テンプレ体質みたいだけど、平穏無事な恋がしたい!!

武 頼庵(藤谷 K介)

テンプレ体質みたいだけど



 タッタッタ……


 佐藤康太さとうこうたという、特段珍しい名前を持っているわけでもない俺は高校二年生になった。

 ちなみに今俺はとても急いでいる。というかかなりの勢いで走っている。

 春になって暖かくなってきたのと同時に、朝布団から出る事が出来なくなって、二度寝をする事が通常になりつつあったのだが、それでも毎日学校へは遅刻することなく登校できていた。


 それも全てが、生まれた時から隣の家に住んでいる幼馴染で、周囲からは美少女として一目置かれている鈴谷小鳥すずやことりのおかげ。


 毎朝小鳥が登校する前に俺を叩き起こしてくれるので、その時にしっかり起きれば遅刻は回避できるのだ。


 しかし今日はその小鳥が来なかった。いや元々今日は来ることが出来ないと前日に聞いていた。何でも所属する部活の地方予選が始まるので、朝早く学校に集合して皆でバス移動するらしい。そんな小鳥は元気はつらつな運動神経オバケでもある。その素質をものの見事に小さい頃から発揮して、バスケットを始めてからは一躍学校の人気者になった。いや通っている学校だけではなく、他校からも小鳥を見に来る輩がいるほど、名前も容姿も知れ渡っていた。


 そして、そんな前日に言われた事などすっかり忘れていた俺はというと、朝しっかりと母親に起こされたのにもかかわらず、いつものように二度寝をしてしまい、起きたときにはホームルームの始まる時間15分前。ウチからいくら全力で自転車を濃いでも20分はかかるので、完全にあきらめてはいるがしかし走ることは止めない。


自転車の話をしたけど、俺は自転車通学じゃない。

だからこうして走っているわけだけど――。



ドンッ!!

「きゃぁ!!」

「うわぁ!!」


  誰に言うわけでもなく、言い訳するように心の中で今朝からの流れを整理していると、もう少しで学校に着く前最後の交差点で、横から出て来た人とぶつかった。

 その衝撃で俺は後ろに飛ばされ尻もちをつき、俺とぶつかった人は「いたた……」と言いつつ歩道で俺と同じようにしりもちをついていた。


――女の子!?

 ぶつかったときは分からなかったけど、体勢を立てなおし、立ちあがった俺がその人に近づいて初めてその人が女の子だと知った。


――ん?

 謝罪するためにも、女の子を立たせるためにも、何にせよ近づいていかなきゃならないので、痛む尻をさすりながら歩いて行くと、その女の子がぺたりと座り込んでいるところから少し離れた場所に、食べかけの食パンが落ちている事に気が付く。


「あ、あの……。大丈夫ですか?」

「ほえぇ!?」

 声を掛けたら凄い声が聞こえて来た。


「大丈夫ですか? すみませんでした……」

「え? あ!? わ、私こそごめんなさい!!」

 俺が差し伸べた俺の手を掴んで女の子が立ちあがる。


「あ!! パン!!」

「パン?」

 立ち上がってすぐにぺこりと頭を下げた女の子が、ハッとしながら辺りを見回した。


「えぇ~っと……パンってこれかな?」

「ですです!! あぁ~!! 砂が付いてじゃりじゃりになってるぅ~!! もう食べられないよね?」


――え? 食べる気だったんですか? それ……。

 俺の方へと問いかけてくる女の子と、俺は場所を見ていた。そう、ぶつかった衝撃で放たれたであろう、道端に落ちている一枚の食パンを。


「……無理じゃないですかね? もうそのパンは……」

「だよねぇ……。まぁしょうがないか。あ!! 改めてごめんなさい」

「いえいえ」

 ちょっと悲しそうな表情をしながら俺に微笑み、再度俺に頭を下げる。


「あの……」

「ん? なにかな?」

「あなたを見た所……その制服って俺と同じ学校ですよね?」

「うん!! そうだよ!!」

 そこそこ!! と指をさしつつ答える女の子。そして彼女はある事に気が付いたようだ。


「あぁ~!! ちょ、ちょっと今何分かわかる!?」

「え? あぁ……えぇ~っと……8時30分を過ぎましたね……」

「あぁ~……」

 さっきまでの元気よさを、突然失ったかのようにがっくりと項垂れる。



「ちこくだぁ……」

「え? ち、ちこ……あぁ!!」

 どうやら俺も女の子も遅刻が確定した瞬間だった様だ。



「まぁ……いいかじゃぁね!!」

「え? あ、はい!!」

 女の子はフンスと気合を入れて、その場から走り出した。


「あ、私は2年の音無和音おとなしかのん!! 今日はごめんね!!」

 少し先で立ち止り、俺の方へと振りむいて自分の名前を名乗る。


「あ、俺は2年の佐藤康太……です」

「康太君!! 同い年か!? じゃぁまたねぇ~!!」

「え? あはい!! ま、また!! え? また?」

 走り去っていく音無さんの後ろ姿を見ながら、俺の中に一つの疑問が生まれた。


 少しその場で考えてしまったけど、俺も遅刻してしまったという事に改めて気が付いて、俺も音無さんを追うようにして学校めざし走り出した。






 学校にての生活は相変わらずというか。

基本的に俺は目立つような存在ではない。髪も黒髪のままだし、運動神経なんてものは小鳥に小学生の頃打ち負かされとうに諦めた。その分を学業につぎ込めばなんて思っていた時期も有ったけど、学年が上がるにつれて高度な内容になっていく数学に、中学2年の時無理を悟ってしまったのだ。


 かといって何もしなかったわけじゃなく、ある程度の成績が取れるようには予習や復習を欠かさずに毎日していた。その割に成績が伸びなかったのは自分の努力が足りなかったのか、はたまた両親から受け継いだ遺伝子が関係しているのか。

 

 狙っている学校には入ることはできなかったけど、そこそこの学校には入れたと思っている。というわけで、俺は学年でもそこそこの成績をキープできているわけだ。

そんな俺にもクラスには友達はいる。いるには居るが何と俺のクラスには運動能力のバカ高い奴や、学年でも成績十傑と呼ばれている人物達の中の4人が居る。


――おかしくないか? 学年でクラスは8つ。なのに俺のクラスにそんな奴らばかり集まるって……。

 何となくチカラが働いたとしか思えないけど、それでも良く言われる陽キャや陰キャという区別なく、クラスの皆が仲良く生活できているのは珍しいんじゃないかと思う。



「ねぇ……」

「ん?」

 一人でぼんやりと休憩中に色々なところで話の花が咲いているのを見ていると、隣の席の打木日向うつぎひなたが俺の方へと顔を向けながら話しかけて来た。


「今日の遅刻……何かあったの?」

「あぁ……いや、小鳥が居ないのを忘れててさ、二度寝しちゃったんだよ」

「ふぅ~ん……」

「なんだ?」

 少しだけ前髪が眼鏡にかかっている打木だが、そんな眼鏡越しにも分かる少しだけ細くなった眼を俺に向けてくる。


「佐藤君と鈴谷さんって……付き合ってるの?」

「はぁ?」

 打木とは2年生になって一緒のクラスになったので、いつも俺の周囲にいる小鳥の事を俺の彼女だと思っているらしい。俺や小鳥との関係を知っているわけじゃないので、それはぁ正しい認識だと思う。


「いやいや。俺と小鳥……鈴谷は付き合ってないぞ!! 鈴谷……、もういいや、小鳥とは小さい時、生まれた時から隣の家に住む幼馴染なんだよ」

「へぇ~……。でもさぁ……」

「ん?」

「ラブコメだとそういう流れじゃん?」

 俺からプイっと顔をそらしながらそんなことを言ってくる打木。


「はぁ……。そんなのお話しの世界の中だけだって……」

 俺はため息をついた。今までも、中学生時代はおろか、高校に進学した去年も同じような事を言ってくる奴は多かった。

 そんな奴らに決まっていう事は『俺たちは本当にただの幼馴染だ』という事だけ。いくら否定しても結局は小鳥が俺の周りにいる頻度が多いから、周囲からはそんな邪推をされたままになってしまっている。


――まぁ……打木も悪気があって聞いてきたわけじゃないんだろうけどな……。

 そっぽを向いたままの打木の様子を見ながら俺は再び大きなため息をついた。







 俺にはどういう訳か、小さい頃から事柄に遭遇することが多い。


 なにせ今も――。


「きゃぁ!!」

「え? うわっととと……」

 何気ない学校生活の中、お昼休み時間に購買へと行こうと教室を出て、階段を下りている時に、俺の背中越しに聞こえて来た悲鳴に驚いて振り向く。


ドサリ!! という音と共に、伸ばして受け止めたモノの重さが両腕にかかって、腕がミシリと悲鳴を上げる。


 俺が降りている時に、反対側を昇っていた人が足を滑らせて落ちてしまったらしいと気が付くまで数秒。

 俺はその女子生徒をお姫様抱っこ状態で抱きかかえていた。


「え? あ、あの……」

「え?」

「お、下ろして……は、恥ずかしいからぁ……」

 顔を真っ赤にして俺の事を見あげる女子生徒。


「あ、はい……。っとけがは無いかな?」

「ありがとぅ……」

 階段部分ではなく、踊り場に女子生徒を抱たまま移動して、そこでようやく下ろした。するとそのままか細い声でお礼を言ってくれる。

 さすがに助けるためとはいえ女子を触ってしまった事に申し訳なくなり、俺も女子生徒に謝った。


「いえいえ!! そんなそんな!! 助けてもらったのは私の方ですから……」

 まだ真っ赤な顔をしながらも、顔の前で両手をぶんぶんと振る。こうして同じ場所に一緒に立ってみると、その女子生徒が小柄な事に気が付いた。


 俺は一応178センチ有るのだけど、その女子生徒は俺の肩まで身長が届いてないくらい。まぁ見るところでざっと150センチ前半位だと思う。

 髪色は少しこげ茶色で、しっかりと天使の輪が出来ている事でもわかる通り、手入れが良くされているのだと思う。そして真っ赤だった顔は少し幼さの残した卵型をしていて、ちょっとぷっくりとした桜色の唇が特徴的に見える。


――あれ? この人って……。

 落ち着いて女子生徒を見て気が付いた。


「わ、私は2年生の城崎弓月しろさきゆづきと言います。今回は助かりました。本当にありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる城崎さん。


――あぁ、そうそう、城崎さんだ。学年成績首位の……。

 

 同じ学校に天才が入学してきた!! と一時期話題に上がった事が有る。入試では全教科で満点に近い点数を取ったという。その結果が入学式の新入生代表挨拶をする事になったのだというが、本人的にはとても上がり症の為、人前での挨拶など出来ないと断った事が更に彼女を有名にした。

新入生代表挨拶にてその姿を見ようとしていた男子達は、悲嘆にくれてその後の入学式が雰囲気を重くしたと話題になった。


それからというもの、1年を通して定期テストの結果が貼りだされるたびに、堂々と首位を獲り続けている本当の天才少女なのだった。

そんな女子生徒が目の前にいて、少し前にはお姫様抱っこまでしてしまった。

噂になってもおかしくない状況で、俺は慌てて周囲を確認して、ほぼ俺達に興味を持っていそうな生徒などがいない事に安堵した。


「あの……お礼をしたいのですけど……」

 俺の方を上目遣いに見上げる城崎さん。


「いやいや!! 偶然助けられただけだから気にしないで!! うん!! 本当に気にしなくていいから!! じゃぁ!!」

「え? あ!? ちょっとま――」

 城崎がまだ何か言っているけど、俺はその言葉を聞くより先に階段を駆け下りて、購買へと向かって行く。


――絶対に何かある!! あぶないあぶない……。

 噂では校内に城崎の非公認ファンクラブがあるらしい。それに目を付けられては今後の高校生生活も危うくなる。俺は周りを気にしながら購買まで続く廊下を急いで走って逃げた。







 それからも色々とある物で――。

 ある時は体育の授業でバスケをしていた時に、小鳥に声を掛けられて振り向いた瞬間にボールが顔面に直撃し、そのまま気を失った事で保健室へと直行。

 しばらく休んだ後に目が覚めたベッドの隣に、学校のマドンナと呼ばれている3年生の先輩が同じようにベッドに横になって眠っていたり、掃除当番でごみを捨てに行ったら先輩たちに何やら絡まれている後輩の女子生徒を助けたり、社会科の授業に使った資料を片してくるように頼まれて図書室へと向かったら、返却された本を戻そうとする女子生徒が脚立から落ちそうになっているのを助けたり。なんて事が起こりつつも、いつものように過ごしていたのだけど、何故か俺に向けられる男子の視線が痛いものに変わりつつあった。


「ねぇ……」

「ん?」

 いつものように授業の合間の休憩時間にぼーっとしていたら、隣の席の打木に声を掛けられる。


「佐藤君……何かしたの?」

「え? どうして?」

「……この頃あなたの事を聞きに来る生徒がいるのよ……」

「んん~? 俺は特に何もしてないけどなぁ……」

 ここ最近何かしたか思い出しながら打木に答える。


「まったく!! 自覚無しにしてると刺されるわよ?」

「はぁ? 何のことだよ」

 はぁ~っと大きなため息が聞こえて来た。


「彼女……欲しくないの?」

「何を言ってるんだ!! 欲しいに決まってるだろ? 男子高校生たるもの憧れと共に夢でもあるんだぞ!!」

「誰か好きな人でもいないの?」

「いないからこうして悩んでるんじゃないか……でも気になる人なら居る……かな?」

「!?」

 それまで机に突っ伏していた体を起こし、背筋をピンと伸ばして俺の方へと向き直った。


「だれ?」

「ん~……ないしょ!!」

「えぇ~? いいじゃない私にだけ教えてよ」

「そうだなぁ……」


 俺は打木の方へと身体を寄せると、打木に向けてちょいちょいと手招きする。それに素直に従って俺の方へと身体を寄せると、俺は内緒話をする時の様に手を口に当て、打木の耳の側へと近づける。



「その人は……」

「う、うん」

「打木日向」

 俺がその人の名前を言った瞬間に体がビクッと跳ねあがり、俺から距離を取る打木。


 そしてそのまま黙って俯いてしまう。


 俺から見える打木の横顔は、耳まで真っ赤に染めあがっていた。





 俺は勇者でもなければ主人公でもない。どこかでフラグが立っていたとしても、それでも俺は変わらない。







 今までは俺を起しに来るのは小鳥だった。

「ちょっと!! 早く起きなさい!! 遅刻するわよ!!」

「ん? あぁ……今起きるよ……」

「まったくもう!!」

 そう言い残して先に部屋から出て、下の階へと降りていく。


「さて……今日も良い一日になりそうだな……」

 とんとんと小刻みで心地いい音を聞きながら、グッ体を伸ばしてベッドから起き上がる。




「お待たせ」

「すっごく待った!!」

「ごめんごめん」

「じゃぁいきましょう!!」

 俺は両手を合わせてまっていた人に頭を下げる。

 

「あ!!」

「え? なに?」

 大きな声を上げると、先に歩き出していた女の子が振り返る。


「おはよう……日向」

「うん!! おはよう!!」


 俺に向けて満面の笑みを返してくれる日向。


 それから俺が隣に並ぶのを待っていてくれて、二人並んで学校へと向かい歩き出した。

 俺達は平穏無事な恋愛を二人で始めたのだ。


 あの日、あの時から――。

 



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