第5話 【悲報】配信者レイナさん、また騙されてしまう②

「…………だからコレ煩いんだってばっ! 気が付くと第九を口ずさんでるよアタシ!? 外せー! はーーーずーーーーーーせーーーーーーー! あ、外れた」


:ワロタ

:安定のアホ面

:可愛いかよ

:やめろーはなせーって叫びながら伊達Dからのあーんは素直に食うポン

:レイナって移送中も全部配信されてるの知らんのやろなwwwww

:そしてこの顔である

:思ったより元気で草

:つよい


 相変わらず配信は続いていたが、目隠しに延々と大音量で第九が流れるヘッドフォンを装備していたレイナは、ここに来て漸く全てを外された。

 ダンジョン省職員の姿はなく、いつもの様にカメラの前に立つレイナと、そのカメラを構える伊達Dと言う状態。

 ちなみに伊達Dは当たり前の様に右手のみでヘッドフォンなどを外し、マスターソーサリーのスキルである「ディメンションボックス」に収納している。

 この男、他のワーカーが羨むスキルを惜しげもなく日常使いに運用しているのだ。


「はれ? ここどこ?! え、ダンジョンの偵察は……?」

『落ち着いてくださいレイナさん。ダンジョン偵察は重要な任務です。どんなイレギュラーが起こるかなんて誰にもわかりません。協会が事前に調査をした段階で、入口から漏れ出すマナ濃度から、この新ダンジョンはTier 5相当とされています。恐らくレイナさんには問題はないと思いますが、それでも僕ぁ貴女をサポートする男です。万が一があってはいけませんっ』

「え、ちょ、めっちゃマジな顔するじゃん。やめろハズいし……こっちみんなぁ……」


:すーぐメス顔する

:これを見に来た

:伊達Dもようやっとる

:顔真っ赤で草


 コメント欄が騒がしいがここで解説を入れよう。

 日本国ダンジョン省、そして日本ダンジョン協会がダンジョンの難易度を示す規格がある。

 それがTier による格付けだ。

 これはよくトレーディングカードなどで、手札の強さや希少性を示す判断基準として用いられたりする事が多く、数字が若いほど人権などと扱われる。 

 これと同様にTier 1が一番難関とされ、この場合はAランクを数人含む30人以上のレイドパーティーで挑むのが望ましいという目安がある。

 ちなみに中野ダンジョンの下層はTier 1に属している。

 このTier 分けは10段階で、今回のTier 5はそれなりに危険だが、準備を怠らなければ、かつある程度の経験のあるワーカーならば、上層は安全だろうというところか。


『赤面するレイナさんを鑑賞しているのも悪くないですが、話を続けます。つまり新規のダンジョンに挑むという未知なる挑戦をする貴女に、私はまず健康でいてもらいたいと考えます。そこでっ! レイナさんにはこれから、健康祈願の為の儀式をしてもらいます。貴女の事が心配ですからっ』

「やめろし、みんな見てるからぁ……えっと、伊達がそんな風に思ってくれるなんてアタシ嬉しいけどさ、うん、アンタがそう言うなら付き合ってあげるわっ」

『それでこそレイナさんです』

「ふふんっ」


:伊達Dいまゲス顔してんだろうなあ

:この男はホンマ・・・もっとやれ

:古いタイプのツンデレみたいで笑う

:この”ふふん”は芸術点高いね

:こんなにご機嫌なレイナがこの後大変な事になるとはこのリハクの目を(ry

:お前の目はいつも節穴定期


 ちなみにこの段階で伊達Dは配信の読み上げを切っている。

 不審そうなレイナに彼は「せっかくこんな自然だらけの場所に来たんですから」と、筋が通っているか謎な理論でゴリ押したが、当の本人はご満悦で「そうなんだっ」と流している。


「で、実際どうするワケ?」

『はい、ではレイナさん、後ろをみてください』

「うしろー? ん? お寺さん?」

『そうです。ここは徳島県の鳴門市にございます霊山寺という寺になりますね』

「え!? アタシいま四国にいるの?! うそ、え、なにこれ旅行?」

旅行の様な・・・・・ものですね。これからレイナさんはここで健康を祈願し、お札を貰いながらいくつかの寺を巡って頂きます。ご利益を重ねていくという事ですね。貴女もワーカーですからご存じでしょう? バフの重ね掛けみたいなものです』

「おー! なるほどわかったわっ。でも伊達、いいの? アタシ任務があるのよね? 早く行かなくてもいいの?」

『ご安心ください。現在目的地では、ダンジョン協会の工作部門が入口の整備を急ピッチで行っています。ですので時間的余裕はございます。しかし1週間ほどの時間を遊ばせるのは勿体ないと考えた僕は、貴女の健康を祈願すると共に、いつも頑張ってくれている貴女のリフレッシュの為に旅行を計画した訳です』

「パーフェクトよ伊達」

『感謝の極み』


:この男ヌケヌケとwwwww

:感謝の極み(キリッ)じゃねえからwwww

:ほんまこいつドSやわwwww

:ドヤ顔のレイナがまたww

:俺もうこの企画の趣旨察したわ

:俺今から有休取って来るわ全部リアタイしたい

:本気すぎィ!


 ここで解説をひとつまみ。

 ダンジョンが発生すると、中の難易度がどうであれ、まずは協会工作部が入口の整備を行う。

 基本的に小学校の体育館程度のキャパのある建屋を建設し、その中に魔術的な結界を施すのだ。

 こうする事でモンスターの氾濫をシャットアウトできる。

 結界は魔石燃料により強度を調節でき、開発された20年前から現在に至るまで、ここを破られて地上にモンスターが溢れた記録はない。


『さてそれではご理解いただけたようなので、レイナさんにはこれに着替えてもらいます。今回の旅には、トヨオタ自動車様が全面バックアップを申し出て頂きまして、新型オルフォードの最上位モデル、エグゼクティブラウンジ、こちらを我々サクラトリップに使って頂きたいとのこと。こちらはレンタルではなく、供与という事で、今後の我々の配信には度々登場する事になります。ではレイナさん、中でお着換えを』

「わぁ、トヨオカさんありがとうございますっ! カッコいい車ねっ!」


 そう言ってレイナは新車オルフォードの中に消えた。


『着替え待ちの間にリスナーの皆様にご案内しますと、このオルフォードのカラーは今回我々サクラトリップ、そして桜坂レイナのパーソナルカラーでもあるピンクをイメージして作って頂きました。そしてワイプでイメージ動画を流してますが、シートは全て本革になりまして、本来はない赤色の牛革を採用しています。そこに特別な魔術陣をいくつか刻み、車内は全て水洗いが出来る様になっており、加えてある程度の衝撃をレジストする効果も付与しています。つまりダンジョンワーカーのパーティ単位での移動、武具を装備した状態での利用を前提にしております。そこに今回は、後部ハッチ側の床部分に大型トラックに相当する容量のインベントリ機能を搭載。――――特別限定車、エグゼクティブラウンジ SAKURAeditionとして500台限定の追加リリースとなりますよぉ! 価格はフルオプションにこれらの機能を追加した上で、なんと! 1200万円となりますっ! 予約販売はいま! トヨオカ自動車様の公式WEBサイトの専用バナーから開始いたします!』


:トヨオカやりますねえ!

:めっちゃ声たかっ!

:ジャーパ〇ットジャ〇ネット

:wwwwwwwwww

:1200万は高いんだけどインベントリつき!?

:これはあたおか

:うえ・・・速攻でサーバー落ちてるwwwww

:あーあこんなんトップ層が速攻で買うわ

:やった! うちの嫁が予約取れてるwwww

:↑お前の嫁ワーカーなん?

:↑いや?うちバキバキの米農家だが?

:wwwwwwwwwww

:ワロス

:企業案件にしては本気過ぎやろwwwww

:これただのコラボやんけ!

:コラボ相手が大きすぎんよぉ・・・


 そんな風に大型企業案件をこなしていた伊達Dだったが、オルフォードのこちらからは見えない運転席側のスライドドアが開閉する音が聞こえ、しばらくして車の影から困り眉のレイナが顔だけ出した。


「伊達。伊達ぇ、ちょっと、こっちきて?」

『お着換えは終わったんですか?』

「ち、違うの。いいからこっち来る!」

『……? わかりました』

「ちょ、ちょいちょいちょーい! だめっ、カメラは置いてきて!」


 伊達は要領を得なかったが、とりあえず印を結んでカメラをその場に浮かせ画角を調整するとレイナのいるオルフォードの後ろに向かう。

 流石は日本最大手の自動車メーカーの案件だからか、いつもの黒いスーツではなく、上質な藍色の3ピーススーツである。

 ちなみにこれは銀座のテーラーの職人による、高級素材である「アラクネの糸」を織り込んだ最高級の生地を使ったフルオーダースーツである。

 価格はとてもじゃないが公開できるレベルではなく、スーツでありながら立派な防具となるスペックを有している高級品である。


:どうしたんだレイナ

:なんか焦った顔してたが

:やらかしかあ?

:基本信用ないの草なんだ

:つか伊達Dのスーツお洒落すぎんか?

:この人私生活が謎過ぎるけどスーツにはとことん金かけるからなあ

:ビジネスマンの鑑


「どうしました? レイナさん」

「ねえこれ、前の合わせかたわかんないんだけど・・・」

「これは内側の所に結ぶところがありますよね。こうすると自然と綺麗に合わさる様に出来てるんです。ってこの下着駄目でしょ。何と勝負するんですか貴女。ダメです」

「え? これ可愛くない? つか下着は常に気合い入れてっからアタシ」

「別にそれでもいいですけど、割とポロリとか想定されるんですがいいんですか?」

「ヴェッ!? ポロリするの!? 無理、それは無理」

「なら防具用インナースポブラとローライズショーツに着替えてください。いいですね?」

「あうーわかった……あとこの傘? 髪痛いんだけどぉ……」

「ああもう、じゃあツインテからお下げにしましょうか」

「ええ、カッコ悪くね?」

「致し方ないかもですが、うーん、ならツーサイドアップにして結び目を少し下にしますか」

「やりぃ! それでよきよき。じゃあ伊達、やって?」

「はぁ……畏まりました」


:クソでか溜息草

:完全にオカンのそれ

:伊達Dってレイナを女として見てないよな

:それな

:これ甘えたじゃなくて介護やんけ

:ワロタ

:まあ白衣って着た事ないとわかんねえべ

:レイナ以外は全員お遍路させらるんやろな~って知ってて草

:気づかないレイナがポンなだけ


 そんな訳で中断が20分ほどに達した所でレイナが満面の笑みで出て来た。

 白衣に菅笠、手には金剛杖。

 完全にお遍路スタイルである。

 ちなみにお遍路では「同行二人」という言葉が使われるが、それがこの杖を指している。

 一人なのに二人なのは、この杖がお大師様の化身と言われているからだ。

 ゆえに宿に泊まる際にまず杖を清める風習があるのは、神仏の加護に感謝すると言いう意味合いである。


「はーいお待たせっ。どう? アタシの新しい魅力、出ちゃったかなあ? えへへ、どうどう? 可愛い?」


:可愛い!

:意外と似合ってるわ

:こんなギャルと同行してみたいのう

:普通に可愛くて草


「じゃ伊達、これからどうするわけ?」

『はい、では早速お参りをします。その前にレイナさんにはコレをお渡ししときますね』

「え゛っ!? なにこの紙の束は!?」

『紙の束ではございません。これは納め札と申しまして、参拝した際に、本堂に一枚、お大師堂に一枚納めます。これがルールみたいな物でして、ここには叶えたい願いを分かりやすい四文字熟語で、その願主の指名であるレイナさんのお名前等が記載されています。とても素敵な物なんですよ? 多いのは、旅先で出会った方と名刺代わりに交換する事も想定されますので、とりあえず300枚ほど準備しましたよぉ』

「お、重たいんだけどぉ……意味は分かったけどさ、そんなにいる!?」

『もちろんですよレイナさん! 備えあれば患いなしと言いますしね………………何せ八十八か所分ですし(小声)』

「うん? なんか言った?」

『いえ何も。では張り切って参りましょう! 行きますよぉレイナさん?』

「おーー!」


 ニッコニコのレイナが跳ねる様に本堂へと向かった。

 その背を見送るカメラは動かない。

 

「おーい伊達ー? 行かないのー?」

『お寺さんは神聖な場所ですから、カメラは入りませんよぉ! レイナさん、しっかりと健康を願ってきてくださいねぇ!』

「わかったー! えへへ、行ってきますっ♡」


 そしてカメラは固定のまま、一瞬の間があり――――


『はいそれでは皆さん、長らく放置してしまい申し訳ございません』


:ええんやで

:声がわろてるやん

:ド畜生やなあ

:Dさんこれは勿論そう言うことですか?

:実際のダンジョンはないの?


『ご安心ください。新ダンジョンはございます。ただし四国ではなく、奥羽山脈の一角である蔵王連山の麓ですね。それの宮城県側のポイントであり、現在周囲は完全に封鎖されております。ですので実際に協会からの入場許可は、早くとも2週間先になりますね。この魔法技術が一般化した現代ですが、こと建築に関しては地震の多い我が国なので、建築法は厳しく、作業に関してはどうしてもある程度の日数がかかるんです』


:四国じゃないんかい!

:最初から騙す気マンマンで笑うんよ

:どこでレイナが違和感に気が付くかwwwww

:ダメだニヤニヤが抑えられないwwww

:ホンマ大工さんらには足向けて寝られんで

:それな

:けど嬉しいよな。魔法があっても昔からの技術が生き残るって

:せやな

:まあレイナが騙されてる事には変わらんのだけどな!

:wwwww


『はいと言う訳で我々サクラトリップは、これから四国八十八か所の巡礼へと参ります。どうかお楽しみに!』


 

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