第5話 運行5 10月8日
今回は、二人体制で夜行バスを運行していた時の体験をお話しいたしましょう。
夜行バスにはいくつか種類がございます。大きくは、移動距離によって分けられのですが、二人体制で運行するのは、例えば九州から東京への用に片道が10時間ほどになる場合に行われています。
深夜の運行になりますので、交代しながら車内で休み、サービスエリアなど休憩所には立ち寄らずにバスを走らせるのです。
ああ、もちろんですが、運転を変わるときにはサービスエリアや、高速のバス停に立ち寄って停車しますよ。
その日、ペアとなったのは安秦(やすはた)さんという、ベテランの男性でした。
始めに私が運転し、安秦さんは補助席についていました。
安秦さんはとても気さくな方で、次から次へと私に話しかけてくれました。
おかげで、1人で運転をしていると感じやすい眠気も、その日は微塵も感じつに運転することができました。
バスを走らせて2時間ほど経った頃、安秦さんは仮眠ついでに車内確認をしてくると、席を立ちました。
交代までまだ時間がありますので、私はゆっくり休まれる事を伝え、運転士に集中しました。
しかし、30分もしないうちに安秦さんが戻ってきたのです。しかも、どこか険しげな表情をしながら。
どうしたのかと様子を伺っていると、安秦さんは「何かがおかしい」と言われました。
話しを詳しく聞くと、仮眠をしようと横になると、赤子の泣き声が聞こえるそうなのです。
しかし、今夜のお客様の中に赤ちゃんは見当たりませんでした。また、昨今はスマホの動画再生による音漏れも考えられましたか、車内を見て回っても殆どのお客様が就寝されており、音漏れの様子はなかったそうです。
それで、再度横になってみると、やはり赤子の鳴き声が聞こえてくるそうです。
そのため、仮眠をする気も無くし運転席に戻ってきたとのことでした。
そう話したあと安秦さんは、あれ程おしゃべりだったのにも関わらず、口を閉ざし黙り込んでしまったのです。
私は居心地の悪さを覚えつつ運転に集中しておりました。
しばらくすると、不意に安秦さんがまた口を開いたのです。「こんな話しをしっているか」と。
それは、昔しあった交通事故の話でした。
昔しは今のように長距離の運行でも、1人で休み無くバスを走らせていました。
そのため、運転者の居眠りによる操作ミスで、衝突事故が発生してしまったのです。
それは、運転手はもちろん乗客にも死者や怪我人がでるほどの事故でした。
そのため、連日ニュースに取り上げられ、徐々に夜行バスの運営についての見直しがされたのです。
もちろん、他にも似た事件があってのことですが。
しかし、安秦さんが言うにはこの事件には、関係者しか知らない話があるそうです。
それは、事故で巻込まれた乗客の中に妊婦がいたというものでした。
残念な事にその妊婦は、事故により体が押しつぶされて亡くなったそうです。
しかし、その場に居あわせた人々はそれを聞き目撃してしまったそうです。
押しつぶされた妊婦の体から、その圧力で絞り出されたかのように、へその緒をつけたまま飛び出している赤子の姿を……。
安秦さんが、それを知っているのはたまたま事故を起こしたバスの後方を走っていたからだそうです。
そして、運転していたバスを止め、人命救助をしている間に、それを目撃してしまったそうです。
そして、最後に安秦さんは「あの時事故を起こしたバスは、いつの間にか行く方が分からなくなった。噂では、人知れず修理され、いまだ夜行バスとして走っているのだ」と話し終えました。
私はその話を聞いてから、背筋が凍るような不気味な気持ちになりました。
なぜ安秦さんは、急にその話しをされたのてしょうか、考えれば考えるほど怖さが込み上げてくるのです。
そうこうしているうちに、安秦さんと運転を交代する時間になり、最寄りのサービスエリアに立ち寄りました。
そのまま交代してもいいのですが、居心地の悪かった私は、サービスエリアのトイレで用を足してから、仮眠のため休憩にはいりました。
休憩に入る前に、安秦さんはバスを運転しながら「気をつけろよ」と一言だけ私に声をかけてくれました。
正直、仮眠を取る気にはならなかったのですが、眠気にはあがらえず、仮眠用の座席で横になりめした。
はじめは緊張していたのですが、横になると特別聞こえてくるものはなく、いつしか私は眠りについていました。
しばらくすると、かすかに赤子の泣く声が聞こえてきたのです。
驚いて身を起こすと、先程よりも多く確かに、赤子の鳴き声が聞こえてくるのです。
私は念のために乗客の様子を伺うため、車内確認をいたしました。
ですが、やはりお客様の音漏れの可能性はありません。
怖さを覚えつつも、確認のため私はまた仮眠用の座席で横になりました。
すると、先程は気が付きませんでしたが、赤子の声はどうも座席の下から聞こえてくるように感じたのです。
指先が冷たくなるような感覚に襲われながらも、恐る恐る座席の下を除いてみると、そこにはスマートフォンが一つ落ちていました。どうも、赤子の泣く声は、そのスマートフォンからのようでした。
それを拾い上げ画面を確認すると、赤子の泣く動画が再生されていました。
驚愕と戸惑いを覚えつつも、動画を停止させ、とりあえず安秦さんに報告しようと、スマートフォンを持って運転席へと向かいました。
運転席にいる安秦さんは、片手にスマートフォンを持つ私の姿を見ると、ニヤッと笑い「なんだ、バレたのか」と言ったのです。
それを聞いて戸惑っている私に、安秦はネタバラとしてくれまして。
彼曰く、事故があったのは本当だが赤子の件は作り話であること、思いつきで仕込んだイタズラであったとの事でした。
勤務中の事に呆れ脱力した私は、一方で冗談だとわかり一安心したのです。
バスはそのまま目的地へと無事に到着しました。
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