知人の事情

 瓜子というと、ぱっと頭に浮かんだ話。

『瓜子姫と天邪鬼』だ。

 おじいさんとおばあさんが平和に暮らしていた中、瓜の中から生まれた瓜子姫を拾い、大切に育ているという話。

 ところで彼女は大きくなって嫁入り先を探す中、天邪鬼と遭遇する。天邪鬼は嫁入り先に向かう途中で、あろうことか瓜子姫を縛り上げて自分が成り代わって嫁入りしてしまう。

 このあとの話が、なぜか西と東ではばっくりと別れてしまっていて、私は西のほうを聞いて育った。

 瓜子姫はピンチをなんとか逃げ切り、無事にいい嫁ぎ先に行って、成り代わったことが露呈してしまった天邪鬼は退散してしまう……っていう、天邪鬼がコメディアンとして語られる話が私の聞いた話。

 ところが東のほうだと天邪鬼の扱いがガラッと変わってしまう。

 あろうことか成り代わるだけじゃ飽き足らず、瓜子姫を殺してしまうヴィランが東側だ。その殺され方がまあ、レパートリー豊かだ。

 皮をひん剥いてその皮を被って嫁ぎ先に行ってしまう完全ホラーなのとか。瓜から生まれた瓜子姫だからと、出汁を取られて育ての親のおじいさんおばあさんにご飯として振る舞われてしまうとか。

 そして私の今、目の前にいる瓜子姫は西と東の話どちらのモデルなのかがわからず、私はなにも言えないでいた。

 瓜子さんは栗ぜんざいをはふはふとひと口いただいたあと、口直しにほうじ茶を飲みはじめた。


「私、天邪鬼さんをずっと探しているんですけれど……あの方隠れてしまって見つからないんです」

「あれ?」


 私は素っ頓狂な声を上げた。

 これは……もしかして瓜子さんは西側のモデルか? それだったら余計なことにはなるまいと、私は慎重に言葉を選んだ。


「どうして会いたいんですか?」

「はい……私どうしても謝らないといけなくって」

「あれ、瓜子さんが謝るんですか?」

「はい……あの方、どうも悪い噂が立っているのは私のせいな気がしまして。あの方が気に病まないといいのですけど」


 あれ、どこかで聞いたことある話だぞ。私はぱっと頭に浮かんだひとの顔が出てきた。

 瓜子さんは首を縦に振ってから、言葉を続けた。


「私と天邪鬼さんのお話し、どうにも現世で有名になったみたいで。それを鵜呑みにしてしまった方々に、あの方ずいぶんと嫌われてしまって。そういう話じゃなかったんですけど……」

「ええっと……瓜子さんは、もしかしなくっても『瓜子姫と天邪鬼』のモデルさんですか?」

「それもありますね」


 あれ、それ以外にあったかな。

 私は少し考え込んでいたら、瓜子さんは頷いた。


「わかりやすい話ですから、そちらが広がってしまったんでしょうね。実際はもうちょっとだけ込み入った話だったんですけど」

「あれ、そうだったんですか?」

「でも……私が原因でしたから。謝って許してもらえるとは思ってませんでしたけど、それでも会って話がしたかったんです。変な話でごめんなさいね」


 そう言って瓜子さんは謝った。私は「いいえ」と首を振りつつも、もう一度尋ねた。


「ところで、その天邪鬼さんって、会えばわかるものなんですかね? ここで会ったひとたち、逸話のそのまんまの方もおられれば、言われなかったら全然わからない方までおられますし、瓜子さんに会わせてあげたいそのひとも、姿が変わってるかもわかりませんが」

「あれ、探すの手伝ってくださるんですか?」

「なんだかここに来てから、困ってるひとを助けるのが性分になってるんですよ」


 もっとも。私の場合はお人好しで助けてるんじゃなくって、ネタを探しているんだから、そのネタを求めて首を突っ込んでいたら勝手にひと助けになってしまっているだけだ。それをわざわざ伝える必要はないから言わなかったものの、私の話に途端に瓜子さんは破顔した。


「優しい方に会えて僥倖でした。そうですね……あの方は多分、色を付けるのを嫌がっていつも黒い服を着てるかと思います」

「黒い服……」


 私は栗をひとつ口にコロンと転がしながら、メモとペンを引っ張り出すとそこに書き加えておいた。


「他に特徴は?」

「多分ですけれど名前を隠しています……あと、これはおそらくですけど。幸福湯ではずいぶんと嫌われてしまっていると思います。店主様は優しい方なんですけど。そこが本当に申し訳なくって」

「ふーん……」


 これ、私の想像通りのひとだよなあ。あとでスマホで検索ワード替えよう。そう決意しながら「会えるといいですね」と答えた。


「はい。私の大切なひとなんです」

「そうですか……」


 瓜子さんの噛み締めるような物言いが、なんだかとても胸に響いた。なにがそこまで心に響いたのかは、私にもよくわからなかったけれど。


****


 甘味処で一旦瓜子さんと別れてから、私はスマホで検索をした。

 いろいろ考えた末、【天邪鬼】もプラスして検索をして、やっと出てきた。


「なんでこれ今まで検索に引っかからなかったんだろう」


 私はそうポツリと漏らしながら検索結果を眺めていた。


【天若日子】


 日本神話の神様だった。

 日本神話も結構入り組んでしまって、有名な天岩戸とか、よもつへぐいとか以外の有名な神様の逸話以外は知る人ぞ知る話になっている。

 この天若日子もまたそんな神様のひとりだ。

 高天原と黄泉の国の間には葦原中国あしはらのなかつくにがあったとされ、そこの平定に神が派遣されたものの、いつまで立っても戻ってこないから、次に行かされたのが天若日子だった。

 ところが彼は葦原の神である大国主おおくにぬしの娘の下光比売したてるひめと結婚してしまった。いつまで経っても帰ってこない天若日子に怒った高天原側が、雉の鳴女を送り、彼の真意を解き明かそうとする。

 ところがそれを見ていたのは、葦原の女神の天探女あめのさぐめであり、彼女は雉の鳴き声が不吉だから殺すよう天若日子に訴えて、彼は高天原の使者である雉を殺してしまう。その雉を殺した矢は高天原まで届き、それを拾った高天原側は「悪神を射た矢なら当たらないが、悪心があるなら当たる」と、その矢を葦原にまで射ち返し、見事天若日子に当たって死んでしまったと、そういう逸話だ。

 それだけだったら、神様たちの陣取り合戦の最中の悲劇で終わってしまうんだけれど、問題なのはその天若日子は、天邪鬼のモデルなんじゃないかという話だ。

 天邪鬼という妖怪、なんでもかんでもあべこべに伝えると言われている妖怪なんだけれど

、「平定してきなさい」と言われて無視して結婚生活を送った、仕事を真面目にしているか確認しに来た使者を殺してしまった、などなど言われているけれど、結局は真面目にやらないから殺されてしまったのに、それが瓜子姫から生皮剥いだ天邪鬼と同一視されるのは無理がある。

 一方。この葦原と高天原の揉め事の火に油を注いだ天探女。これもまた天邪鬼のモデルとされている。


「……瓜子さんが謝りたいって言っていたのは、この話なのかな」


 そんな日本神話の頃からの話に首を突っ込めなんて、無謀なこと言われてもなあ。私は溜息をつきながら、一旦スマホを落とした。

 なんだかんだ言って、この数日は若彦さんに助けてもらってばっかりで、そんなひとに「あなたは天邪鬼ですか違うんですかどっちですか」と聞くのは忍びない。でも聞かないことには話にならない。

 私が溜息つきながら若彦さんのことを探していると、この前鶴子さんが機織りしてあげた天女さんが、お土産屋で買い物しているのを見かけた。今時の天女はアグレッシブだなと少しだけ感心しながら声をかけた。


「天女さん、先日振りです」

「あらぁ。この前の人間の……」

「奥菜です」

「そうそう、奥菜さん。こんにちは、どうされましたか?」


 彼女はせっせと干し芋を買っていた。


「干し芋どうされるんですか?」

「夕食の終わりに炙って食べようかと思ってますの。ところで私に話しかけた要件は?」

「あー……すみません。知人を探してるんですよ。黒いトレーナーにカーゴパンツ穿いているちょっとおしゃれさんの、若彦さんって方なんですけど……」


 私が一生懸命説明すると、天女さんは目をパチリとさせた。


「あらま。あのひとだったら、今玄関で見かけたけど。そろそろ宿を発つんじゃなくって?」

「えっ……!」


 私は思わず叫んだ。

 思えば当たり前のことだった。私はあおじからひと月ほどの滞在許可を得ているものの、他のひとだったらどれだけ長くても七泊八日くらいで帰ってしまうだろう。若彦さんだって、私より前から泊まりはじめてたんだから、もういつ帰ってもおかしくなかった。

 私は慌てて頭を下げた。


「ありがとうございます、天女さん! 今度、帝がなんかひと集めてお祭りするらしいんですけど、よろしかったらどうぞ!」

「あらまあ。あのひとねえ。いいけど」


 私のへんてこな言葉にもマイペースに返事してくれたのに安堵しながら、私は走りはじめた。

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