第13話【朗報】レイナさん、うっかり活躍してしまう⑤【困惑】

 魔法剣士時には属性付与魔法と身体能力向上のバフスキルしかなかった。

 しかしエレメンタルナイトのクラススキルには、範囲攻撃魔法が備わる。

 込める魔力量に応じた、指定範囲への属性攻撃魔法。

 それと敢えて範囲を小さく指定し、弾幕の様に前方へ攻撃する射出魔法。

 今回レイナが選択したのは、魔法剣士時代に熟練した属性付与と、新しく得た範囲攻撃魔法の併用だった。


「行くぜ嬢ちゃんっ。パワーアローッ」

 

 水岡が右手に束ねて持った矢を一気に射出する。

 通常ならあり得ないが、伊達のバフと本人の魔力によるブーストで可能している。

 そして彼のこれまで積み重ねた経験から、まるで針の穴を通す様なコントロールで矢は一点をめがけて飛翔し、着弾。

 魔力のブーストがあるとはいえ、質量武器とは思えない激突音がし、ガラスが割れたような音が響くと、ヒュドラの前の何もない空間が割れた。

 これはカメラを通して見ているリスナー達にも、視覚的に見えている。


 伊達はその隙を逃さない。

 ゲルリッヒ砲(改)とでも呼ぼうか。

 人が構える事を前提に作られていない物を無理やり改造した彼自慢の大砲が火を噴く。

 マズルブレーキが爆発した様に光と衝撃を逃がすと、超砲身化されたバレル内に無数に刻まれた加速術式を通って、タングステンカーバイド製の特別な徹甲弾が超加速し、音を置き去りにして飛び出していった。

 それは一直線に水岡が破った防壁を通過し、ヒュドラの首を数本巻き込んで吹き飛ばす。

 すると一際太い首の先にある凶悪すぎる顔の一つが淡く発光した。

 本体が現れたのだ。


 そこで満を持して伊達のはるか後方から全力疾走してきたレイナがピョンと飛び上がると、待ち構えていた伊達のゲルリッヒ砲の上に着地する。


「いけレイナ。…………吻ッ!!」

「あんがと伊達っ。行く」


 伊達はまるで大剣を上段から唐竹割りで振る様に、レイナが先端に乗っているゲルリッヒ砲をぶん回した。

 彼の膂力は前衛タイプのワーカーよりは劣るが、ゲルリッヒ砲内の加速術式を解放し、レイナを前方に放ったのだ。

 この男はとことんまで魔法をストレートに使わない。

 それが浪漫だと信仰している変人なのだ。


 レイナは一直線にヒュドラに向かって飛ぶ。

 だが既にランスの準備は終わっている。

 先ほどまで銀色の細身のランスでしかなかったソレは、今は青く輝いている。

 水属性を付与したのだ。

 それも大量に魔力を込めて。


「喰らいなさいっ。やああああああああああああああっ!!!」


 咆哮一閃。


 レイナの刺突はヒュドラの首の根元に突き刺さる。

 ヒュドラに表情は元々ないが、それでも効いたのか、今までの反応とは違い、本体を含めて残存している3本の首を激しく震わせる。

 しかしこれでは討伐に至らない。

 本体の頭を潰さなければ。


 だがこれが彼女の狙いだった。

 ランスが鍔まで突き刺さった瞬間、彼女は石突を思いっきり蹴ると後方に背面宙返りをし、着地と共に距離を取っている。

 

「毒々しい紫より水色の方が似合わうわね」


 言葉通り、ヒュドラの色が変わっていた。

 明るい水色。

 そう、レイナが狙っていたのは、大量の魔力を込めて水属性を付与したランスで、突き刺した周囲を強制的に水属性に上書きする事だった。


 さて元々彼女は伊達からヒュドラへは雷属性を使えと言われていた。

 その理由はヒュドラ自体に苦手な属性は持っていないが、雷属性魔法は有利不利が無いのなら、一番攻撃力が高いとされ、だからベターな選択として使わせようとしていたのだ。

 だが水属性の相手ならば? そう、有効な属性となる。

 

 これはレイナがエレメンタルナイトになり、そこから配信外での研鑽で体内に保有できる魔力の器を大きくしたことで可能となった選択だ。

 相手の属性を上書きする程の魔力消費。

 そして今、詠唱を行っている範囲魔法を使うに足る魔力。

 それを両立する所に彼女は至った。


 レイナは痛みに咆哮をあげ暴れているヒュドラを静かに見やりながら、天に右手を掲げ、トランス状態に精神を切り替える。


『ここに来たれデーヴァの王。聖獣アイラーヴァタに跨りここに。障碍ヴリトラを打ち砕く者よ。その偉大なる加護を我が右手に――――』


 まるで周囲の時間が止まった様だ。

 ただ静かにレイナの詠唱だけが支配しているかのよう。

 詠唱が進むほどに彼女の身体からは、のたくる毒蛇のように黄金色の稲光が乾いた木を裂く様な音を響かせ暴れ出す。

 そして彼女はスッと手を前に向けた。


『――――ヴァジュラ』


 最終的に彼女が結んだのは、雷神インドラがのシンボルである金剛杵の名。

 瞬間、彼女の身体が見えなくなるほどの眩い光が周囲を包んだ。

 同時に高層ビルの屋上から大型トラックでも地面に落ちた様な音がすると共に、ヒュドラに向かって直径5メートルはありそうな光の円柱が伸びていき、それはヒュドラの巨体を押し流す様に向こう側に突き抜けた。


 それを虚ろな目で見ていたレイナは、


「伊達ぇ、もう無理ぃ……失敗だったらごめん……えへへ」

 

 そのままクタリと崩れ落ちた。

 だが倒れる前に伊達に抱き留められる。


「余力を残せないところが減点だねぇ。ただし、ヒュドラを確殺できた。合格点だよレイナ」

「詐欺師、お前弟子の扱い厳しくねえか?」

「でも彼女は乗り越えただろう? 出来る事しかやらせないさ」

「やっぱアンタは詐欺師だよ」


 ヒュドラのいた場所には大きな魔石が転がっているだけ。

 そしてレイナのいた場所からそこまでの地面は、彼女の魔法の熱量のせいか、ガラス質化していた。

 なんにせよ、レイナはアタッカーの役割を果たしたという事だ。


 水岡は伊達に皮肉を飛ばすと本部に通信をしにその場を離れ、伊達は満足気な顔で気絶するレイナを一瞥すると、葉巻を咥えた。




 ◆




 オフの日の雑談配信ではお馴染みの、レイナの自宅マンションでは、先日のBランク昇格試験の感想戦や質問返しの生配信が行われている。

 濃い黒のデニム生地のホットパンツに金色のベルト

 真っ赤な見せブラに白いシースルーのチュニック姿という、いつもより2割増しでギャルギャルしいレイナが、完全なるドヤ顔で銀色のカードを誇らしげに掲げている。


:うぜえ・・・w

:確かに凄いけどもwwww

:こいつホンマすーぐ調子に乗る

:お前そう言うとこやぞ

:はいはいBランクBランク


「やっば……君らの嫉妬が気持ちいいわぁ~。いえーい見てるぅ? ニュービーのざこ達♡ 君らはレイナを目指して頑張るんだよ♡」


:このメスガキがよぉ・・・

:わからせなきゃ(使命感)

:どうせあの日のラストの事を知らないんだろうなぁ(愉悦)

:切り抜き動画が1日で100万再生ホンマ草

:wwwwwwwwww

:オチがあってこそのレイナはっきりわかんだね


「は? なんの話してるわけー? 伊達、なんか知ってる?」

『知りませんねェ。僕ァあなたがBランクになった事がなにより喜ばしいですからねえ。やりましたねレイナさん。僕ァ絶対にやってくれると思ってましたよぉ』

「でしょでしょ! ふふーん、伊達も珍しく褒めてくれるのよ? へへんだ」


:(バ)かわいい

:ほっこり

:そういうレイナだから好き

:いつまでもそのままでいてくれ(すっとぼけ)

:この男よくもヌケヌケと言うwwww

:ドSやなあw

:さぞ嬉しいでしょうねえ!


 リスナー達がほくそ笑んでいるのは、ヒュドラを見事討伐し、精魂尽き果てたレイナが意識を飛ばした後の事に関係する。

 どうも伊達は本来は見せたくないワーカーとしての自分を晒した事が気に入らなかったらしく、無理やり方向修整を試みたのだ。


 カメラをいつものハンディに切り替えると、気絶したレイナを地面に仰向けに寝かせると、その顔をアップで映し始めた。

 さらにサインペンを取り出すと、鼻の下に数本線を書いたり、眉毛を太くしたりと加工を開始。

 その上で「ヒュドラを討伐した女の姿か? これが……」と、名作漫画アーカイブ100選にラインナップされた人気伝奇バトル漫画のセリフを引用する。

 

 そのあまりの鬼畜っぷりに大概伊達に毒されているリスナー達は大歓喜。

 当然それは切り抜かれ拡散された。

 レイナはエゴサをしないし自分の動画を見ないので気が付いていないらしい。


「伊達もさ、あの後めっちゃ説教されてたもんねっ。プフーッ、ダンジョン省のお偉いさんにね!」


 カメラの後方を指さしてニヒヒと笑うレイナ。

 

:なんで説教されたんや?

:むしろ無双してたと思うが

:せやな掲示板のサクトリ専スレでも考察勢がイキイキしてた

:地味なボルトアクションライフルで吹っ飛んでた奴は大騒ぎだったぜ

:まあワーカーだのジョブだのとか言ってる連中に物理法則ガーとかツッコム時点でイミフだけどな!

:それなww


 レイナもそこは不思議なようで伊達に水を向ける。


「別室に連れてかれたしアタシも説教現場見てないんだけどさー結局アンタ、何で怒られたの?」

『はぁ……まあゲルリッヒ砲ですね。あれ大砲としての機能が無い展示用のハリボテだったんですよ。それを欧州遠征の時に向こうのマーケットで古い武器を買いあさりまして。それを最近、使える様に仕上げた訳ですが……あれですね、許可取るの忘れてたんで危うく逮捕されるところでしたよ。あはは』

「あははじゃないからっ! 呑気か! ええ……相方が銃刀法違反で逮捕とかマジで

やめよう?」

『まあそこは蛇の道は蛇とか言うじゃないですか。研究用に提出したらニッコニコで手続きしてくれましたよぉ。まあ素材はまだあるんで。どうですレイナさん。パンジャンドラムに乗って突撃とかカッコいいと思うんです』

「パンジャンドラムぅ? なに? リズムでも刻むの?」

『レイナさんはそのままでいてくださいねぇ』


 レイナにパンジャンドラムは通じなかったのか、首を傾げている。

 パンジャンドラムはWWⅡ当時、連合国側はドイツが防衛する本土へ乗り込むために、フランスのノルマンディー上陸作戦を計画した。

 しかしドイツ軍が構築したコンクリートによる防護陣地が嫌らしく、これが障害になると懸念された。

 

 そこで計画されたのがパンジャンドラムで、海岸に突入した揚陸艇から射出し、防護陣地で爆発するという目的になる。

 形状はミシンの部品であるボビンの様で、直径は3メートルあったとされる。

 これに1.8トンの炸薬を詰め、固形燃料のロケットモーターに点火。

 凄まじい勢いでドラムは転がっていき大爆発! の筈が、車輪は空転してまともに進まないなどと、構造的欠陥が山ほど存在し、結局は実戦投入などされなかった。

 ブリカス、あるいは英国面の極みと言えるだろう。


:きょとん顔かわよ

:パンジャンドラムwwwww

:ロマンを突き詰めると英国面に堕ちるんか・・・

:銃刀法違反で逮捕は草なんよ

:ゲルリッヒ砲没収wwww

:伊達Dってマッドの気質だよなあ・・・

:天才を野放しにするとロクな事にならないという良い例

:この人ミリオタってよりキワモノ好きな気が・・・w


 怒涛の様な展開だったが、ワーカーとしてのレイナの経験値も随分と増しただろう。

 そしてレイナは1週間程の休みを宣言し、配信は和やかに終わった。

 二人は慣れた様子で機材を片付けると、伊達がキッチンで湯を沸かし、二人分の豆を挽いてコーヒーを淹れる。


「玲奈、一服しようか」

「うんっ。コーヒーありがとっ」

「いいさ。砂糖は二つ入ってる」

「んっ」


 伊達からカップを受け取ると静かに傾ける。

 配信が終わると定番のコーヒーブレイク。

 電子タバコをぷかりとやる伊達を横目に、レイナは改めて銀色のカードを眺めた。

 Bランクの証。全国で登録しているワーカーの数は総勢5万人と言われているが、Bランクの人数はおおよそ2000人とされている。

 Cランクの上澄み層でも充分人外っぷりを発揮している訳で、Bランクは既に上位層と言っても差し支えないだろう。

 これがレイナの努力の証だ。


「嬉しそうだなねえ」

「そりゃそうでしょ。アタシもう一人前じゃない?」

「そうだな。じゃ独り立ちするか?」

「それは無理ー。アンタは一生コキ使ってやるんだから」

「無茶をおっしゃる」


 くすりと笑う伊達にレイナは肩をすくめた。

 家庭に恵まれず、10代の多くの時間を楽しいとは思えない暗鬱とした気分で過ごした彼女は、今や多くの人に尊敬されたり褒められたりする。

 その象徴がこのカードだ。

 最初は流されただけでも、途中からは自分が選んだ道だ。


 その自負に、レイナは少しばかり得意気に思えた。

 割とアタシって頑張ったよね。

 そう自信を持って言い切れる程度には。

 

 休みが明けたらどんな配信をしてみんなを楽しませようかな? そう自然に考える自分を、レイナは好きだと思える事に嬉しくなった。

 目の前で眠たそうにあくびを漏らす男に目を向けながら。


「あ、そうだっ伊達っ!」

「んー?」

「ご褒美くれるんだよね?」


 少し面倒臭そうな表情浮かべながらも頷く伊達。


「久しぶりに日の出食堂に連れてってよ!」


 伊達は心底おかしそうに肩を揺らすと立ち上がった。


「ホント安い女だなあ玲奈は。いいよ。俺も久しぶりに行きたかったし今から行こうか」

「うんっ! 先に下行っててっ!」

「あいよ」


 日の出食堂はアメ横の傍にある定食屋。

 安くてメニューの種類が多くてボリューム満点。

 中でもミックスフライ定食が一番人気。

 伊達とリョーコが東大時代にランチと言えばここというくらいに足繁く通った場所だ。

 まだレイナが駆け出しの頃、慣れない東京に不安だらけだった彼女が、いつも伊達の後をついて歩いてこの店を知った。

 売れてからは随分と足が遠のいたが、また行きたくなったらしい。


「お待たせっ。着替えたから少し待たせちゃった」

「揚げ物だらけの店にお洒落してどうする」

「デートだもん気合入れるにきまってんじゃん」

「デートねえ……お前もホント物好きだね」

「いーのっ! 早く車出す!」

「はいはいお嬢様ってか」


 マンションの地下駐車場、既に車庫から車を出した伊達が待っていると、かなり気合の入った服装のレイナが助手席に乗り込んできた。

 それに苦笑いしつつ、伊達は車を走らせる。


 ダンジョンでは大騒ぎしようと、彼らの日常は大概こんなものなのだ。


「あーお腹空いた~。ご飯大盛にしちゃおっ」

「なんかカレーも食いたくなってきた。ボンディにしないか?」

「むーりー。ミックスフライの気分なんでーす」

「分かったよ……んじゃ日の出入った後カレーも食うわ」

「アンタの胃どうなってんのさ!」

「労働の後は腹が減るんだよ」

「じゃアタシも食べるモン」

「太るぞ」

「太りませーん」


 そして伊達の運転するZ20ソアラは、上野方面に向かって走り去ったのである。





 ――――――――――――

 ※あとがき


 PV1万越えてました! ここでお礼を申し上げます。

 ありがとうございます。

 紹介つきレビューも感謝します! 


 なんか終わったみたいな引きですが終わんないですよ。

 なんかフワっと始めたので、どっかで世界観を説明しないとだなあと思っていましたので、レイナの戦闘描写を多く書くついでに説明回的な感じで書きました。

 なので次回以降は本来書きたかったコメディ路線でダラダラ更新するつもりです。

 

 更新ペースは2日に1話の予定。

 特に終わりのない話なので、アイデアがあれば書けるという、作者的にもスナック感覚な小説なので割と筆が乗ってます。


 後は伊達がやたらと旧式の武器を使いたがるのは、言うても彼、オタク気質な陰キャなので、自分の趣味からのインスピレーションで色々やってます。

 ちなみに彼はミリオタではなく、アニメと映画のオタクです。

 なのでウィンチェスターM1887は映画ターミ〇ーター2から、ウィンチェスターM70はダー〇ィーハリーから触発されています。

 ゲルリッヒ砲は彼が以前やっていた戦争をモチーフにしたオンラインゲームで知り、海外のマーケットで見つけてテンションが上がり衝動買いしました。


 今後も更新を続けますので、良かったらよろしくお引き立てのほどを。

 あと、気軽にコメントくれたら嬉しいです。

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