詐欺師と小説家

 こうして私は一旦若彦さんと別れて、食堂ではなくお土産屋に行くことにした。

 幸福湯は宣伝はしちゃ駄目、写真もSNSアップも禁じられていると説明を受けたけれど。


「……思いっきり宣伝してるけど、これはいいのかな」


【幸福湯】と焼き印の入ったお饅頭に団子。あとお麩。プリンにまでしっかりロゴの焼き印が入っているのには脱力した。

 いいのか。いいのかあおじ。それとも私にはよくわからない術的なもので、現世に持って帰ったら文字が崩れるとかなんとかあるんだろうか。私にはさっぱりわからない。

 それはさておき、お土産屋に来たのはまだ早いお土産を買いに来たのではなく、お弁当だ。私は一応おとりをするために、一旦ひとりになれる場所で待ちぼうけをしないといけないから、足湯でお昼をいただくためにお弁当を買いに来たのだ。

「ちゅんちゅん」とお土産屋の店番をしているすずめに話を聞いた。


「すみません、足湯でお弁当を食べたいと思っているんですけど、紅葉狩り用にいい弁当ってありますか?」

「ちゅちゅん! そうですね、こちらのもみじがりべんとうはいかがでしょうか?」


 そのまんまの名前だなあ。でもお花見弁当とか売っているから、それでもありなのかな。見本では紅葉型にカットしたオレンジ色や緑のお麩が散らされ、その下には肉団子、きんぴらごぼう、大根の酢の物、鶏ときのこの炊き込みご飯、などなどが丁寧に詰め込まれているようだった。

 これは綺麗だしおいしそう。なによりも足湯で温まった体には、少し冷えていてもおいしいものがちょうどいい。私は「これをください」と言うと、店員すずめは「ちゅちゅん」と鳴きながら用意を済ませてくれた。可愛い。

 そしてこちらのほうに少しだけ膨らんだ羽毛を見せながら首を傾げた。


「ほんじつはあだうちのおきゃくさまもおられますから、あまりおどろかないでくださいましね」

「う、うん……ありがとう」

「それではごゆるりとー」


 店員すずめにそう言われ、少しだけ罪悪感に狩られながら、坂を上りはじめた。

 ごめんね、心配してくれたのに。既に仇討ちに巻き込まれているし、難ならおとり役だし。蜂須賀さんが付けてくれた蜂ってどの子かな。そう思ってキョロキョロしていたらブーンと音を立てて飛んでいるのに気付いた。黄色いふかふかした毛を付けつつ、たしかに蜂が飛んでいた。

 なら、大丈夫だろう。私は蜂に挨拶して、何回か目の足湯に浸かった。

 綺麗なものは三日で飽きると言うけれど、飽きるどころか綺麗だなあという思いは深まるばかり。慣れることはあっても飽きないねと思いながら、私は綺麗な紅葉と桜を見ながら弁当をパカリと開ける。


「見本でも綺麗だと思っていたけれど、実物もこれまた……」


 マジマジと見てみれば、見本よりも実物のほうが綺麗なんだから驚きだ。私は早速「いただきまーす」と言いながら、まずは炊き込みご飯からつまみはじめた。鶏ときのこがどちらも喧嘩せずしっかりとした味付け。噛めば噛むほど旨味が溢れておいしい。


「冷めたら味は落ちるものだって思ってたのに……」


 綺麗なだし巻き卵。味わいがあっさりしている分卵の甘さが際立つ。大根の酢の物はほんのりと柚子の皮が削ってあり品のある酸っぱさだ。肉団子はしつこくならないかなと思っていたけれど、食べるときに歯ごたえが面白い。レンコンを砕いて練り込んであるからいいアクセントになってるんだ。

 おいしいおいしいと夢中で食べていたところで。


「ありゃあ。先越されてもうたなあ」


 関西弁なまりに、私は顔を上げる。

 目が糸のように細く、なにやらひと好きのする顔をしたひとだった。口元がずっとにこにこしているのは、そういう顔つきのひとなんだろうか。

 アロハシャツにハーフパンツ。旅行先だったらあまり珍しくもない格好なんだけれど、なんだか違和感がすごい。関西弁だからだろうか。それとも。

 マッシュルームカットのそのひとを見て、私が怪訝な顔をしているのに気付いてか気付かずか、そのひとはひょいと足湯を指差した。


「お隣ええ?」

「ええっと、どうぞ。別に独占はしてませんし」

「おおきに」


 そう言いながら私の隣で足を浸すと「あぁー……」と露天風呂に入ったときにありがちな高温を上げた。

 胡散臭い。どうしてもそう思ってしまうのは、失礼だと自分でもわかっている。

 もしかしなくっても、このひとが蠏子さんの言っていた門土氏だろうか。私ができる限り弁当を食べるのに集中しながら、必死に横目で彼を眺めていた。

 どうして私は彼を胡散臭く思うのか、少し考えてみた。

 関西弁を使うから? でも幽世だって現世と往復するんだから、関西弁だって普通に使うだろう。でも最近って、あんまり方言を表で使うところは減っているのよね。取材したり前職で話をしたりしても、このところ方言が薄まっている印象がある。

 幽世に現世の事情は関係あるのかとも考えたけれど。実際に平安の逸話の大半のひとは京都在住だったはずなのに関西弁ではしゃべっていなかった。かぐやさんも帝も、普通に標準語だったから、住んでいたから関西弁って方向で考えるのは止めたほうがいい。

 お国柄ではないのに関西弁を使うとなったら、それはキャラづくりのためなんだよな。

 まだこのひとのことを聞いてないけれど、このひとが蠏子さんの探している門土さんなのかな。

 私はどうするべきかと迷っていたら、「あーん」とそのひとはなにかを食べはじめた。

 蒸しとうもろこしだ。前に温泉卵や蒸しいもを買った屋台で売っていたはずだ。私が思わず見つめていたら、そのひとと目が合ったような気がした……糸目はどこでどうやって見ているのかがよくわからない。


「なんやのん、気になる?」

「あ、はい」


 なにやらとんちんかんな会話がはじまってしまった。

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