第8話.彼女の懺悔
顔だけ上げて見た花蓮は力なくうつむいている。固く閉じられた
「言ってないこと?」
「う、うん……」
なにを言うつもりなのか、もう不安しかない。これから語られることに尻込みしながらも、僕は話を聞くため頭を上げた。ブランコのチェーンに手をかける。
彼女は目をつむったまま軽く顔を上げハーっと息を吐いた。そして目を開き、両膝にそれぞれ肘を突くと前で手を組む。うつむきがちのその顔はまだ不安げだが、話す覚悟を決めたようだ。
間を取るように小さく息を吐くと、ゆっくりとした口調で彼女は語り始めた。
「確かにね、三橋君には嘘告の隠れ蓑だって言ったけど……、本当は少し違うの」
昔の記憶をたどっているのか遠い目。
「あの頃……、中学の頃ね、三橋君ってイケメンで面白い人だって割りと女子に人気があって。実際、好きだっていう
確かに彼はイケメンではある。ただ、ギャルにはモテているみたいだけど、チャラ男として一般の女子からは避けられている感じだ。三年近くも前、昔はそこまで派手じゃなかったのだろう。
「だから私、そんな三橋君から好きですって、付き合ってくださいって言われてちょっと舞い上がっちゃって、正直その……、嬉しかったんだと思う。付き合ってみたいって思っちゃったの」
彼女だって女の子、普通に男子に興味を持つのは当たり前。僕はそのことを忘れてた気がする。
「だからね私、いいよって答えた。でも、どうせ嘘告なんだろうなって思ってたんだけど、三橋君はそう言わないし、もしかしてこれは本当なんじゃないかって思って……。表には出さなかったけど、心の中では嬉しくて飛び跳ねてた。ヤッターってね。すごくすごく喜んでた。騙されてるとも知らずに馬鹿みたいにね……」
自嘲気味にそう言うと少し涙ぐむ。
「花蓮……」
「それでね、付き合うことになって一緒に何回か帰ったの。私はものすごく緊張してて何も話せなかったけど、そんな私に意外にも気を遣ってくれたのか、三橋君はあれこれ色々話題を振ってくれてね」
なんか想像できる。恥ずかしさから真っ赤な顔でうつむきがちに黙って歩く花蓮と、焦りながらも必死に喋りかける三橋。
中学の時の花蓮が、三橋が、どんな子だったのかはよくは分からない。でも恐らく、二人とも今より純粋で
夢見る少女に不慣れな少年。そんな頃があったことを、彼女の過去を、僕は理解し受け止めようとする心がなかった。目の前の事柄に囚われ盲目になっていた。
「でもね、なぜかビックリするくらい楽しくなくって、なんか逆に疲れちゃうし」
乾いた声でハハハと笑う。
「それで、しばらく経った頃になって急に嘘告だって言われて、ああやっぱりそうかって。まぁ、その頃には私も付き合ってること自体、忘れかけてたんだけどね。でも、なんか悔しかったから、嘘告の隠れ蓑だって言ってやったの」
そう言って苦笑いしていた彼女は、すうっと険しい表情に変わった。
「やっぱり……、やっぱり嘘告からは恋は始まらないよね。まぁ、元々お互い好きなわけじゃないから、当然なんだけど」
そう言ってやれやれといった感じで肩をすくめる。おどけて見せてはいるけど、始まらなかった恋に少し残念そうに思っている感じがして胸がチクリと痛んだ。
彼女は上体を起こすと両手でブランコのチェーンを掴み、真剣な眼差しで僕を見上げる。
「でもね、私はあの時、一瞬だけど三橋君にときめいてたんだと思う。これから起こることに期待してワクワクしてた。だから、あれがノーカンなんてないよ」
彼女は立ち上がり僕の方に向き直した。対面した彼女はやはり大きく、久しぶりでなんとなく距離感が掴めない。そして、一度目を合わせると彼女はゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい。どうせバレないだろうと思って裕太を騙してた。ずっとずっと引っ掛かってて後ろめたかったけど、裕太に気に入られたくて嫌われたくなくて、私、嘘ついてた。本当にごめんなさい」
僕のことが好きだからこそついた嘘。嬉しい、悔しい、悲しい、どれもありそうで、どれも当てはまらない。なんとも言えない気持ち。
「裕太を追い込んだのは私のせい。私が最初からちゃんと話してれば、裕太が思い悩むことはなかったと思う。だから、この間のことは気にしないで。私が悪いんだから罵られて当然だよ」
きっとお互い、ほんの少し勇気が足りなかったんだと思う。本当のことを話す勇気、そして相手を信じる勇気が。
「わかった、もういいよ。ありがとう、話してくれて」
僕に嘘をついていた彼女、彼女を信じなかった僕、どっちが悪かったかなんて分からない。それに、嫉妬のモヤモヤだってまだ消えたわけじゃない。けれど、彼女は正直に話してくれた。言いづらいことを告白してくれた。今はそれでいい、そう思った。
これで、お互い正直に話してスッキリしたはず。この先どうするかは、これから話し合おう。でも、僕の心はもうすでに決まっていた。きっと彼女も同じだと思う。
ずっと頭を下げている彼女に上げるよう促す。けれど、それを拒否するように何故か彼女は首を横に振った。覗き込むと、まだ思い詰めた表情。
「どうしたの?」
「あの……、ごめんなさい。怒らないでね」
その言い方は嫌な話をする時だよね。
「えっと……、何のことか分からないけど、たぶん怒らないかな」
内容にも依るよ、と心の中で呟く。
「実は……、まだあるの」
「え"っ!? な、なにが?」
思わず変な声が出た。
「言ってないこと……」
怖い怖い怖い怖い怖い。まだ言ってないこと? これ以上なにがあるの? どういうこと?
わけが分からない。また一波乱ありそうだ。これから明かされる事柄に、僕は心から怯えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます