甘味処にて

 叩いて被ってが終わってからというものの、私は何度も何度も蠏子さんにお礼を言われた。

「ほんっとうにありがとうございます! 病床のお母さんも喜ぶと思います!」

「はあ……私は本当に大したことしてませんけど」

「いいえっ! もう詐欺の被害に遭うひとも出ないでしょうし、あれでよかったんですよっ!」


 蠏子さんの言葉に、背後の蜂須賀さん、栗田くん、臼井さんまで「うんうん」と頷いている。まあ……門土さんはもう幸福湯では詐欺を働けない。彼の口八丁は知識があっても流されたら一環の終わりなのだから、もう流しようがないような場をつくる以外に方法がなかった。

 それに蠏子さんから提案される。


「もしよろしかったら、お礼をしたのですけれど、なにがいいですか?」


 そう目をきらきらさせられながら言われると、反応に困る。

 幸福湯に来てからというもの、衣食住に全く困ってないし、ネタ探しもそこそこはかどっている。ただ、問題なのはネタは順調に集まっているものの肝心のストーリーライン形成までには至ってなく、担当さんに連絡できるようなネタがないということくらいだ。

 これを言ってもなあ。私は考え込んでから、ひと言言った。


「私、現世では作家をしているんですよ」

「まあ……作家さんでいらっしゃいましたか」

「はい。現在企画が全くかすりもしなくって困ってましてね。もしよろしかったら、先程の一連の流れを企画に落とし込んでもよろしいでしょうか?」


 ひとをネタにする場合、オブラートに包まないと普通に友達を無くす。ちなみにやり過ぎるひとは普通に訴訟案件にまで発展している。人間同士ですらこうなのだから、幽世のひとたちを勝手にネタにした場合どうなるかはわからない。

 あやかしを安易にネタにして、呪われたりなんかあったりしても、こちらとしても困るから確認しておきたかった。

 蠏子さんは目をパチパチしたあと、「ああ!」と声を上げた。


「久し振りですねえ! 現世の方がネタにしてくださるのは! いいですよ、どんとこいです!」

「あら? もしかして蠏子さんは『さるかに合戦』とかご存じだったんですか?」


 前に大昔に実在したことが物語として現世に残っていることがあるとは、若彦さんも教えてくれたことだったけれど。

 それに蠏子さんは腰に手を当て仰け反る。


「私たちが格好よく仇討ち完了したのを書いてくださったので、それを胸に仇討ち頑張りましたから!」

「そうなんですね……」


 そりゃ書いた人だって、まさか仇討ちがこれだけ時間がかかるなんて思いもしなかっただろうに。私もこの辺りのことは本当によく知らないんだけれど。

 最後に蠏子さんが「私たち、仇討ち完了したことでしばらくお疲れ様会で滞在しますから! またなにかありましたら誘ってください! 仇討ちでもなんでも手伝いますよ!」と手を振ってくれた。

 今のところ仇討ちしたいひとはここにはいないけれど、飲み会くらいだったらできそうだなあと思い「考えときますー」と言って別れた。

 私は肩に乗せていたあおじに振り返った。


「これから時間をどうにかして潰そうと思うけれど、他になにか面白そうなひとたちはいる?」

「ちゅちゅーん……おんせんにはいるとかではなく、おもしろいひとをさがすのですか?」


「うーんと。そう」


 天女さんや鶴子さん、かぐやさんのクソ面倒臭い乙女心を見守ったり、蠏子さんたちの仇討ちに付き合ったり。それらに振り回されてみるのは意外と新鮮だったものの、ネタとしては面白いものの、ネタだけでは話はつくれないんだ。だから骨格になるようなものが欲しい。そうなったら取材対象が欲しくなるんだけれど。

 私の言葉に「ちゅちゅーん……」とあおじは考え込む。


「しゅひぎむになるので、だれがということはこたえられませんが」

「まあ、そうだよね」


 幽世でも旅館業だからその手の気遣いはあるんだなあと、ぼんやりと思う。

 続いてあおじは答えた。


「しょくどうやあしゆいがいにもひとがあつまるばしょはございますから、そちらにいかれるとよろしいかと」

「そりゃまあ、たしかにひとはいるだろうしね。卓球場とか?」

「あちらはだんたいりょこうのかたがおおいですから、かえっておきなさまがじゃけんにされるかとおもいます。かんみどころがございますから、そちらにまいられては」

「甘味処」


 その言葉はときめいた。


「うん、ありがとう。行ってみるよ。ところで、おすすめのメニューとかある?」

「いまのきせつでしたら、くりぜんざいがございますよ」

「ありがとう、行ってみるよ」


 ひとに会えるかどうかはともかく、栗ぜんざいはときめく言葉だ。私は仕事に戻るあおじに場所を聞くと、早速出かけてみることにした。


****


 幸福湯の端っこ。玄関の反対側に、こじんまりとした甘味処があった。

 大きな鍋を一生懸命掻き回しているすずめに、器に丁寧に盛り付けて給仕をしているすずめがいる。すずめが二羽でお盆を運んで回っているのが大変に可愛らしい。


「おまたせしました。こちらがくりぜんざいとほうじちゃのセットになります」

「ありがとう」


 秋季限定栗ぜんざい。大きめの栗と小豆が一緒に炊かれて、どうしてこればまずかろうか。ひと口すすると、大きめの小豆が味わい深く、お箸を掻き回すと栗が当たる。ほっくりとした栗がこれまたおいしい。


「あーうー。おいしい」


 思わずポロリと漏らした言葉に「そうですねえ」と相槌を返され、思わず口を押さえる。聞かれてしまった独り言に、彼女はくすりと笑った。

 すべすべもちもちした肌の女の子だ。玉の肌とはこういうことを言うんだろうというくらいに滑らかな肌の子が、私と同じく栗ぜんざいをすすっていた。

 私はそれに顔を赤らめて笑う。


「あはは……お恥ずかしい。聞かれてしまいましたね?」

「いえいえ。気持ちもわかりますよ。私も秋にはついついここに来て栗ぜんざいいただきたくなりますから。また来ちゃったんです」

「ここは常連なんですか?」

「はい……会いたい方がいるんですけれど、ちっとも会えなくって」

「あらぁ……」


 帝といい、天女さんといい、意外と会いたいひとを探すために幸福湯に来るひとは多いんだ。でも蠏子さんみたいに仇討ち対象探しに来ている場合もあるから、迂闊に恋と決めつけては駄目か。

 私が観察していたら、彼女はまたしてもくすりと笑った。可愛い子だ。


「それにしても人間の方がいらっしゃるのは珍しいですね?」

「まあ、そうですね……私も助けたあおじに誘われなかったら、ここには来られなかったと思います」

「まあ、店主様の恩人でしたか」


 あおじ人気だなあ。まあ、あのよくできたすずめは嫌いになるほうが難しいけど。


「あおじに相談はしたんですか?」

「いいえ。断られました。店主様も個人情報は絶対に口を割らない方ですし」


 まあ、そうだよねえ。


「あのう、私はここに滞在しています奥菜と申しますけど、あなたは?」

「私ですか?」


 彼女はまたしても愛らしく笑った。


「瓜子と申します」


 あれ?

 私は思わず目を瞬かせた。

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