第10話【朗報】レイナさん、うっかり活躍してしまう②【困惑】

「エンチャントウインドッ! 脇がガラ空きよッ!!」


 ヒョウに似た大型のモンスターの突進をマタドールの様に躱したレイナが風を纏った剣で切り裂いた。

 モンスターは一瞬で絶命し、中型の魔石を残して泡の様に消えた。

 まばらに木々が点在する森林エリアは、ソロであるレイナにとって有利に働いていた。木々を足場に高速で三次元移動を繰り返す事が出来るからだ。


 御釜ダンジョン(仮)はそれまでの緩いレイナ達の空気を一気に締め付けた。

 と言うのもティアー5相当と観測された難易度だが、蓋を開けてみればティアー3に匹敵するのでは? という程に、出現モンスターが強いのだ。


 現在レイナがいるのは、地下に5層ほど進んだフロアだ。

 本来は地下三層までチェックしたなら斥候ミッションとしては成功という判定になる。

 シンプルな岩肌の迷路めいた一層はそこまで広くなく、ゴブリンとアーチャーゴブリンが5匹ほどの徒党を組んで襲ってくるくらいで、レイナは歯牙にもかけないレベルでしかなかった。

 

 だが二層から一気に様子が変わる。

 まず視認した時点で広さが推測できなくなった。

 環境としては森林なのだが、とにかくランドマークになりえる物は存在しないし、綿密なマッピングを行わないと遭難の恐れがあるだろう。

 

 まずダンジョンのフロアには二種類ある。 

 迷路の様な通常フロアと、まるで自然の中にいる様な、フィールド自体がそれまでの景色と関連性のない、まるで独立した世界がそこにあるような「概念フロア」だ。


 例えばレイナの主戦場である中野Dならば、中層の途中までは通常フロアが続く。

 そして50階層を越えた先から概念フロアが現れる。

 東京TDも同様だが、向こうはティアー2なので30階層以降が概念フロアだ。

 なんにせよ、それまでの常識ならば、難易度が急激に上昇するフロアからが概念フロアとなる傾向が強いということ。


 つまり二階層から概念フロアが現れた事で、ティアー判定が低過ぎたと推測できる。

 ここで伊達はすぐに地上に連絡し、日本ダンジョン協会の駐在員はすぐにレイナ達を追尾するドーロンカメラを複数台飛ばすと共に、監視官を1人派遣した。

 なので現在、撮影を行う伊達の背後に控えていて、何かあれば指示を仰ぐ体制を構築している。


 なにより弱いゴブリンだろうと、一層からいきなり群れで出現している時点で何かがおかしいのだ。

 普通は上層と呼ばれる10層までは、群れで出現するモンスターはあまり見られない。だからこそNクラスからCクラスに昇格する際の基準にされている。

 いるとすればイレギュラーモンスターの場合だ。


 協会側は撤退が望ましいとの判断だが、伊達が「ある程度の調査の必要がある」と判断したようで、カメラに映らない様に配慮しながら、自分のワーカーカードを提示。

 協議の結果、レイナが危険と判断されるフロアまでは偵察を続行する事になった。


 ここで開示をしてしまうが、伊達ダテ正嗣セイジは、日本ダンジョン協会本部付けのAランクワーカーである。

 Aランクでも支部所属と本部所属では属性が違い、本部所属の人数は現在7人いる。これは伊達を含めてだ。


 そしてAランクワーカーは、有事の際は現場での指揮権を発動できる権限を持つ。

 これは実力が飛びぬけているからこそ、合理的な判断を即断できるという点を重視した結果決まったルールだ。

 今回はそれを適用した形になる。

 真の伊達の姿については、いずれ詳しく語られるかもしれない(語るとは言ってない)


 さて現在、ヒョウのモンスター……フォレストレパードをあっさりと倒したレイナの前に立ちふさがったのはレイクウルフだ。

 湖の傍に出現する狼タイプのモンスターで、常に10頭以上の群れで現れる。

 薄い水色の体毛に、大型犬の倍ほどの体格を持つ凶悪なモンスターだ。

 それが群れで囲んできて、四方八方からの集団攻撃をしてくるため、とても凶悪だと言われている。

 実際狼タイプのモンスターは、性質がどうあれ、ソロで対峙すべきモンスターじゃない。

 だがエレメンタルナイトとなった今のレイナには、あまり手こずる相手ではない様だ。その証拠に、油断なくポジションを取ると、既に戦闘に移れる姿勢を見せている。そんなレイナは先手を取るべく動いた。


「ほらほら、そっちにアタシはいないよっ」

 

 凄まじい速さで走り回り、数頭のヘイトを稼いで逃げ、そのまま大木を真上に駆け上り、途中で幹を蹴った彼女は背面宙返りをしながら風の属性を纏った剣を一閃。

 一瞬で彼女を追っていた二頭はなます斬りにされた。


:やば・・・

:緑色の残像しか見えんぞ

:いやマジでこいつ本気だしてるとエグいんだよ

:新装備がバエルからめっちゃかっこいい

:つかそのレイナをダイナミックに撮影している伊達Dのあたおかっぷりよ

:冷静に考えたら、なんで接写できんだって話だわなwww

:レイナを撮影する伊達Dを撮影するDもう一人連れて来い!

:DFの社員壊れちゃ^~う

:そんな手練れホイホイいてたまるか!

DF公式:DF社ではいつでもBランク以上のワーカーを募集しています。是非この機会にご応募を! DF社はアットホームな雰囲気で、社員一同笑顔があふれる職場です!

:それが本当ならマンパワー不足にならないんだよなあ・・・

:お前社長だろ・・・そういうとこやぞ

:信用ゼロで草ァ!


『レイナさんバフを飛ばします、一度離脱。ウンッ いいですよぉ。3分、カウントダウン』

「おっけー! 軽くなった! 一気にケリをつけるよっ見ててみんなっ!」


 伊達の号令にレイナは華麗に一頭の突進を背後にウェービングして躱し、その状態で顎の毛をむんずと掴むと下に引いて地面にたたきつけた。

 致命傷にはなりえないが、突進の威力をそのまま利用したからか、レイクウルフはのた打ち回り立ち上がれない。

 その隙に彼女は伊達の方へ軽快にバックステップをすると、画面には伊達の手印が登場、空中を何度か切るとレイナの身体が淡い紫色の光に包まれる。

 これは対象の攻撃力と俊敏性を20%向上させる二つのバフ魔法を重ねがけしている。

 サクラトリップのリスナーには見慣れた光景だが、これらの高度な魔法をこの短さでやってのける伊達と、それに応えられるレイナのコンビネーションの高さに毎度の様に舌を巻く。


:伊達Dエグいて

:この人マスターソーサリーだろ? 殲滅魔法も使えるって事だよな?

:んだんだ で使って無双しても撮れ高ないだろ? つまりはそういうこと

:この人社畜根性だからな。ソロワーカーやってりゃ引っ張りだこなのに

:伊達Dのテンポでここまでやってきたレイナって多分麻痺してると思うの

:それな・・・これが普通のワーカーですよぉとか言われて信じたらこうなったみたいな

:リトルリーグの監督に全盛期の大谷がくるみたいなもんだな

:ええ・・・


「伊達、距離とってっ」

『わかりましたよぉ。気を付けてくださいね』

「へへっ、ほらほらこっちだよっ! ワンちゃんこちら、ほらざぁこ、ざこワンコぉ!」


 言葉はメスガキのそれだがやってる事はえぐかった。

 伊達のバフを受けた彼女は、牙を剥きだして威嚇しているレイクウルフの先頭に吶喊すると、あろうことか煽りながらその頭を踏みつけ、思いっきり向こうに飛んだ。

 そして群れの裏側に着地すると、拾った石を一頭にぶつけ、さらにもう一頭。

 

 結果、一斉にウルフ達はレイナを殺さんと彼女に殺到したが、それこそがレイナの待ち望んでいた状況だ。

 彼女は群れを一か所に纏めたかったのだ。

 そしてウルフが彼女に迫ったその時、既にレイナの詠唱は後半に差し掛かっていた。


「女神ニンリルに祈りを奉りその加護を! 杉の香る高座におわす君よ我が左手に祝福を、我が右手に鎚鉾シャルウルをッ!!!」


 レイナは目を閉じ、明鏡止水の境地に至る。

 言葉を紡ぐたびにレイナの背後にモヤの様な薄緑のオーラが立ち昇っていく。

 魔法とは、自身の潜在意識の奥の奥にある自分と向き合い、カチリと歯車をはめる事。

 そうして熟練する程にトランス状態の深度は増していく。


 レイナが選択したのはエレメンタルナイトとなり習得した風属性の範囲魔法だ。

 術者を中心として、扇状形に攻撃的魔法が展開される。

 詠唱はそのトリガーだ。

 結果をイメージし、それを引き出す為の呼び水。


 この魔法を駆使する者は多くいるが、詠唱は人それぞれ違う。

 選択したワードが求める結果のイメージに近いほど、魔法は強力になる。

 同じ魔力量を込めたとしても、このイメージが強い方が効果も比例するのだ。


 そしてレイナがキーとしたのはシュメール神話の風に纏わる女神、ニンリルだ。

 伊達の書斎に集められた神話関係の蔵書を漁り、彼女がピンと来たのが女神ニンリル。


 ――――到底人の手ではありえない奇跡を魔法と呼ぶのなら、それはまるで神おろしの様な物だろう?


 魔法を習得はしたが詠唱で悩んでいたレイナに伊達は、そんなアドバイスを送っている。

 その後「理解できる国語力はありますかねえ?」と煽られているが。

 なんにせよ、レイナの詠唱は完成した。


「喰らいなさいっ、シャルウルスラッシュ!!!」


 そしてレイナの剣が振り下ろされた。

 大上段から真下に。

 ただそれだけだった。

 力任せに振り下ろされ、剣の切っ先は地面にめり込んでいる。

 それは大きな隙であり、本来は残心をしたまま、次の行動に意識を向けるべきだ。

 だがレイナは確信していたのだ。

 それゆえの余裕。余裕は慢心ではない。


 リスナーにはウルフが一斉にカメラに向かって吹っ飛んできて、ぶつかる直前に細切れにはじけ飛んだように見えただろう。

 レイナの詠唱の結果、この風魔法の効果は不可視の風の刃を十字砲火するという結果になったようだ。


:エグいんだがwwwww

:うおおおおおレイナ最強!

:超ギャル!

:超ギャルは草

:エレメンタルナイトってすごい(小並感)

:俺もエレメンタルナイトのクラスだけどこんな派手な魔法打てねえよ・・・

:伊達「君も僕のブートキャンプを受けないか?」スッ 入社書類

:願い下げなんだよなあ・・・俺はぬるま湯でいい!


 そうしてコメント欄がレイナの魔法の考察に夢中になった頃、レイナは満面の笑みで伊達とハイタッチを交わしていた。


「どう? 結構アタシ、凄くない?」

『その慢心癖さえなければ素直に褒めるんですけどねぇ』

「えー? そこは素直に褒めようよ! ほらワンコがお手したらエサやるじゃん? ね? わんわんっ♪ どう?」

『自分から犬になり果てるとは。レイナさん、プライドは持ちましょうねぇ』


 片足をぴょんとあげ、両手を犬の手の様に構えるレイナが伊達に額を小突かれる。

 本当に尻尾があればブンブン振られていそうである。


:メス犬レイナ誕生!

:そのメス犬、たった今ウルフの群れをサイコロステーキにしたんすけどね・・・

:レイナは伊達Dを見てるつもりなんだけどこっちにはガチ恋距離だからキレそう可愛いかよクソがあーむり絶対レイナ俺のこと好きじゃん。めっちゃ頬染めてさ。わんわん♡ってクソかよ。可愛い。好き。あー何でスパチャの上限10万なんだよ!俺の愛よ画面の向こうのレイナに届け!

:ルイズコピペみたいな怪文書やめろwwww

:たまに出るガチ恋勢ほんますき



 なんだかんだ平和な配信であったが、どこかで何かの遠吠えの様な声がした。

  



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