被害者の言い分

 私はどうしたものかと遠くを見た。

 仇討ちの手伝いを頼まれるなんて、人生で今まで一度もなかったから、なんと返答するのが一番正しいのかがとんと検討が付かなかった。

 断るにしても、これ断れるのかな。私が「嫌です」とも「無理です」とも言い切れずに困っていたら、赤毛の女の子から勝手に口を開かれた。


「ああ、申し遅れましたね。私は太良場蠏子たらばかにこと申します」


 タラバガニ……。

 隠す気も全くない名前に、私はますます困惑する。


「これは私の仇討ちに同意してくれた同士の皆さんです。こちらの少年は栗山千春くりやまちはるくん、こちらの彼女は蜂須賀里都はちすがりとさん、こちらの彼は臼井俵作うすいひょうさくさんですっ!」

「これは、まあご丁寧に……」


 ここまで名前を明かされたら、大方の彼女の仇討ちの目標や目的も見えてきた。

『さるかに合戦』で、仇討ち対象は猿だろう。

 昨今の児童書だとマイルドにされがちだけれど。『さるかに合戦』はシンプルな復讐譚だ。ある日かにがおにぎりを持っていたら、柿の種を持った猿と出会い、おにぎりと種を交換しようと言われる。

 当然ながらかには最初は断るものの、猿は「育ったら柿が食べ放題だよ」と口三寸で言いくるめてトレードを成功させてしまう。

 かにはもらった種を埋めると「早く芽を出せ柿の種、出なきゃはさみでちょん切るぞ」と歌いはじめた。かにの歌で、柿は見事に大きな柿の木になったのだけれど、あろうことか猿はおにぎりに続いて柿まで独占しはじめた。

 最初は木登りできないかにに替わって柿を取ってきてやるという名目だったものの、柿を食べて全然降りてこないのに、かには「自分にもちょうだい」と何度も催促する。怒った猿は、まだ熟れてなくて硬い実をかにに投げつけると、その硬さを頭に受けて、とうとうかには子供を産んで絶命してしまった。

 怒ったこがにが仲間を集めて復讐するんだけれど……その復讐が今だと残酷だってことで、最後は仲直りしたとボカすのが多いけれど、初期は死ぬまで復讐するという話だったはずだ。それは多分、江戸時代には仇討ちは届け出さえ出していたら普通に認められていたせいっていうのもあるんだろうけど。

 そして私は既に仇討ち制度のなくなった時代生まれなため、手伝ってくれと言われても困るんだよなあ……。

 やっぱり断るべきかと悩んでいたら、蠏子さんが向こうから勝手に語りはじめた。


「私もこのような温泉宿に仇討ち許可書を出す予定はなかったのですが……事情が事情ですので話がわかってもらえるんじゃないかと思いまして、ここで仇討ちを実行することとなったんですよ」

「はあ……」

「絶対に許しません、門土大也もんどだいや!!」

「そこは猿じゃないんですね!?」


 思わず熱く語る蠏子さんにツッコミを入れてしまい、内心「しまった」と思う。ここで話を聞いてますと取られたら、ごく自然に「仇討ちに賛成してくれるんですね!?」と取られてもおかしくはない。

 ひとの話を聞いてないひとは、大概は自分が都合のいいように取ってくれるに違いないと勘違いをし、その勘違いが勘違いだとわかった途端に怒り出すんだ。

 蠏子さんがそんな癇癪持ちとは、今会ったばかりだからわからないけれど……そう取られてしまったら厄介だなあと私は内心反省した。


「お母さんは私が生まれる前に、栄養価の高いものを食べようと思って食事をしていたのに、こともあろうかお母さんを騙くらかして食事をくすねて、そればかりかお母さんが栄養価が高いものを私たちに残せるようにと世話していた柿の実まで勝手にくすねて……! 絶対に許しません!」

「それは……お気の毒様でした」

「ありがとうございます! おかげでお母さん、打ち所が悪くて寝たきりなんですから! 何度仇討ちを行おうとしても失敗してしまい、その都度仇討ちの実行者を替えているんですが……いつも逃げられてしまうんです」


 蠏子さんは悔しげに語った。

 うーん。仇討ち自体は本気で止めておけ、と言いたいところだったんだけど、流れが変わったなあと話を聞いていて思った。

 ひとつは蠏子さんのお母様が生きてらっしゃるというところが大きい。蠏子さんを無事にお母様の元に返してあげないと、この世界の蠏子さんがカニかどうかは知らないけれど、お母様が困ってしまうんじゃないかというのがひとつ。彼女が仇討ち制度をものすごく詰めて考えているから思っているより行き当たりばったりじゃないなと思ったのがひとつ。

 ちなみに本来ならば、仇討ち対象の仇討ちが失敗した場合、その報復をするのは原則禁止となっているはずだ。つまり、仇討ちの返り討ちの仇討ちは、基本的にはなしだ。

 でも、仇討ちの実行者が変わる場合は話が変わってくる。私は尋ねた。


「ちなみに仇討ちの今の責任者は?」

「はっ、自分です」


 お相撲さんみたいな臼井さんが手を挙げた。


「門土はとにかく素行が悪いため、あちこちから恨まれています。だからその都度仇討ちの実行者と実行理由が変わっていますので、未だに仇討ちは有効となっています」

「なるほど……本当に仇討ちがしたいのね」


 いったいなにをやったんだ、この門土さんは。そう思ったものの、これにあれこれと口を出したら話が進まないため、とりあえず話を聞いてみた。


「ちなみに念のため確認しますけど、私を誘った理由は?」

「はい、あなたが人間だからというのがあります」

「人間……だからですか」

「はいっ。門土はとにかく素行が悪く、私のお母さんの仇討ち以外にも倒さないといけない理由がたくさんありますが、あやかしや神様だとそんなもんって諦めてしまいますので。私はそれが許せないんですよ」

「人間もそれは変わらなくないですか……?」

「でも人間は感情がありますから。もちろん、『そんなもん』って諦観癖のひとも大勢いらっしゃいますけど。ほとんどの人間は優しいですから」


 なるほどなあ……。でも、こちらも仇討ちでいきなり殺すの手伝えと言われても困る。仇討ち許可が認められてた昔と今じゃ大違いなんだから。


「私、仇討ちってなにするか知りませんけど、それ次第で了承します」

「本当ですか!?」

「今の現世、基本的に人殺ししちゃ駄目なんですよ! それ以外、それ以外でしたら!」

「ああ、それなら大丈夫です!」


 蠏子さんは、それはそれは輝く笑顔で言った。


「もう二度とひとを騙さないように、ボッコボコのギッタギタにするだけですから!」

「それ本当に大丈夫なんですよね!?」

「お母さんとおんなじ目くらいまでしか合わせないから大丈夫です!」


 そうきっぱりと言い切った。

 私は蠏子さんの同士一同に「この子いつもこうなんですか?」と思わず尋ねてしまった。すると蜂須賀さんがきっぱりと言い切った。


「この子偉いんですよ。目には目をまで、耳には耳をまでしか取りませんから」

「なにを取るんですか????」

「そりゃもう……」


 うん、それはハンムラビ法典で、残酷な法だと思われがちだけれど、その実「復讐してもいいけど、それ以上はやっちゃ駄目」「それ以上の報復はやり過ぎ」と制定したありがたい法律だ。

 お母様が寝たきりだと言っていたから、そこまでだったら大丈夫なのか。

 それにしても。蠏子さんは何度も何度もメンバーを替えて挑んでは失敗していると言っていた。つまりは門土氏にはそれだけ復讐したいひとがいるということになるけど。

『さるかに合戦』の場合、確かに猿はとてもとても悪い奴だったけれど、失敗し続ける仇討ちに毎度ひとが集まるっていうのは、私の知らない話でもあるんじゃ。

 私は今度は栗田くんに膝を曲げて尋ねてみた。


「そういえば、君はいったいなんで来たの?」

「ああ!」


 栗田くんは「えっへん」と胸を張った。


「うちのねえちゃんがだまされたから!」


 ……もしかしなくっても。話の内容を考慮すればわかる話だったけれど。

 幽世における門土氏って、あやかしにも嫌われる詐欺師だったのでは。日本むかし話でも詐欺師の話は大量にあったけれど、普通に報復受けてたしなあ。それが失敗し続けていたら、たしかにフラストレーションは溜まるのか。

 私はやっと納得した。


「まあ、私みたいなのがなに手伝えるかわかりませんが」

「ああ! よろしくお願いします!」


 蠏子さんにブンブンと手を振られてしまった。

 正直、門土氏が詐欺師とわからなかったらまだ渋っていたかもわからないけれど、とりあえずなにかのネタにはなるだろうと、そう思うことにした。

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