それはそうと次のご予定

 私が服を掴んでそう訴えると、今まで飄々として掴み所のなかった若彦さんは、困ったようにこちらを見ているのに気付いた。

 まるでメッキが剥がれたかのように、困惑の文字が見て取れる。


「……自分、結構ひどい奴ですけど」

「そんな千年以上も前のこと、私わかりませんよ。勉強はしますけど」

「千年間まともに言い繕わないせいで、結構悲惨なことになってますが」

「なら私が天邪鬼を主人公にした話を書けばいいだけでしょ。あなたに染みついているイメージなんて、剥がし落としてやりますわ。現世っていい加減ですからね。鬼とかもちょっと可哀想な一面出したらすぐ同情しますし、神様や天使だってすぐ傲慢キャラにしますからね。気の毒がられる天邪鬼の話なんて出したら、すぐ同情票集めて書き換え完了しますわ。そうなったら、もうちょっとだけ幽世でも扱いよくなるでしょう?」


 今の世の中、ネットにすぐ毒されるし、逆張りなんてし放題なんだ。逆張りに次ぐ逆張りで、勇者が傲慢野郎になったり、逆に魔王が崇められたりするんだから、天邪鬼の名誉回復だって、やろうと思って頑張ればすぐやれるだろう。

 それに若彦さんは「ぷはっ」と噴き出した。そして、腹を抱えて笑いはじめた。


「そうですね……そうですね……世の中、他人が皆いい加減なことって、当たり前でしたね」

「どこに笑うところがあったんですかね」

「いえ……自分を嫌うひとがいるのが当たり前だって思ってましたから、心配するひとやフォローしようとするひとだっているのは、ありがたいなと考えてたところです」


 このひとの場合。風評被害でひどい目にあっていたんだから、怒りたくても怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからず、こじらせてたんだろうなあ。

 私はしみじみと思いながら「それで」と尋ねる。


「結局瓜子さんに会うんですか? 会わないんですか? あのひとって結局、神様なんですかね」


 若彦さんの正体が神様な以上は、彼女も神様の可能性が高い。多分、若彦さんの奥さんだった女神。だとしたら、復縁の話になるのかな。

 そこまで考えて、少しだけもやっとした。その感情に私は苦笑する。自分はすっかりと小説に人生捧げるしかない生き方していたから、その手の感情は抜け落ちたと思っていたけれど、私も案外若かったらしい。

 ひとりで勝手に納得していたら、若彦さんは苦笑交じりで答えてくれた。


「一応は、とりあえず長いこと逃げ続けてきましたから、いい加減向き合ってきますよ。ああ、そうだ奥菜さん」

「はいぃ?」

「今度一緒に甘味処に行きませんか? 裏メニューありますけど」

「えっ」


 なにそれ。素敵な予感。さっき季節限定栗ぜんざいにうつつを抜かしていたのだから、それを上回るおいしいものだったら大歓迎だ。

 若彦さんが「瓜子とどこで会いましたか?」と尋ねられたので、「甘味処です」と教えると、会釈をして立ち去っていった。

 なんとかなるといいんだけど。私はそう思いながら、若彦さんの背中を見送った。心のどこかで、なんとかなるなと裏腹なこと思っているのには無視した。若彦さんが天邪鬼だからって、私までそれに合わせる必要はない。


****


『お久し振りです。届いたアウトライン確認しましたけど……天邪鬼の名誉回復ってずいぶんと変わったテーマになりましたね?』

「はい。今はあやかしものブームも落ち着いてはいますけれど、お疲れさんが多いのでまだ需要はありますから。でもあんまりわかりやすいあやかしものってもう食傷気味ですから、お悩み相談ものをベースにしようかと思いまして」

『たしかにお悩み相談ものっていうのは、店舗ものジャンルとして、大きく取り扱われないだけで今でもじわじわ存在しているジャンルですね』


 ひとまず私は各編集部の担当さんにアウトライン……それこそ一行プロットであり、これに肉を付けないことには企画書にすらならない……を送りつけ、一番反応のよかった担当さんとこうしてチャットで打ち合わせしている。

 チャットでもこうやって普通にカメラもマイクも使えるし、音擦れや映像擦れもないから、幸福湯のWi-Fiは優秀なんだろう。どうなってるんだか。

 担当さんから『天邪鬼のキャラ設定』『お悩み相談の中身』『舞台。現代ものにするか完全異世界にするか』などの話を投げられ、それを律儀に答えていく内に、徐々に企画書の中身は詰まっていく。


『……わかりました。のんびり癒やしの話になればいいですね。それでは企画書完成楽しみにしていますね』

「はい、よろしくお願いします」


 久々に手応えを感じる反応に、私は「よしっ」と握りこぶしをつくった。最近は五月雨式に企画書を送っても全然反応よくなかったから、こうやって反応をもらえるのはありがたい。

 そうこうしている内に「おきなさま、おられますか?」と部屋の外から声をかけられた。あおじの声だ。


「はい、どうぞ」

「しつれいします」


 あおじがパタパタと飛んできたのだ。それに私はノートパソコンのデータを一旦保存するとパタンと閉じる。


「どうしたの、こんな時間に」

「いえいえ。つるこさんからほんじつはちゅうしょくもへやでとりたいとだしんがありましたので、たいちょうにふびはないかとおうかがいにきました。おしごとをされていましたか」

「ああ、心配かけてごめんね。今まで詰まっていたネタ出しがようやくまとまってきたところ。これで企画書が通ってくれたら、愛でたく原稿開始だし、私もようやくここでの缶詰生活とお別れになるんだけど……あおじには感謝してるんだ」

「ちゅちゅーん?」


 あおじは机にトンッと停まった。可愛い。

 私は窓の景色を眺める。だんだん秋も深まり冷え込む日が増えてきた。そのたびに足湯に浸からせてもらったり露天風呂を使わせてもらって体を温めているけれど、あの燃えるような紅葉も、湯気の中で霞んでいる桜もますます映えて見えるようになるんだから不思議なもんだ。

 私は備え付けの茶瓶で備え付けの茶葉を使って玄米茶を淹れる。お猪口にお茶を淹れると「そういえばあおじはお茶は飲める?」と尋ねた。普通のすずめは玄米茶は飲まないみたいだけれど。

 あおじは小さく頷いた。


「かくりよとうつしよではぶつりほうそくはしょうしょうことなりますから。ここではなんでものめますし、なんでもたべられますよ」

「まあ、そうだよね。はい」


 私が注いだものを、あおじがちゅんちゅん鳴きながら飲むのを眺めながら、私は言う。


「誰かに会わないと、価値観って凝り固まるような気がするんだよね。それはよくないって外に飛び出そうにも、お金がないし、家にいるしかない。そうなったら余計に凝り固まって書けなくなっちゃう気がするから。あおじが連れ出してくれてよかった」

「わたしは、おきなさまにたすけていただいたみですから。ただおれいをしただけですよ。ほかのことはなにもしておりません」

「さすがにそれは謙遜だと思うなあ」

「ちゅちゅーん……」


 あおじはむくれたようにふくらすずめになった。可愛い。


「でももしきかくしょがとおりますようでしたら、どうぞおつたえくださいませ」

「うん? そりゃそのときには帰ることになるから伝えるつもりだけれど、なんで?」

「いえいえ。おきなさまがしたくしなったみなさまが、なにやらしたがっているようですから。わたしはそのことをおつたえしようかと」

「はあ……」


 そういえば。ここに来てから柄にもなくひと助けは結構したような気がする。私は別に自己中心的じゃないだけで、よくいる日本人で、そこまで派手な立ち回りは好きじゃない。でも、出会ったひとたちがなにかしてくれるんだったら、それはちょっとだけ嬉しいかも。


「……うん、わかった。必ず伝えるから。なにやるから教えてね」

「かしこまりました」


 そうこう言っている内に、「失礼します。昼食お持ちしましたー」と鶴子さんから声がかかった。私が仕事中ということに気を遣ってか、今日はわざわざお弁当にたくさん料理を詰め込んでくれていた。小さな小皿も重箱ひとつ分に詰め込まれていたら結構な量だ。私はそれに舌鼓を打ってから、企画書づくりに勤しむのだった。

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