仇討ちに出かけてよう
そんな訳で、私は湯煙渦巻く温泉地で、仇討ちの手伝いをすることとなってしまった。
大昔のサスペンスドラマみたいな展開になってしまったことに、私はなんとも言えない顔になる。最近は人死にサスペンスドラマは滅多にできず、ミステリー仕立ての話もなかなか人が死なないというのに。
「それで、門土氏を探せばいいんですかね?」
蠏子さんに尋ねると、蠏子さんは大きく頷いた。
「はいっ! これ以上被害が出ない内に叩かないといけませんから! そのための仇討ちです!」
「門土氏、いったいなにをやらかしてそこまで恨まれ続けてるんですか……」
「私のお母さんだけではありませんからね、詐欺を働いたのは!」
蠏子さんはとんでもなくプンスコしながら訴える。
そうなんですか? と私は蜂須賀さんに振り返ると、黄色い彼女もまたプンプンと言いたげに怒っていた。
「詐欺はよくありません。詐欺は」
「なんとも、まあ……」
しかしあれだよな。『さるかに合戦』だった場合、猿に母親をやられたカニが怒って仇討ちをするけれど。
いきなり蜂に刺され、爆発した栗にぶつかり、最終的に臼でぺしゃんこなんて真似、幸福湯でやったら迷惑かかるんじゃ。
私はとりあえず「それで」と尋ねた。
「手伝うのは一向にかまわないとは先程も言いましたけど、具体的になにをすればいいんですか?」
「おとりですね」
「おとり……」
「はいっ、毎度毎度門土には逃げられ続けていますから、幸福湯で一週間仇討ち許可が下りている内に、探し出したいのです」
「……待ってください。門土氏、姿が猿ではないんですか?」
たしかに蠏子さんは赤毛の武装したお嬢さんだし、蜂須賀さん栗山くん臼井さんだって元ネタとは違う姿だけれど。
それに栗山くんが「うんうん」と頷いた。
「詐欺を働くために、毎度毎度違う姿をして逃げられるんです。だから悔しくて仇討ち再チャレンジをしていたところなんですよ」
「それは……で、おとりというのは?」
「私たちが仲間を集める際、味方に人間を入れているとは、相手もさすがに気付かないからですね!」
蠏子さんは言う。
要はあれか。私をおとりにして、一網打尽にしようって寸法なんだな。
「それはわかりましたけど。ちなみに仇討ち手段は?」
「はい、柿をぶつけます」
「柿……」
それ、お母様がやられた手段では。熟れてない柿はたしかに石みたいに硬いし、あんなもん何個も何個もぶつけられたら死ななくても痛いけど。それに臼井さんが「そんな食べ物を無駄にするような真似はしませんぞ」と大きな体を揺すって笑った。
そうか、さすがにひとごろしの手伝いは私もやだしなあと思ったら。
蠏子さんは「ふふん」と言いたげに持っていたのは、熟れている柿だった。ただ……柿から放たれたにおいはどことなく香ばしい。これは、まさか……。
「あのサルコウが、うちのお母さんを寝たきりにして、渋柿責めにしてヒイヒイ言わせてやろうかあ……!!」
「し、渋柿は! 渋柿は干さないと全然食べられたもんじゃありませんよね!?」
「食べ物を粗末にしないって言ったじゃないですかぁ」
「食べられないものを粗末にしても駄目なんじゃないですかね!? と、とにかくわかりました。わかりましたから、一旦瞳孔元に戻しましょう!?」
蠏子さんは渋柿持って、ようやく瞳孔開いたままの目を正した。
うん、あの瞳孔かっぴらいたままの目はまずいし怖い。
そして私は「おとりって、具体的にどうすれば?」と尋ねると、蜂須賀さんが「はい」と私になにかを見せてくれた。
「これは……蜂ですか?」
「はい、私の眷属ですの。蜂で観測しておりますから、好きに行動しててくださいませ。あの詐欺師は、十中八九あなたに近付いてきて、さまざまな詐欺を働きますから」
「はあ……」
私は正直、現世でもネズミ講や新興宗教、怪しい新聞や健康食品の売買に誘われたことのない程度のぼっちだから、詐欺師がどんなものかは小説書くために資料として読んだことはあっても、具体的にどんな詐欺がやってくるのかはわからない。
いったいなにをされるんだろうなあ。ひとまず私は蠏子さんたちと一旦別れてから、普段通り取材に向かうことにした。
本当に現れるのかな、礼の門土氏は。そうただ首を捻っていた。
****
その日は昼ご飯をいただきに食堂に向かい、なにを食べようかと悩んでいたところで若彦さんと鉢合った。
「おや、こんにちは。なにやら大変なことに巻き込まれたみたいなようですが」
普段は飄々としているこのひとが、珍しく心配そうな顔をしてくるのに思わず半笑いになってしまった。
「私が人間で客としてここにいるのが珍しいんですかねえ。現世だったらこんなに知らないひととしゃべることもないんですけど」
「おや、そうなんですか?」
「現世は今、個人情報保護時代ですから。放っておくとなんでもかんでもすぐさらされてしまいますから、なるべく自分の情報は伏せるっていうのが一般常識です。田舎だったらともかく、それ以外で個人情報をさらすような真似は死活問題ですから」
「なるほど……大変なんですね。でも幽世で人間が気に入られるのもなかなかまずいんですけれど」
「そうなんですか?」
「ええ。たまたまとはいえど、あなたは今まで出会った方々が優しいひとだったから大したことはありませんでしたけど、中には大変な方もおられますから。なによりも」
若彦さんは人差し指をすっと持ち上げた。
「神に好かれたらもうおしまいですから」
「……あれ、神様に見放されるよりも、好かれたほうがまずいんですか?」
「現世だったら、外つ国の考え方のほうが一般的なんですかね。外つ国には神は基本的に一柱しかいないって考えだからそう考えるのもやむなしかと思いますけど、日ノ本にはやおよろずの神がいるって考え方ではないですか」
「まあ、そうですよねえ」
ご飯のひと粒にも神が宿るっていうのが、日本の一般的な考え方だ。それに若彦さんは言葉を続けた。
「ええ、ですから。好かれてしまったらおしまいです。幽世に連れ帰られてしまいますから」
「ええ……でも私、あおじにここに連れてこられましたけど……」
「ここの店主は人間に助けられてから、基本的に人間贔屓ですからね。現世で人間に助けられた逸話が残されているものたちは、そこまで疑わなくっても大丈夫ですが。人間に悪さする方々や、そもそも人間と関わる逸話が残されてないものは、気を付けたほうがいいですよ」
「……その考え方で言ったら」
『さるかに合戦』の登場人物は、かにの猿に対する仇討ち合戦の話だし、登場人物に人間がいない……未だに姿を見せない門土氏がどんなひとなのか、私も詐欺師以外に聞いてはいないのだ。すぐ姿を変えるとも。
若彦さんは頷いた。
「あの仇討ち許可を申請したひとたち、悪気はなかったのでしょうが人間である奥菜さんを巻き込んでしまったことで、仇討ち対象のほうに有利に働いてしまっていることに気付いていません。本当に、本当に気を付けてください。まあ……あなたはここに来てからそこそこひとだすけしてますから、あなたになにかあったら許さない方々もおられるでしょうがね」
この数日のことを思い返した。
帝はかぐやさんの要望に応えようとしてか、なにやらずっと女中さんと話し込んでいるのは見かけた。未だに江戸妖怪のひとびとは楽しげに卓球をしているし。
そして未だに正体のわからない若彦さん。私は「あのう」と若彦さんに尋ねた。
「私、いざとなったらあなたに助けを求めても大丈夫なんでしょうか……?」
そうおずおずと尋ねたら、途端に若彦さんは「ぷっ……」と噴き出した。笑われるようなことは言っていない。
若彦さんはケラケラ笑ってから、振り返った。
「自分、ここだと相当嫌われてますよ?」
「私は嫌われるようなことされてませんし。あおじもあなたのこと心配してましたから」
「店主にはいつも感謝してますよ。でも、そうですね。本当にもしものときは、助力しましょう」
言質を取った。これで助けてもらえるかはわからないけれど、これでおとり役もなんとかこなせそうだ。
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