第7話 【悲報】配信者レイナさん、また騙されてしまう④

「伊達ェ……お前こんな事ある?」

『……さ…………さい……あ、これで波長合いましたね。どうかしましたか?』

「いや演者放置して裏方が素潜りとか」

『レイナさんが言ったんじゃないですかぁ。カツオが食べたいって』

「だからって素潜りとかある!? 伊達、お前さぁいい加減にしなよ。アタシが言うのもアレだけどさ、許可とか無いとアウトじゃないの?」

『僕ァ良かれと思ってやってるんですけどねぇ。ちなみに許可は素晴らしきワンボックス、新型オルフォードに控えています弊社スタッフが高知県の漁連等に事前許可は取っていますよ』

「お前の良かれと思ってが良かった試しなんて無かったでしょうが!」

『まあまあ。まあまあまあまあ! もうしばらくお待ちください。最高の塩タタキをごちそうしますから。あ、皆さん大きいのがいましたよぉ! 【ignitionマナよ我が身を充たせ】【acceleration我が身よ加速せよ】もう逃げられないゾ』

「ちょ、え!? 今どうなってるのよっ。うわっ海面に巨大な水柱……こっわぁ……」


:それお前の相棒なんだよなあ・・・

:別に無詠唱でも魔法使えるのにワイらに聞かせるために詠唱してくれてるとか涙がで、出ますよ・・・

:信じられるか?これカツオを捕まえる為だけに複数魔法を同時に使いながらカツオ以上の速度で海中をすっ飛んでんだぜ?

:三角座りしてアンニュイな表情で焚火を眺めているだけのレイナがなんか草

:哀愁漂ってるwwww


 突発的お遍路旅を開始したレイナであったが、高知県に入ってからは割とご機嫌だった。

 徳島の最後らへんで、ガチで寝袋一つで野宿をさせられたレイナであったが、疲れからか、の〇太並の速度で寝てしまい、リスナーの笑いを誘った。


 翌朝、寝起きと共に伊達にキレたレイナだったが、先に起きていた伊達が羽釜で炊いたごはんと、徳島県の名物である「でこまわし」を焚火で焼いて朝食として出した。

 これの余りの旨さにレイナの機嫌は一瞬で回復。

 文字通り、英気を養い旅を再開したのである。


 ちなみに「でこまわし」とは、ごうしゅういも(祖谷いも。徳島県西部で採れる歴史深い作物)、そば団子、岩豆腐、丸コンニャクを串にさし、囲炉裏で炙り、味噌だれをかけ回した田楽の一種であり、郷土料理だ。


 そうしてHPを回復させ、高知県に入った一行だったが、高知県の立地が四国の南側であり、地味に移動距離が長い。

 しかし札所の数は四国四県の中で一番少ない。

 だから猶更歩いている時間が長くなる。

 これを聞いたレイナは見るからに機嫌が下降していく。

 しかし伊達は抜かりなかった。


『そんな顔しないでくださいよぉ。レイナさん、僕ァ何も貴女を虐めたい訳じゃあないんですよ。ええ、ええ。あのねレイナさん、高知県はたくさん美味しい郷土料理があるんですよぉ。カツオは有名ですがね、他にも皿鉢さわち料理なんかも有名でして。僕ァね? 是非それらをレイナさんに食べてもらいたい。そう思ってるんですよぉ。勿論セッティングはお任せください』


 こう言われてレイナは堕ちた。

 皿鉢料理とは、高知県独特な郷土料理で、海の幸山の幸をふんだんに皿に並べるという、主に冠婚葬祭を筆頭とした行事で食べられる。

 どうも伊達は行く先々でこういう料理をレイナに食べさせたいと熱弁。

 結果、レイナはニッコニコで札所巡礼を開始したのである。

 その甲斐あってか、高地に入って二日間で三十八番目の札所、金剛福寺に到着。

 これで明日、延光寺に行けば高知県はコンプリートとなる。

 そこでもう夕方が近いという事で早めに野営となったのだ。


 どうも伊達は基本的に野営をする前提らしく、その辺はレイナも諦めたらしい。

 伊達はオルフォードの機能性の高さをプレゼンしたい様で、インベントリには一通りのキャンプ道具はおろか、グランピング施設などで見かける大型のドームテントまで持ち込んでいた。

 その中にハンモックを設置し、昨晩のレイナは快眠できた。

 今日のキャンプ地は足摺岬のある半島の西側にある砂浜なので、流石にドームを設置するのは憚れるのか、大型のファミリー用テントを設営している。


 さて伊達が何故潜っているかだが、彼の宣言通り、昨日の晩は地元の料理屋に予約していた皿鉢料理が運ばれ、野外ではあるがレイナは舌鼓を打ち、大層ご満悦だった。

 しかしだ。

 ここ暫く天候が安定せず、港に船が入ってこなかったそうで、レイナが楽しみにしていたカツオが皿鉢料理には入ってなかった。

 それを今朝から移動している間ずっと、レイナがボヤき続けた。

 カツオが食べられないのに高知に来た意味がない云々。


 それで頭にきた伊達が、じゃあ捕まえればいいんでしょう(怒)と叫び、あっという間に方々に許可を取ると、近くの漁港から漁協から職員と現役漁師がやってきて、彼らの監督のもとでの素潜り漁をするという条件で許可を貰ったのだ。

 正確にはこの一連の配信は後に編集され、サクラトリップで動画として投稿されるのだが、その際に高知県漁協や漁師の名前をクレジットに載せるという、突発的企業案件として処理している。


 そしてDF社の同行スタッフに撮影を完全に任せた上で、伊達Dが演者の様にカメラ前に立つ。

 彼は勇ましい表情で白衣をその場で脱ぎ捨てると、現れたのは180半ばの身長を支える鍛え抜かれた筋肉質ボディであった。

 既に桃色のビキニタイプの海パンを装備済みで、彼は「いくぞ!」との掛け声と共に、目の前の海へと飛び込――――んだりせず、海面をサーフィンの様に滑って沖に向かい、ある程度の場所で華麗に空中に飛びあがると、無駄に綺麗なきりもみ回転をしながらドボンと海に潜っていった。


 コメント欄は大騒ぎだった。

 主に才能の無駄遣いや残念すぎるイケメン等というコメントが多い。

 そんな中、レイナは若干頬染め、メス顔で黙るというやらかしをしてしまい、コメント欄で煽られまくった結果、不貞腐れて焚火の前で三角座りとなったのである。


 そしてレイナには伊達が念話と呼ばれる魔法で状況は聞こえてくるも、実際海中でどんな事になっているのかは謎だ。

 やがて、ドボン! と凄い音と共に、レイナの視界に入る海面から水柱があがると、両手に大きな網袋を持つ伊達がスタイリッシュなポーズで着地した。


『お待たせしました。ご所望の魚介類ですよ』

「う、うん、伊達、えっと、お疲れ様っ」


:いや草

:レイナお前完全にメスやんwwww

:何甘酸っぱい感じ出してんだよwwww

:つか割と周囲が暗いのにDFスタッフが一斉に照明焚いて草ァ!

:めっちゃムキってる伊達Dwww

:これは保存版ですねえ・・・

:年末の本のネタ捗るわぁ・・

:レイナ×伊達Dなのか伊達D×レイナなのか、答えによっては戦争になる

:ナマモノやめろwwww


 そんな茶番はありつつも、漁協職員と漁師さんに戦利品を確認してもらうと、特に問題ないとのお墨付きをもらい、彼らは帰っていった。

 そして伊達がキャンプ用のテーブルを組み立てると、袋の中から魚を取り出し並べた。


「おい伊達……」

『なんですかね?』

「アンタってカツオを取りに行ったんだじゃないの?!」

『ですよ?』

「じゃこれらの魚の名前、言ってみてよ」

『はい、では僭越ながら、これはアオリイカですね。こっちがマダイ。そしてこっちの巨大なのがメーター級のシマアジです。良かったですねレイナさん。全部高級魚ですよぉ?』

「カツオないじゃん……カツオがないじゃんっ!」

『当たり前じゃないですか。いえカツオはいましたよ。ですがここの近くには小型のソウダカツオしかいませんでしたので、撮れ高にならないので捕まえませんでした』


:wwwww

:すげー魚ばっかなんよ

:このシマアジやばいだろ脂すごそう

:まあ確かにソウダカツオは小さいしな


 罵り合いを続けながらも、伊達Dの手は次々と魚を処理していく。

 見事な手際だ。

 鮮度が落ちない様に締めると、シマアジはあっという間に刺身に化け、マダイは半身を刺身、もう半身は何かに使うのかそのまま。

 アオリイカはヤリイカと言った一般的なイカと違い、コウイカという胴の中に甲殻があり、それはまるで野球のレガースの様な板で、これを外すと料理できる。

 これも伊達は半分を刺身に、残りはゲソも含めてぶつ切りにした。


:手際よすぎィ!

:こいつ弱点ねえのかよ!?

:が、ガチャを天井まで回す課金厨っていう弱点はあるから・・・

:人間アピールにしては弱いんだよなあ・・・


「伊達、どうすんのさ。アタシの胃はもうカツオ! って感じなんだけど?」

『ふふっ、ご安心くださいレイナさん』


 そう言って不敵な笑みを浮かべた伊達は、オルフォードの後部ハッチを開け、インベントリの中から何かを取り出し戻って来た。

 両手に一本ずつ、見事なカツオが見える。


『こんな事もあろうかと、事前に購入しておきましたっ。いやぁ僕の人徳ですかねぇ? こんな立派な奴を売ってもらえましたよぉ!』


:じゃあなんで潜ったんだ定期

:潜りたかったんやろなあ・・・

:レイナの顔草

:ええ・・・って顔してるwwww

:それはそれとしてちゃんと藁でタタキ作ってるの草

:手際が職人のそれなんよ

:その為の焚火その為の腕前?


『まあつまりは、レイナさんに美味しい魚をお届けしたかったんですよ』

「伊達……ありがと………………なんて言うと思った?! だったら素直に漁港とかに連れてけば良かったじゃん!」


 「それはそう」というコメントが乱舞する中、伊達Dはやれやれとでも言いたげに首を振るとこう言った。


『そんな媚びた作り笑いで食レポする女子アナみたいなレイナさん、誰も求めてないんですよぉ』


 コメント欄に先ほどよりも強く「それはそう」の羅列が始まる。

 伊達Dのあんまりなセリフに。

 

 そして崩れ落ちるレイナであったが、頭のどこかで「この状況、おいしい」と思う自分もいて、軽い自己嫌悪になったという。

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