかってくれたのは嬉しいですね。ねえ。あなたが現世に帰る前には帝も宴を開くと思うから、参加してくださる?」
そう尋ねられ、私は少しだけ言葉を詰まらせる。
……ここの泊り客が皆参加する飲み会となったら、多分若彦さんも瓜子さんも参加するんだよなあと思う。
ずっと瓜子さんが探していたということは、最悪このふたりは復縁するのかも。それを見たいのかなあ、見ないまま帰ったほうがいいのかなあ。少しだけもんにょりと考え込んでいたら、かぐやさんが「まあ」と声を上げた。
「あなた、ずっと天邪鬼と一緒にいたけど、その方の旧知が追いかけているから、気にしてるんですか?」
「ま、まあ……」
「でもこのふたり、昔の関係は?」
「夫婦だったんじゃないかと……」
「神の婚姻なんて、いい加減なもんですよ?」
かぐやさんの指摘に、私は目をパチクリとさせた。かぐやさんは大きく頷く。
「多分奥菜さんの思うような悪い方向にはなりませんよ。だから安心して参加してくださいね」
「やあ……かぐやさんの友達探しのための企画ですので、私のことは本当にお気になさらず……」
「私が友達欲しいのと同じように、あなたを友達として紹介したいと思ってもいいでしょう?」
かぐやさんはそう言ってプクッと頬を膨らませた。本当にこのひと、可愛らしいひとだなあ。
私は頷いた。
「まあ、私も企画会議の頻度はよくわかりませんし、結果がわかるまではここにいますし、そのときは宴に参加しますよ」
そう彼女に約束した。
紅葉の色は艶やかだけれど、そろそろ桜も終わりの頃らしく、はらりはらりと散りつつある。
ゆっくりでも季節は移り動いているらしい。
****
その日の夜、私は熊肉中心の料理をいただいていた。
熊肉はすぐに血抜き作業ができないせいで、どうしても臭くなると聞いていたけれど、私がいただいたそれは、どれもこれも臭み抜きの処理がしっかりされている上、部位も様々で普通においしい。
時雨煮は生姜を利かせてあるし、串焼きは山椒の香りを生かしているし、鍋は味噌風味の中に熊の出汁が溶け込んで体もあったまるしおいしい。
鶴子さんは鍋の世話をしながら、「ふう」と溜息をついた。
「急な宴会が入って、今バッタバッタしてるんですよぉ」
「それって……帝さんの?」
「そうでーす。もう、ひとのことちっとも考えないんですから」
鶴子さんはプリプリ怒っていて、私は申し訳なくなりながら串焼きを食べた。串焼きと一緒に焼いてあるきのこの串焼きも、きのこの旨味と一緒に山椒の香りが足してあってかなりおいしい。
なんとか食べるのに集中しようとしている中、「しつれいしまーす」とちゅんちゅん外から声がした。
私が出ようとしたら「奥菜さんは食べててください」と鶴子さんが出てくれた。
やってきたのはすずめだった。どうもあおじではないらしい。でもふくらすずめは可愛い。くちばしにはお手紙の封筒を咥えている。可愛い。
「こちらは?」
「はい、しょうたいじょうです。おきなさまに」
「まあ」
私はそれを広げたものの、達筆過ぎる字で、私には全く読めなかった。
「……すみません。これなんと書いてますか? 全く読めないんですけれど」
「じゃあ私が読みますかね?」
「お願いします……」
鶴子さんに招待状を預けると、その内容を鶴子さんが読んでくれた。
「明日、宴があるので是非とも参加してください、とのことです」
「……わかりました。すみません。参加しますとお伝えくださいますか?」
すずめにそう伝えると、すずめは「ちゅちゅーん」と鳴いた。
「かしこまりました。てんしゅさまとみかどさまにおつたえしてきますね」
そう言ってパタパタ飛んで行った。可愛い。
それを見送りながら、鶴子さんは鼻息を立てた。
「まあ、奥菜さんが楽しんでくださったら、それが一番ですよ」
「ありがとうございます。お仕事もありますのに」
「いいえ。久々の人間のお客様を、満足させて現世に帰っていただかなかったら、恥ですもの」
鶴子さんはふんすと腕まくりをした。本当に頼もしい。
前にあおじも言っていたような気がする。「奥菜の名前は特別」と。
その名前のおかげで皆に親切にしてもらえたのだから、少しくらい返してから帰りたいな。私はそう思いながら、またひと口串焼きを頬張った。
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