第12話【朗報】レイナさん、うっかり活躍してしまう④【困惑】

 ダンジョンとは神が戯れに作ったモノではないか?

 これはある種の陰謀論めいた話で、ダンジョン系の学会では決してメインストリートの話題ではない。

 ただ全てが解明された訳じゃないダンジョンにおいて、そうでも言わないと納得が出来ない事柄が多すぎるのも事実だ。


 西暦がはじまり、2000年という大いなるミレニアムを越えて半世紀近くになる。

 それはダンジョンがこの世に出現してからと同じでもある。


 確かにダンジョンが発生する際に、周囲に人が多ければ、当然それは災害と化す。

 何もなかった場所に、何の脈絡もなく、唐突に生えてくるのだ。

 人々は逃げる余裕はなく、地面の崩落と、地下遥か深くから押し上げられる謎の建造物で、巻き込まれた物は死亡する者も珍しくない。


 なのにだ、一度ダンジョンが定着するとそこまで危険ではない。

 勿論黎明期はダンジョンからモンスターの氾濫は度々起こったが、始祖のワーカーたちが試行錯誤をし、時には仲間の屍を越えて研鑽をした結果、不思議な魔石からジョブを得られる事を見つけ、その結果得られたスキルなどで、ダンジョンに蓋をする手管を確立させた。


 後は知識と経験を重ねたワーカーたちが、魔石を拾いに潜るのが日常。

 これが旧時代のエネルギー問題と環境問題は一気に解決してしまった。

 それも今は完全に定着し、中にはダイエットツアーが組まれる程。

 何よりレイナの様なダンジョン配信が娯楽にもなった。


 紙一重で災厄にもなりえるダンジョンが、今は日常の一部に埋没している。

 ここに作為的な物を感じた者たちが陰謀論に走るのも無理は無いのかもしれない。

 ガンジス川もブリガンガ川もチタルム川も、ヤバいと言われていた汚染地帯も今ではすっかり清流と化した。

 こんな例は世界中で起きている。


 魔石でクリーンに発電できるし、エンジンも魔石テクノロジーに置き換えられた。

 だから原子力を持つこと自体に説得力が無くなり、保有自体がアウトになった。

 放射能汚染も、魔石技術が完全なる除染を可能としたのが大きい。

 なんにせよ、人類や地球にとって、都合がよすぎる結果をダンジョンは齎した。


 それに現在レイナ達が対峙するヒュドラを筆頭としたダンジョンモンスターを見るがいい。

 ヒュドラはギリシア神話に出てくるヘラに与えられた12の試練を越えたヘラクレスに退治された怪物の名だ。

 他にも何かしらに伝承のある化物がダンジョンモンスターとして出現している。

 陰謀論者はこういう神話由来のモンスターがいるからこそ、ダンジョンが神々の遊びであると論じる。

 

 超越者による戯れか、或いはその神話がフィクションではないのか。

 いずれにしても眉唾物の話だが、現実としてレイナは、その化物と対峙している。


 


 ◆



「レイナ、もっと魔力を回せ。ダガーが指の先だと意識しろ」

「うんっ、エンチャントサンダーっと……水岡さん、突っ込むよっ」

「いけ嬢ちゃん。おら、防壁割るぜ」


 凄まじい速度で常にポジションを変え続ける3人のコンビネーションは、急造のパーティーの割に連携は高い。

 コメント欄は濁流の様に流れていく。

 それは伊達と水岡という熟練者の圧倒的な立ち回りもさることながら、二人にフォローされ、本来の実力以上に研ぎ澄まされて行くレイナの姿が圧倒的に見えるからだ。


 水岡はヒュドラが張る不可視の防壁を魔力の帯びた矢を射かけて楔をうち、そこに伊達が特別にあつらえたウィンチェスターM1887用の徹甲弾をレールガンの様に撃ちだし、完全に防壁を破る。


 そこにヒュドラに効果的な雷属性を付与した二本のダガーを駆使し、少しずつダメージを与えていくレイナ。 

 最初こそ、離脱のタイミングを伊達に指示されていたが、今では自分で判断してヒットアンドウェイを続けている。

 

 彼女はその美しい顔に笑みを浮かべているが、これは笑っているのではなく、極度の緊張状態の中、それでも自分を鼓舞し、攻撃的な意識に切り替えた結果のこと。

 脳内麻薬がドバドバと分泌され、彼女はハイになっているのだ。


 とは言えヒュドラ、それもイレギュラー個体となれば耐久度は高く、戦闘が開始されてから既に30分は経過しているが、もしヒュドラにゲームの様なHPゲージがあるとしたら、おそらく10%も削ったかどうか怪しい物だ。


:やっば・・・レイナどんどん速くなってね?

:ビルの二階くらいありそうなヒュドラを駆け上ってるぞ

:よく見ろレイナの触れたとこエグい色なってる・・・

:毒くらってんのか!?

:伊達Dの解毒がポンポン飛んでる

:たまにポーション齧ってるから毒喰らう→解毒される→ポーションで回復→以下エンドレス

:レイナ頑張れっ!

:マジでかっこよ


 その声援は聞こえていないはずだが、レイナの突撃は鋭さと激しさを増していく。

 本来は耐え切れない筈の強いバフも今の彼女は耐えている。

 それにより、実力以上に底上げされた動きを可能にした。


 しかしよく見れば微笑みの様に見える横顔に苦悶が混じっている。

 肉を溶かす様な激痛が定期的に襲ってくるのだ。

 ヒュドラは四つ足に長い尾をもつ大型モンスターだが、手足は短く動きは鈍重だ。

 だが無数にある頭と長い首が厄介で、倒すのなら首を数本仕留めると現れる本体の首を潰すしかない。

 だが敵対者が近寄ると猛毒の霧を皮膚から噴き出す。

 これは麻痺や混乱と激痛を伴うスリップダメージを齎す。

 対処しなければやがて死に至るだろう。

 加えて不可視の防壁が、大概の魔法攻撃をレジストし、直接攻撃を軽減してしまう。


 だからこそ伊達と水岡は防壁を剥がす事に専念し、アタッカーをレイナに任せているのだ。

 とは言え伊達と水岡ならば、ヒュドラを討伐するのは可能だ。

 だが敢えてレイナに任せている。

 それは万が一が無いという自信の裏うちに他ならないのだが、二人がそれを見せはしない。


 熟練のワーカーに共通するのは、自分達と同じようなレベルに来る人間を増やしたいという思いだ。

 これもし対人要素のあるゲームならば他人の足を引っ張るのも戦略だろう。

 だがここは現実で、モンスターは油断すれば簡単に命を落とす。 

 そうなった時の一番の戦術は、結局のところ数の暴力なのだ。

 なので水岡にしても、伊達という本部付けAランクの要請ではあっても、やる気のある若者の後押しをしたいと考えている。

 ちなみに水岡の年齢は36歳である。


「レイナ、こっちの出力を上げるぞ。一度離脱しろ。恐らく奴さんは怯むだろうから、そこに例の連携技を試してみろ。トチったら俺たちがカバーする、できるか?」


 数度斬りつけ、首を一本怯ませたレイナが防壁の復活と共に素早いバックステップを繰り返して離脱した。

 そんな彼女に伊達は解毒魔法をかけると、今までで一際強いバフを重ねがけする。

 すると先ほどの水岡の様に、濃い紫色のモヤに包まれた。

 レイナは伊達をちらりと見ると、何度か覚悟を決めた様に頷いて見せる。


「やるよ。武器は……ランスでいいかな?」

「いいチョイスだと思う。バフは残り3分だ。一気に決めるよ」

「うんっ。アタシは出来る。絶対」

「詐欺師、頼もしい弟子だな。うちのパーティーならいつでも歓迎するぜ?」

「あげないよ。こんな面白い娘、手放すかよ」

「愛されてるねえ嬢ちゃん」


 フンっと鼻を鳴らしたレイナは、ダガーを仕舞うと1.5メートルほどの銀色の細身の槍を取り出した。

 形状は馬上槍に似ているが、細いからか、そこまでの威圧感は無い。

 とは言えヴァンプレイトという円形の鍔がある事から、間違いなくランスだ。

 そしてレイナはドローンカメラに不敵な笑みを浮かべる。


「みんなー今からすっごい技を見せるよっ。エレメンタルナイトになって思いついたコンビネーションスキルってとこかな? 派手だから見逃したら駄目だからねっ!」


 ウインクしたレイナはランスをくるくると曲芸の様に回してポーズを決める。

 それに呼応するかのように、水岡が今まで使っていた赤い大型弓から武骨な複合弓に切り替える。ただし和弓の様に長い。そして右手には10本ほどの弓をいっぺんに持った。

 伊達と言えばライフルを仕舞うと、インベントリから取り出したのは、おおよそ人間が扱うサイズではない巨大なバレルを持つ異形の装備を取り出す。

 

 これは対戦車砲という物で、かつてWWⅡ当時に東部戦線などに実戦投入されたものだ。

 砲口のマズルブレーキが目立ち、酷い存在感を醸す。

 伊達はこれを軽量化の魔法陣を刻んで体感重量を下げ、その上で右肩に引っ掛ける様な特殊なマウントをワンオフで製作した事で、個人が扱える武器に改造している。

 どうやら決着の時が近い様だ。


:なんかエグい銃でてきた

:銃・・・・銃?

:いやいやいや嘘だろ・・・

:↑知ってるのか?

:俺ミリオタだから多分間違いないと思うけど・・・・ゲルリッヒ砲じゃん! それ普通は架車とかで使用されたんじゃが・・・

:ファッ!?


「伊達ぇ、また変態武器出すし」

「ふふふ、レイナさん、戦闘はね、浪漫なんですよぉ。コメント欄に正解者がいますねぇ。ええ、ええ、これゲルリッヒ砲です。ただし僕のショットガンと同様に、超加速する機構を魔法的に刻んでいます。ちなみにこれ、今使いますが、後でダンジョン省に使った時のレポート提出しないと銃刀法違反で捕まります。距離減衰が無く、お好きな場所に徹甲弾をお届けしますよぉ。ちなみに史実のゲルリッヒ砲の様な脆弱性は解決してますので、手入れさえ怠らなければ基本壊れません。いやぁ最高ですねぇ」

「伊達ぇ! 早口のオタクみたいになってるからっ」

「これは失礼。じゃあレイナ、準備はいいか?」

「今更かっこつけんなし! いい、伊達。一発で成功したら何かご褒美をちょうだい。いいわよね?」

「……仕方ないですねぇ。北極10倍を奢りますよぉ」

「殺す気か! アンタ前に騙して2倍食べさせた恨み忘れてないから……」

「僕ぁ良かれと思ってですねぇ」

「嘘つけ!」


:いつもの二人が戻って来たwwww

:北極10倍は致死量越えてますやん・・・・

:ほんまドSやでこの人・・・・

:2倍でも普通は死ぬんだよなあ・・・


「んじゃお二方はポジションへ。さあ始めましょうか。レイナさん」

「素かクソ外道Dかどっちかに統一してくんない? まあいいわ。行くわよ」

「詐欺師、そのやべーの俺にあてんなよな」


 そうして3人の最後の攻撃が始まったのである。




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