第6話 【悲報】配信者レイナさん、また騙されてしまう③


 新型オルフォードの最上位モデル。

 その特別限定車としてリリースされた500台は一瞬でソールドアウトとなり、急遽会長の一存で1000台の増産が決まったという。


 通常のミニバンなら、おおむね運転席と助手席の二席、そして後部にベンチシートが二列あり合計で8人程度の定員に設定される事が多い。

 しかしこのエグゼクティヴラウンジと言うグレードは、旅客機のスーパーシートをイメージして作られた特別なシートが設置されていて、後部には独立したシートが2つあり、最後尾の部分には収納型のエクストラシートがあるが、基本的には隠れていて、この大きな空間を4人で占有するという贅沢な造りだ。


 加えてサクラエディションは、フロアの床と一体化しているエクストラシートの下に、魔道量子学の技術で空間拡張された、通称インベントリが組み込まれており、ここに大型トラックレベルの容量のアイテムを格納する事が出来る。

 これは別にダンジョンワーカーと言う、マナの恩恵を受けた人間じゃなくても問題なく使え、一般的な物流トラックなどにも応用された技術ではある物の、価格が高いので、一般乗用車に組み込む奇特なオーナーはそういない。

 なので今回、限定車として組み込まれ、1200万円という価格設定はとんでもなくリーズナブルだと言える。 

 それだけに予約が一瞬で埋まるのも頷けるだろう。


 何せ通常のエグゼクティヴラウンジの時点で900万円程の本体価格がするので、たった300万円上乗せしただけでインベントリが手に入るのだから。

 破格以外の何物でもないだろう。

 一応、購入の条件として、価格が100万円で5年間継続するディーラーサポートに加入する事になるが、それだとてオイル交換や定期メンテナンス。付与されたポイント分の修理なら相殺できる事を思えば、特に高くはないが、タイアップを前面に押し出した事でメーカー側の利益は薄く、その補填の為に、定期的に来店してもらう事で次のビジネスチャンスにつなげようという戦略がそこにはある。


 そんなサクラエディションは、特にカラーが素晴らしい。

 基本的にはゴールド系の中間色がベースなのだが、そこに新開発の塗料が使われ、光が当たると淡く桃色に見えるようになっている。

 この何とも言えない色合いが、カラーパターンの豊富な欧州車を彷彿とさせるデザイン性を感じさせ、価格以上のゴージャスさを生み出している。


『という感じでして、実は1年前からトヨオカ会長よりお話があり、水面下でディスカッションを続けていました。ちなみにこれは愛知県にある生産ラインから最初に出て来たシリアルナンバー1号でございまして、これからお客様にお届けされる車両にも、当然シリアルナンバーが振られております。そしてエンジンルームを開けますと、サクラエディションとシリアルナンバーの刻印が入ったプレートがございます。いやぁ~素晴らしい車ですね! 僕も一台欲しかったのですが、そこはリスナーや、トヨオカを愛するユーザー様に是非、乗って欲しいと我慢しまし』

「それはいいんだけどさ。伊達ェ! どうしてアタシを映さないで車ばっかパンしてるのよっ!」

『これは異なことをおっしゃいますなぁ。見てくださいよレイナさん、この前方斜め45度からの姿を。徳島の素晴らしき西日に照らされ、レイナさんの美しい頬のようじゃないですか!』

「え、そう? んふっ、まあ、言われて悪い気はしないわっ」


 レイナにとっては騙し討ちの様な流れから企画は始まったが、とは言え彼女もこう見えてプロ意識は高い。

 そんな訳で札所を巡る旅が始まったのだが、ビッグな企業案件でもあり、伊達Dが殊更に新車をプッシュ。

 それが気に入らないレイナが彼に噛みつき始めた。


:ちょろい

:安定のちょろさ

:伊達D完全にトヨオカの回し者やんwwwww

:敏腕営業マンやんけ

:これにはモ〇ゾウもニッコリ

:たまにはレイナも映してあげてよぉ!

:伊達D「確かに僕の担当演者は美しい。それを映す事でこの配信の同接が増えるだろう――――だが断る」

:伊達先生!?

:やめろwwww確かに伊達Dはジョ〇ョラーガチ勢だけどwwww


 そもそもだ。レイナ自身がこの企画について前向きかと言えばそうじゃない。

 今朝レイナが連れてこられたのは、お遍路の順路で回る際の最初の場所、霊山寺の前だ。

 彼女がダンジョン省の庁舎内で眠らされたのは昨夜の事で、すぐに羽田に待機していたビジネスジェットに運ばれた結果、四国入りとなった。


 ジェットは徳島空港に着陸し、そのまま鳴門市内にあるホテルに彼女が運ばれた。

 そこで一度伊達により睡眠魔法を解いてもらい、ホテルの部屋でシャワーを浴び、食事をし、トイレ等を済ませた段階で再度睡眠魔法をかけられた。

 その上で早朝に霊山寺に運ばれ、企画の発表となった訳だ。

 ちなみに昨晩は混乱を避けるために「いやぁ仕事を兼ねた旅行はいいですね」という言葉に騙され、レイナは眠らされた件にキレるのを忘れている。

 安定のちょろさである。


 その間、見せるに値しないシーン以外は基本的に配信が垂れ流されていた。

 ゆえにリスナーはこの大規模な公開拉致を全て目撃しており、相変わらず伊達の企画力と、それを実行に移すド畜生さに愉悦笑いが止まらないのであった。

 一番の元凶はそれを許可するDF社なのであるにせよ。


 だがしかしだ。

 企業案件として桜坂レイナをスポンサードする事になったトヨオカがオルフォードを供与された訳だが、何故かレイナは乗る事を許されず、徒歩にて札所を巡る事になり、オルフォードはレイナが歩く後ろを徐行しながらついて来ている。

 このシュールな光景に、リスナー達も苦笑いである。

 当然レイナも。


「ねえ伊達」

『どうしましたレイナさん』

「アタシ、なんで歩いているの?」

『それは勿論、しっかりと歩いて巡る事で、煩悩が徐々にそぎ落とされて行きますからね。僕ァね、煩悩だらけの貴女の穢れをどうにか祓いたいんですよぉ』

「そ、そうなのね……いや、うん? ちょっと待って。伊達ェ! アンタね、アタシが煩悩だらけってどういう事よっ!」

『当たり前でしょ。貴女、配信外だといつものんべんだらりと過ごしてますよね? 伊達~ポテチ持ってきて~とかそう言うのですよぉ』

「はあ!? バカ! アンタほんとバカ! どうしてそういう事言うのっ! あーはっずぅ……そんな事言うならアンタだって普段はグータラしてるでしょうが。やれ現神で天井まで回したとか言いながら、事務所のソファーでゴロゴロしてるじゃないっ!」

『僕の現神愛は高尾山より高く利根川より深いんでいいんです。でもレイナさんの場合、要介護レベルでしょう? 伊達~お腹空いた~伊達~パンツどこだっけ? これですよぉ? 貴女ね、もう少し女としての慎みを持ちなさいよ』

「はあ!? はぁ~~~っ!!? パ、パンツとか言ってねーし! あと高尾山と利根川とか大した事ないじゃん!」

『それに気が付くとかレイナさんの頭脳は七大陸を駆け巡りますねぇ』

「煽ってんのか伊達ェ!」


:始まったwwwwwwww

:醜い罵り合いktkr

:現神は神ゲーだから伊達Dは悪くない

:いや天井は悪い文明だ・・・

:レイナガチで要介護で草

:もう結婚しちゃえよ!

:伊達「20歳で要介護とか願い下げなんだよなあ・・・」


 そしてサクラトリップ名物である、伊達Dとレイナの醜い罵り合いをしながらも、流石は最前線にいるダンジョンワーカーの身体能力か。

 気が付けば二十三番目の札所である薬王寺に到着していた。

 時刻は20時を過ぎた所で、周囲はすっかりと夜の帳が降りている。

 初夏の暑さはあるが、風があるのでそこまで不快指数は高くない。

 いい夜だ。そして、


「ねえ伊達……アタシも流石に理解したわ。こうやって何個あるかもわかんないお寺を巡礼するんだよね?」

『そうですね』

「それを徒歩で、まあいいわ、嫌って言ってもアンタ、聞きやしないんだし」

『そうですね』

「そこまではいいのよ。良くないけどいいの。でもさ、もう結構遅い時間だよね?」

『はい、でもレイナさん流石です、先ほど立ち寄った札所が徳島県最後ですから。いやぁ流石は一流ワーカーのレイナさんですなぁ』

「そう? やっぱそうなっちゃう? アンタがそう言う態度なら、まあアタシも? 頑張らないなんて言わないわよ。でも勘違いしないで。アンタの為にじゃないから。アタシのファンの為によっ!」


:流石やなあ・・・その手のラノベを履修してないのにこれができるんだから

:国宝級やな

:まてツンデレの事を言いたいのか? 馬鹿を言うなツンデレの黄金比はツン9のデレ1だ! ツン2のポン8のレイナがツンデレな訳ないだろ!

:ガチ勢こっわ とじまりすとこ


「そんな事よりもね伊達」

『なんでしょう? レイナさん』

「徒歩も巡礼も納得したとして、今日はどこに泊る訳? この辺ってどう見ても何もないわよね?」


 実際四国は市街地を外れると本当に何もない場所が続く。

 加えて国道ではあっても、関東辺りのイメージでいると呆気にとられるレベルの細い道が国道だったりもする。

 その上で適当に道を外れてしまうと、外の人間だと混乱不可避だろう。

 実際、レイナたちが歩いている現在地点は、街灯などもないため真っ暗。

 

 オルフォードが後ろをついて来ているため、そのヘッドライトが唯一の光源となる。

 なのでリスナー達の画面には、古式ゆかしいお遍路の正装を纏ったレイナと伊達Dが黙々とあるく後姿しか見えていない。

 今回はオルフォードにDF社の制作チームがいて撮影を行っており、伊達Dの左手には、8K撮影こそできるが、軽くてコンパクトなアクションカメラしかない。

 ダンジョン外でもあるので、当然だがドローンカメラも無いのだ。

 ちなみにドローンカメラが外で使えないのは、軍用ドローンと遜色のない程に高性能なダンジョン用ドローンカメラだから、他人のプライベートを容易に侵す危険性がある為、法律上で厳しく禁止されている。


『…………?』

「伊達、アンタどうして不思議そうな顔してるの?」

『いえレイナさんがおかしなことを聞くなあと思いましてねえ、ええ』

「ん? なにかおかしい事言った?」

『宿ですか。レイナさん、どこか予約などされましたか?』

「は? アンタ何を言ってるの!?」


:おっとw

:予約などされましたか?(すっとぼけ)は草

:流れ変わったな

:誰かUC流せ 名場面来るぞ


 本気で不思議そうに首を傾げる伊達に、レイナは苛立ちを募らせる。


「あ、アンタね、裏方ってそう言う仕事だよね? 後ろの車に――――

『レイナさん、オルフォードです』

「分かってるわよっオルフォード! これでいいんでしょ? じゃなくて! オルフォードにもうちのスタッフ大勢乗ってるじゃない! 三宅さーん、川島さーん! 伊達がおかしい事言ってますけど! ――――なんでアンタらも首傾げてんだ! おかしいでしょっ!?」


:wwwwwwwww

:全員グルwwww

:DF社は全員あたおかってそれ一番言われてるから

:この前スト10の国内大会でDFのオーリちゃんが腹痛→DF社の裏方が代役で出て優勝 こういう事をするのがDF社です

:つまり通常営業って訳じゃな?

:イグザクトリー


『まあまあまあ、レイナさん、それよりもどうしますかぁ? このまま歩き続けるんですかぁ?』

「い、いやよそんなのっ! 伊達、どうにかしなさいなっ!」

『僕に言うんですか……はぁ分かりましたよ。でももし他の車が来たら迷惑になりますので、とりあえずレイナさん、そっちに移動しましょうか』

「そ、そうね、道狭いもんね。分かったわ」


 そうしてレイナが彼に言われるまま移動したのは、農業用水用と思われる整備された川の横にある空き地だった。

 休耕地がそのまま放置されて草がボーボーになっている様だ。

 ただ車が数台停車できる程度には平地がある。


 そして佇むレイナを待たせると、伊達はオルフォードの後ろに回り、後部ハッチを開けた。

 彼の声だけが聞こえてくる。


『おお~インベントリ部分はこうなっているんですねぇ流石はトヨオカ自動車さんだ。デザイン性にも力を入れていらっしゃる。ほう、ほう!』


:声だけでもアピる会社員の鑑

:ほんと草なんよ

:ほう、ほう! じゃねえからwwww


 コメント欄でそんなツッコミであふれる中、伊達が戻って来た。

 そしてレイナの前に立つと…… 


「どう伊達? ホテルの予約は出来た?」

『レイナさん、僕を誰だと思ってるんですかっ! 大切な貴女を夜通し歩かせたりなんかできませんよっ! 何故なら、僕の、大切な演者だからですっ!』

「ちょ、やめろし。急にそんなん言われても顔あっつくなるわ……ま、まあいいんだけど? じゃ問題は解決したのね?」

『ご安心ください。それではレイナさん、こちらをどうぞ』

「…………は?」


 伊達が差し出したのはピンク色の寝袋であった。

 きちんとパーソナルカラーを選んでくるあたり、煽り性能は高かった。


 余談だが、この不自然な空き地は、スタッフが昼間のうちに草刈り機で刈ったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る