第6話 運行6 10月9日

今夜も私が二人体制で夜行バスを走らせた日の不思議な体験をお話しします。


その日は、まだ若い、年の頃30代のほどの女性運転手とペアとなりバスを運行しました。


一昔前でなら考えられなかったのですが、昨今では夜行バスを運転する女性はらそうめずらしいことではありません。

特に、最近では深刻な人手不足を補うため、中途として雇われる方も多くいらっしゃいます。


彼女もその1人でした。

夜の道を走らせている間、彼女は次々に自身のことを話してくれました。


彼女の名は瀬世川佳子(せせがわ よしこ)といい、高校生になるお子さんを、一人で育てているのだと軽快に話してくれました。

子供が中学生の時、進学費用を貯めるため、給料のよい夜行バス運転手へと転職をしたそうです。

子供を置いて夜の仕事をすることに「心配はないのか」と、私が疑問を口にすると、瀬世川さんは子供とも相談し始めは心配だったが、子供の将来の為にお金が欲しくこの仕事を選んだのだと話してくれました。


瀬世川さんは、身の上話しをしている間、苦労している様子などまったくみせません。それどころか、懐かしい思い出話しに花を咲かせているように、本当に明るく話していました。

それは、生来の瀬世川さんの生き様を表しているようで、ともに仕事をしていて心地良いものでした。


バスの運転技術も確かなもので、安心してハンドルを任せられました。

そのため、私は少し早かったのですが、交代の時間まで仮眠を取ることに、瀬世川さんに声掛けをしてから休憩にはいりました。


眠りについてどれぐらいたったでしょうか、突然のバスが大きくは跳ねたのです。

その衝撃で目を覚ました私は、何事かあったのではと、すぐに運転席へと向かいました。


その間にも、2度3度とバスが何かを乗り上げたかのように跳ねました。

運転席にたどり着き、彼女に何事かと訪ねましたが、瀬世川さんから返事はありませんでした。

瀬世川さんの表情は固く強張っており、じっと夜道の暗闇を見ていました。今思えば、彼女に似つかわしくない睨んだ表情だったのかもしれません。


私も瀬世川さんにつられて、バスの前方をじっと見つめていました。

すると、またバスが跳ね衝撃で揺れたのです。


気がつけばと、就寝していたお客様も起き出し、何事かとざわつき始めていました。

私は事態をおさめるため、道が荒れており小石を踏んで車体が揺れていると説明し、不審がるお客様にお詫びをして回りました。


すべてのお客に説明とお詫びが終わり、再び運転席に戻ると、瀬世川さんが口を開きました。「何かがおかしい」と、それだけを言うと彼女はまた口を閉ざし、ひたすらにバスを運転していました。


私は彼女に運転の交代を提案しようかと思案しました。

原因はわかりませんが、いまの情況でバスを運転するのは、彼女の負担がかかる大きいと感じたからです。


そして、私が瀬世川さんに声をかけようと口を開いた時でした、彼女から「あっ」と息を呑む声が聞こえてのです。

思わず私は視線を彼女からはずし、バスの前方に目を向け、それを目撃したのです。


黒いモヤをまとった塊が、バスの行き先を塞ぐように、道路の道の上に立ち塞がっているのです。それの大きさはちょうど人の大きさであり、人の形をしているようにも思えました。


その瞬間、バスは大きな音を立てて急ブレーキをかけ止まりました。

しかし、バスは完全に止まりきらず、黒いモヤにぶつかり通り過ぎてしまいました。


たた、不思議なことにぶつかった衝撃はなく、急ブレーキにより、体が引っ張られる力だけを感じました。


私は全身に力を込めながら、近くにあった手すりを持ってその衝撃に耐えました。

乗客の悲鳴があがりつつバスは停車し、瀬世川さんの様子を見ると、顔面を蒼白にし震えているようでした。


無理もありません。もしかしてら、彼女は人身事故を起こしたかもそれないのですから。


私は彼女の肩に手をおき、バスをロ型に寄せるよう指示を出しました。

はったとした彼女は、黙ってバスを路肩に寄せハザード焚いて、バスを停車させました。


その間に、私はお客様に事情を説明し、車両点検に入ることを伝えました。幸いにも、お客様のなかに怪我をされた方はおらず、バスに問題がなければ運行は可能な様子でした。


瀬世川さんの様子は、相変わらず強張っており、私は彼女に休むよう補助席へと誘導し、1人車外に出てぶつかった跡がないか確認をしてまわりました。


ですが、不思議なことにどこにもぶつかった跡はありませんでした。それどころか、タイヤに何かを引いた様子はなく、バスに戻った私は乗客にもアナウンスをしてから、バスわ発信させました。

瀬世川さんは、相変わらず無言で助手席にすわってました。


しばらくすると、バスの後方からけたたましいサイレンをならし、パトカーがやってきました。

私は脳裏で「やはり、何かを引いていたか」と身構えたのですが、パトカーはバスを追い抜いて行きました。

追い抜きざま、パトカーはこの先で大規模な交通事故が発生しているため、徐行運転で進むよう私共にスピーカーで呼びかけて去っていきました。


パトカーの呼びかけの通り、少し進んだ先ではトラックがいくつもの玉突き事故を起こしており、交通規制がかけられていました。


私は、乗客へ三度となる謝罪をし、到着予定時刻をすぎることをアナウンスしました。


それから、3時間ほどして交通規制が一部解除され、バスは再び目的地を目指して発進できました。


そして、それまでクチヲトザ黙っていた瀬世川さんが、急に話しをしだしたのです。

彼女は、ぶつかったと思った黒いモヤが、彼女の旦那に見えたのだと言いました。

彼女の旦那は、もう数年前に病にてこの世を去っているだと、瀬世川さんには似つかわしくない暗い様子で話しをしてくれました。


それから、静かになった彼女の様子を伺っうと、補助席で窮屈そうにしながらも、目を閉じ眠っていました。


あんな事があり、私は目的地まで寝かせてやろうとそのままにしてあげました。


ただ、目的地につくまでに、私はある考えを思いつき頭が離れませんでした。


それは、あの黒いモヤは確かに瀬世川さんの旦那さんで、バスが急停車したから、トラックの事故に巻き込まれなかったのではないのかと……。


その後、バスはなんの問題もなく目的地へと到着しました。

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