第11話【朗報】レイナさん、うっかり活躍してしまう③【困惑】
『レイナ止まって。さてどうしたものか』
レイクウルフの群れはレイナにより華麗に倒された。
新たなるクラスであるエレメンタルナイトの強さの片鱗を、多少なりともリスナー達へ見せられたと言える。
そして一行はレイナを先頭に移動した訳だが、レイクウルフが出現した時点で予想はできたが、大きな湖にぶち当たった。
広さはぱっと見では計れない程度に広い。
概念フロア、それも5層でお目にかかるには規模が派手すぎる。
それでも勇ましく進んでいくレイナに、普段の口調とは違う、少し低いトーンで伊達が声をかけた。
「……何か感じたの?」
『うーん恐らく何かいるかな。魔力の圧を感じる。視認範囲の外からだから、多分ちょっと玲奈の手に余るかもしれないな』
「思いっきり配信に乗ってるけど」
『そう言う演出って事で見て見ぬフリをしてほしいな。水岡さん、ちょっとこちらへ』
『ええ、一応本部にも連絡入れますね』
伊達はカメラを浮かせると、レイナに待機を伝え、同行していたダンジョン協会の監視官、水岡薫を手招きした。
伊達程ではないが、かなり身長が高く、分かりやすく筋肉質な中年男性だが、ダンジョン協会の戦闘員の正式ユニフォームでもある黒いボディースーツ型の前衛装備を纏っているため、威圧感が凄い。
「ごめんねみんな。レイド級のモンスターがいるかも。ちょっと伊達が伊達(迫真)になってるけどスルーしてあげてねっ」
:前に一回だけ正体現したの懐かしいwww
:ポータル設置のロケハン動画なwwww
:イレギュラー出て本気の範囲魔法使った回が削除されてて笑った
:つか水岡さんってBランクの上位ワーカーだよな
:東京TDが主戦場だったはず
:彼も召集されてるって結構ガチで危険度高いんじゃ?
:撤退の相談してるんかな?
:そらそうよ 無理する意味ないし
:レイド級って事は最低30人はいなきゃダメって事だからな
:問題はそれがイレギュラーかレギュラーかで話が変わる
:これレギュラーだったら中野Dを抜くぞ・・・
:え、マジでやばいじゃん僻地だとしても
話し合いが済んだのか、水岡がインベントリからメインウエポンである弓を取り出す。
彼はかなりマッチョな体型だが、ジョブはスナイパーの上位職、レンジャーだ。
ゆえに弓とナイフ、その他罠を使った遠距離攻撃と敵の邪魔に特化している。
彼はすぐに矢を番えると、凄まじい魔力を込めた。
バシンバシンと目に見えて飽和した魔力がスパークする。
そこに伊達が両手を使って複雑な印を切ると、水岡が複雑な色のモヤに包まれた。
伊達が使用できるバフ系の魔法を全て重ねがけしたのである。
これはレイナには使えない。
と言うのもバフと言うのは良い面だけじゃなく、身体に強烈な負荷をかけてしまうため、受け手側もそれなりに熟練していないと駄目なのだ。
つまり水岡はその資質があるという事。
じっと固唾をのんで様子を見守るレイナの肩越しに水岡が見えている。
伊達は様は済んだとばかりに距離を取ると、自分のインベントリから銃を取り出した。
ウィンチェスターM70という古いライフルだ。
ボルトアクションで、彼は3発装填の弾倉を採用している。
ただしバレルの長さが異常だ。
恐らく1メートル以上あるだろう。
それを立ったまま静かに構えると、水岡はそれを合図に矢を放った。
魔法と違い特に何かを詠唱する必要はない。
単純に魔力でブーストした事で、飛距離と貫通力を大幅に上げただけだ。
ただし飛距離は2kmを優に超え、距離減衰もほぼ無いままに狙った場所に着弾する。
強いて名付けるなら、ピアーシングショットと言うところか。
水岡が狙ったのはかなり先の湖にせり出した岬の様な場所だ。
そこには木が数本生えているだけで、特に何かあるようには見えない。
だが放たれた矢は何もない空中で不自然に止まった。
それを確認した伊達がライフルの引鉄を絞る。
凄まじい轟音と共に、伊達が後方に吹っ飛んだ。
おおよそ5メートルほど後ろに。
すると水岡の矢が止まっている場所から緑色の液体が噴き出したのだ。
そして何もないと思われた場所に濃い紫色をした大型のモンスターが出現。
どうやら周囲の景色に溶け込むスキルを保有していたらしい。
伊達と水岡の攻撃はそこまでダメージを与えていないが、緑色とは言え血液が噴出している事で、どうやらこっちを攻撃対象とみなしたようだ。
咆哮が響いてくる。
しかし伊達と水岡は落ち着いた物で、レイナのいる所に歩いて来ながら会話を始めた。
「ヒュドラですね。困りました」
「ですねえ。とは言え処理しない訳にいかんでしょ」
「ええ。本部に連絡を入れてきますね」
「お願いします。とりあえず指示を待ちます」
「よろしく伊達さん」
「よろしくの意味が何かによるけど」
「ははっ、色んな意味ですよ」
そう言って不敵に笑った水岡は、少し離れた場所に移動し、本部へ通信をする。
それを待つ間、伊達はインベントリから取り出した葉巻を咥えて火をつけた。
珍しく思考に引っ張られているのか、配信を気にするのを忘れている。
「伊達。状況不味いの?」
「うーん、今ヤッコさん、ブチ切れてこっちに向かってるけど、足は遅いからあと10分ってとこか。ヒュドラって言ってさ、中野だと100層以降に出る奴。でもあれ、紫色だから、多分イレギュラーだね。処理しないと結構不味い」
「あんたが出なきゃって事?」
「アタッカーは水岡さんでいいだろうけれど、フォローは割と本気でやらないとだねえ。アレ、近寄ると猛毒まき散らすから、遠距離から攻撃しないとだけど、魔法は大概レジストしちゃうから、物理攻撃必須。面倒臭いんだよアレ……」
「ふーん……ピンチじゃん?」
「大丈夫大丈夫。応援待ってる暇はないから俺も出るけど、どうしよう玲奈、ショッカーの戦闘服と目出し帽被れば誤魔化せるかな?」
「いやもう今更じゃね?」
:いや伊達Dの本気見たいんだが
:そうそう見たい!
:旧式ライフルかっこよ・・・
:レイナの配信で自分が前に出るのを気にしてるのほんとすこ
:配信はとめたくないのも頑固で好き
:なんだかんだこの人レイナ全一だもんな
:ただ水岡さんと伊達Dの本気は見たいぜ
:つか伊達Dの素ってかなりクールな感じなんだな
:シガー咥えてニヤついてんのエロすぎだろ
:電子タバコ吸ってるのは見た事あるけどシガーは初めてだから新鮮だ
「そう誰か良い事言いましたねえ。レイナさんの配信ですからね。そら雰囲気で僕がどんな立場か薄々バレてるんでしょうけれど、強いだけなら探せばいくらでもいるんですよ。でもねぇ、上澄みになるほど強さって合理的になるんです。効率よく倒す。魔力のリソースのコスパをまず考えますから。作業です作業。だからね、レイナさんみたいな華のある人が育っていく過程を見る事が出来るのが楽しいんです。皆さんもそうでしょう? この子がやがて誰もが認める強者になるまで、足掻く姿が美しいから見に来るんでしょ? 僕もそうですよ」
「伊達……」
:ほんとそれ
:結局それなんだよなあ
:レイナいつも頑張ってるからなあ
:ソロ縛りも応援したくなる
:こいつ甘えるの嫌だって言って極力コラボもしないしな
:伊達Dは最初の配信で僕が彼女の最初のファンだって言ってたもんな
コメントを眺めていたレイナがバツが悪そうに顔を逸らした。
頑張るのは個人的な事で、それは彼女にとって当たり前だ。
その当たり前を褒められても、面映ゆいのだ。
そんなレイナの頭をくしゃりと撫でると、伊達は湖の方に歩いていく。
そこに水岡も合流した。連絡が終わったらしい。
「拠点から後づめが3人来ますが、恐らく間に合いませんね」
「ま、水岡さんと俺ならどうにかなるでしょ」
「……アンタ一人でも充分だろ?」
「最近現場から離れてるからね。ブランクは怖いよぉ?」
「
バツが悪そうに頭を掻いた伊達が右手を振ると、スーツ姿から水岡と同じボディースーツに変わる。
ただし色が黒ではなく、紫との中間色で、あちこちに赤いノイズの様な光沢が奔っている。
これは伊達用にカスタマイズされた、魔力型前衛戦闘服と呼ばれるタイプで、通常の前衛用戦闘服に、魔力を循環しやすい機能を加えた物だ。
ただし水岡と一点違う部分がある。
それが襟の部分に菊の紋がある事だ。
伊達はそれを隠すように、ロングコートに似た白いフード付きのローブをすぐに纏う。
:やべ・・・くっそカッコいいんだが
:流れる様な変身やべえ
:あんなの出来るの?
:分割思考の応用だな。いくつかの装備を纏った状態を魔力で紐づけして記憶する。それであんな芸当が出来る。無駄なリソースだから普通はやらない。Aランクのやべー連中のお遊びだよ。
:そらレイナもエグい伸び方するわな・・・
:それが嬉々としてレイ虐してキャッキャしてるんだが・・・・
:れ、レイナは可愛いから(震え声)
「んじゃやりますか。とりあえず毒をレジストするからアンタは防壁を剥ぐ事に専念してよ」
「無茶いいやがる。後で奢ってくれよな、
「その二つ名やめようよ。顔あっつくなるわ」
日本国内だけじゃなく、海外でもこの名で呼ばれる事が多い。
詐欺師と言えば聞こえが悪いが、これは彼の戦闘スタイルが関係している。
まずマスターソーサリーとは魔法職の最上位。
つまりは前衛を置いた上で戦線を構築し、パーティーのアタッカーとして固定砲台になるのが基本的な立ち回り方になる。
これはパーティーを組む上では基本中の基本だろう。
しかし伊達は言ってしまえばレイナの上位互換なのだ。
あくまでも魔法は道具であると割り切り、攻撃をブーストする事に使っている。
彼の採用しているウエポンが旧式の銃火器に偏っているのはそう言う事だ。
これはのちに語られるかもしれないのでざっくりと言うが、かつて伊達はリョーコと一緒に、海外のダンジョンに何度も派遣されている。
本部付けのAランクになると発生する、指名クエストの義務のせいだ。
その際にほぼ肉弾戦で立ち回り、凄まじい体術で敵の攻撃を躱しながら、至近距離で急所にショットガンをぶっ放し、ある時は二丁拳銃に銃剣を仕込んだカスタムハンドガンで、まるでダンスを踊りながら、クルクルと銃を回転させて銃剣で傷を与え、そこにエグい魔法を接射して黒焦げにしたりと、普通に遠距離から魔法を打てばいいのに、まるで前衛の様に立ち回りながら、要所要所で魔法を駆使する彼を見て、海外のトップワーカー達が畏怖をこめて「
見た目から想像できないトリッキーな戦術は、外国人たちを随分と驚かせていた。
「とは言えこのまま倒してしまうのは少し勿体ないね。水岡さん、責任は俺が取るからさ、少しフォローしてよ」
「ふーん……随分入れ込んでるね」
「そらそうでしょ。むさ苦しいオッサンよりも綺麗どころの方が華がある。コレ、女性蔑視とか言って叩かれるかな?」
「ま、いいだろ。うちの連中は可愛げもないからな。たまには若い子と絡むのも悪かない」
「あーあ、これ配信されてるんだよぉ? ミユキさーん、旦那さんこんな事を言ってますよぉ」
「やめろ……やめろっ!!」
:恐妻家水岡氏
:wwww
:あっ(察し)
:暁の進軍のリーダー(メスゴリラ)
:やめたれw
水岡が所属している固定パーティーは、「暁の進軍」と言い、ダンジョン協会本部付けで、構成員は10人の大所帯だ。
派手さは無いが、質実剛健というか、リーダーでAランクの塩見ミユキを筆頭に、サブリーダーの水岡慎吾を据え、他のメンバーもBランクが揃った安定感のあるパーティーである。
本部に所属している上位ワーカーは、軒並み指名クエストを日常的にこなしており、それだけにパーティー全体の実力の平均値が高い。
とは言え妻であるミユキは女傑という二つ名で呼ばれており、
余談ではあるが、水岡はワーカーたちからの尊敬は集めているが、裏では恐妻家と呼ばれている。
「という訳でレイナさん」
「なあに伊達」
「黙って指を咥えて見てるつもりはないですよねえ?」
「あったりまえじゃない。でもどう立ち回ればいい?」
不敵な笑みを返すレイナに満足気に頷く伊達。
レイナには配信では決して見せない苦行にも似た下積みがある。
言わば二人はある種の師弟関係なのだ。
なのでレイナの返しは彼を満足させた。
ワーカーは経験を積めばジョブの熟練度が増し、どんどん人外めいた肉体にも再構成されていく。
そうなれば男女の性差は曖昧になっていく。
事実ミユキの様な、男を凌駕する女性ワーカーも多くはないが存在するのだ。
しかし最初はそうじゃない。
モロに男女の身体能力の差が出る。
ダンジョンでモンスターを倒すには、魔力の通りの良い装備を使う事が前提になる。
それはそうだ。
例えば野生のヒグマに素人が日本刀で斬りかかっても、恐らく傷一つ付けられないだろう。
それだけ野生動物の表皮は硬いし厚い。
これがダンジョンモンスターならばさらに顕著で、ゆえに自身の魔力を通して切味を増すことで初めて戦えるのだ。
その為に協会はニュービーの講習で実践を経験させ、肉体に魔力を通す為の準備をするのだ。
ダンジョンで敵を倒す事で相手の帯びているマナを吸収する。
それで肉体が作り変えられるのだから。
だがその手の装備は軒並み重い。
それこそ日本刀よりもずっと。
これをまともに振り回すにはそれなり以上の膂力がいる。
これが女性ワーカーが中々上に行けない理由になる。
しかしレイナはどうか。
幅広で両刃の両手剣を愛用しているだろう。
つまりはそれを満足に振れる力があるという事。
伊達は彼女とバディを組む事になった時、或いはレイナが自分を変える為にダンジョンワーカーになると覚悟を決めた時から、彼女を鍛えている。
自身のAランクの身分を使い、普通ではいけないエリアに連れて行き、彼女の心が折れる寸前を見切りながら鍛えた。
かと言ってゲームで言うパワーレベリングを行った訳じゃなく、あくまでも下地を作っただけ。
後は本人が考えて、ワーカーとしてどうなりたいかを決めさせ、以降は配信の中で育てていった。
だからこそ伊達が素を見せたなら彼女もまた、彼に師事している弟子に戻る。
ゆえに今の自分には強敵であろうとも、彼がフォローしてくれることを信じ、その上で自分の役割が何かを把握しようとした。
その成長が伊達には嬉しいのだ。
「それではリスナーの皆さん。これから少々刺激的なシーンが続くと思われます。いわゆるグロ画像に近い事が起こるかもしれません。耐性の無い方は今のうちにブラウザバックをオススメしますよぉ。ではレイナさん。装備を俊敏型前衛戦闘服に着替えてください。武器はダガーの二本持ちに変更。サイドバックにはすべて回復ポーションを詰めてください。俺の回復には期待しないように。デバフと毒は管理する。貴女は水岡の攻撃で穴が開いた部分に雷属性を付与した刺突をする事に専念。出来ますか?」
「誰に言ってんのよ。アンタの無茶にどれだけついてきたと思ってるのさ」
「言うじゃない。いいだろう。水岡、行こうか」
「おうよ。嬢ちゃん、楽しもうぜ」
「うんっ! 水岡さん、迷惑かけるかもだけどよろしくねっ」
「ミユキさーん、水岡が鼻の下伸ばしてるよぉ~」
「ガチでやめろっ!」
コメント欄に笑いがあふれる中、伊達が水岡とレイナにバフをかけなおす。
まるで舞の様な所作にこれから強敵に挑む緊張感は感じられない。
そしてレイナは駆け出し、その背を伊達が油断なく追尾し、水岡が少し距離を保ちながら、先ほどよりも大型の弓を構えた。
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※作者注 後2話くらいコメディ少な目ですごめんなさい
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