宴と捜し人
次の日。
招待状を受け取った私は、朝ご飯は鶴子さんがいつもよりも少しだけ量を減らしてくれ、「こちらですよ」と案内してくれた先に向かった。
だだっ広い宴会場は、私が会社で働いてたときも入ったことのないほど広い。軽く体育館くらいの広さはあるんじゃないかな。
広げられた長机の上には、大量の料理にお酒が並んでいた。秋らしく紅葉や松茸、銀杏の素揚げがある机があるかと思えば、おはぎや栗ようかん、白玉ぜんざいがみちみちと並んでいる机まである。
お酒も米酒からビール、焼酎、ワインまで取り揃えているから、至れり尽くせりだ。
「わあ……」
「ほんっとうに、苦労しましたよぉ」
鶴子さんは私の世話をしつつも、唐突な大規模宴会の準備でてんやわんやだったらしい。お疲れ様ですと、私は頭を下げると、主催を探した。
主催である帝は、かぐやさんにべったりだった。
「ほら、宴会だよ! たくさん人を招待したからね! これで……」
「ふぅーん……」
かぐやさんはまたしても頬をぷくっと膨らませて、腕を組んで辺りを見回している。それに対して帝さんは背中を丸めてかぐやさんの様子を窺っている。
彼女からしてみれば、帝さんに対する感情は難しいものなんだろう。それはさておき、もうちょっと優しくあげてもと思わなくもないけれど、これは結構難しいよなあと、ばらばらな感想が頭に浮かんでしまう。
しばらく会場を見回してから、ようやくかぐやさんは組んでいた腕を解いた。
「まあ、いいんじゃないかしら?」
「か、かぐやぁぁぁぁぁ!」
「あぁん、もう。しつっこい! 私が友達できない原因の半分くらいはあなたのせいなんだから、宴中に私が友達と遊んでいるところ邪魔したら、今度こそ承知しないから!」
「わかってる、わかってるよ! でも君のそういうところが!」
「だからしつこい!!」
帝はかぐやさんに抱き着くのを、かぐやさんにぐいぐい押し戻されている。助けに行ったほうがいいのかなとも思ったけれど、帝もさすがにかぐやさんに本気で嫌われるとなったら止めるはずだし、今はそっとしておこうと思った。
すずめたちが「こちらでございます」と招待客を次々と案内し、女中さんたちが給仕をして回っている。とりあえずどこかで食事をしようと思ったら。
「お姉ちゃん」
いつぞやの豆腐小僧のまめすけくんが、私のほうに寄ってきた。
「あらま、あなたも招待されたの?」
「うん、皆で招待されたからこれからご飯を食べるんだよ。お姉ちゃんはなに食べるの?」
「うーん、そうだねえ」
いくら江戸妖怪の皆さんの前とは言えど、子供姿のあやかしの前で酒を飲むのも気が引ける。そして小腹も空いているから、お酒の分余力を残して、なんか食べたい。
「ちなみにまめすけくんのお勧めは?」
「なすが美味いよ」
「うん、秋茄子はおいしいね」
茄子はおいしいけどお酒のあてにはならないなあ。見に行ったら、たしかに煮浸しの茄子がお皿にみっちりと詰まっていた。色合いは地味だけれど、しっかり身まで紫に染まった煮浸しは、いい料理人じゃないとこんな綺麗な色にならないんだよなあと思いながらまめすけくんのお皿にもふたつほど載せてあげてからいただく。かつお出汁が染み渡り、噛めば噛むほどおいしい。
「うまーい」
「通だね、茄子が美味いのがわかるのは」
「江戸っ子は季節のもんを食べるもんだからさあ」
「なるほど」
季節のもの食べるのに余念がなかったからかな。私たちがむしゃむしゃ食べている中で、ぱっと目に入ったのは蠏子さんたち仇討ち友の会だった。あちらはあちらで干し柿を焼酎で戻したお菓子を食べている……柿が嫌いにならなかったんだなあと思いながら、声をかけた。
「こんにちは、来てらしたんですね」
「ああ、奥菜さん! 先日はどうもありがとうございました!」
蠏子さんは礼儀正しく挨拶をしてくるのに、私は「まあまあ」と言う。まめすけくんは栗田くんと一緒に甘いもの探しに出かけている中、蠏子さんはハキハキと言う。
「おかげさまで、お母さんも長年の寝たきりからちょっとは楽になったんですよぉ!」
「いえ、私は本当にそこまですごいことしてないんですけど。というより寝たきりだったのが起きたのはお母様がすごいのでは」
「長年の憂いが晴れたら、それの縛りがなくなりますから! 現世の物語で縛られてお母さんも元気がなくなっていたようなもんですからね」
「あー……」
なるほど。若彦さんみたいな風評被害が、普通に幽世のほうにも回ってきてたんだな。私は「本当に私、大したことしてませんよ」と言っていたものの、蠏子さんはカラカラと笑う。
「でも、奥菜さんは天邪鬼さんを助けたともっぱらの噂ですよ?」
なんで噂になってるんだ。本人差し置いてなんで蠏子さんが知ってるんだ。
思わず「なんで!?」と素っ頓狂な声を上げたら、蠏子さんはキョトンとした。
「ええ? 瓜子さんがおっしゃってたんで、そうなのかなとばかり」
「う、瓜子さん! そういえば、瓜子さんはどうなりましたか!?」
そうだ、今日は多分瓜子さんと若彦さんがお話しするから、どうなったのか。でも私はちょっと話をしただけだし、まだ若彦さんが大変なの、書いてもいないんだからなんも解決してないし、でもなあ……。
私が勝手にうんうん唸っていたら、「あれ、奥菜さん?」とまたしても人が増えた。というか、三度目ましての天女さんだった。
「てっきり若彦さんと一緒だとばかり……」
「あの! 瓜子さんと若彦さんは! どちらに、いらっしゃるかご存じですか!?」
私が声を張り上げると、耳がキィーンとしたらしく、天女さんは目をチカチカさせていた。
「知りませんけど……店主さんあたりはご存じなんじゃないですかね?」
「ありがとうございます!!」
宴会場にひとがどんどん増えてきたし、給仕もせわしなく働きはじめたけれど。やっぱり瓜子さんと若彦さんは宴会場に来てはいないんだ。
私は帝にひと言「お手洗い行ってきます!」と声をかけてから、宴会場を飛び出した。
どこいるんだろう、若彦さん。瓜子さんと……。
温泉の向こう側は紅葉が栄華を極めている一方、庭は松は枝を伸ばしている。その木々の間を縫って歩いていたら、知っている声が聞こえた。
「……です。本当に……」
「ですか……に」
話しているのは、どうも瓜子さんと若彦さんだったみたいだ。
どうしよう。よりを戻す戻さないの話になっていた場合、どんな顔して会えばいいのか。それに私は。
……こんなところに探しに来て、いったいなにがしたいんだ?
かけられる言葉もなく飛び出しちゃってさあ。
ひとりで頭を抱えている中、「ちゅちゅーん」と声が響いた。パタパタ飛んできたのは、あおじだった。
「あおじ……」
「どうされましたか? きょうはうたげで、みなみなさまにせいいっぱいごよういしましたが、おきにめしませんでしたか?」
「うう…………」
このすずめは。可愛いだけじゃなく、ここにいるどの客に対してもひたすら優しいんだよなあ。あおじだけは泣き言を笑わないと、私はそっと吐き出した。
「若彦さん、元奥さんとお話ししてるの」
「そうですね、うりこさまがいらっしゃってますね」
「思わず探しに来たけど、どうすればいいのか、さっぱり」
あおじはつぶらな瞳でこちらを見てから、私の肩にトンッと停まった。
「だいじょうぶですよ。なるようになりますから」
「なるのかなぁ」
「おきなさまは、じぶんがおもってらっしゃるよりよっぽどちからのあるかたです。だから、なるようになりますよ」
「私、普通の小説家だよ? 物語の主人公ですらないし……」
「おきなさまがあたりまえにして、あたりまえにおっしゃることは、うつしよでだって、かくりよでだって、あまりあたりまえのことではございませんよ?」
ちゅんちゅんと、あおじがさえずる。その言葉は、温泉のようにひたすら温かい。
「おれいをいう。ひとだすけをする。そんとくをかんがえてこうどうするのがよのつねです。それをぬきでうごけるひとは、どこでだってすくないです。だから、だいじょうぶです。そのおもいはきっと、むくわれますから」
そうだと、いいんだけどなあ。
私は年甲斐もなく、ぐすんと泣いた。
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