第7話.僕の懺悔
竹本と二人で帰りに駅前のコンビニに寄る。平内は今日も部活。それぞれアイスを買うと駐車場の車止めに座った。
「さすがにアイスはもう寒いね」
「あぁ、やっぱり中華まんにしとくんだったよ」
そんな他愛もない話をしていると、コンビニの脇から何やら話し声が聞こえてくる。僕たちと同じように、電車の時間までここで暇つぶしをしているようだ。
「えっ!? マジで!? なんでそんなことに」
あれ? この声……、三橋?
「どうやら、飯田が面白がって色んなやつに話したみたいでさ、それで尾ひれが付いて広まった感じ。なんでも、今も関係は続いてて、最近調子が落ちてるのはお前が妊娠させたからだって話になってるぞ」
やれやれといった言いよう。
これって例の噂のことだよね。なるほど。噂の元は飯田だったのか。
「くっそ、あいつふざけんなよ!」
「まあまあ。で、実際どうなんだよ?」
「どうって、妊娠どころか高校であいつと会ってもねえよ」
野口さんのことを疑っていたわけじゃないけど、当事者の口から噂が嘘だと聞いて僕は改めてホッとしていた。
高校に来てから会っていないということは、僕と交際していた時には関係がなかったということか……。意味もなく安堵している自分がいる。
「やっぱりな。俺も妊娠はさすがにないだろうなぁとは思ってたよ」
「あたりめえだろ。なぁ、頼むよ。お前からも噂は嘘だって言ってくれよ」
「うーん、今から火消しすんのは難しいんじゃないか? だってセフレだったんだろ? 話が全部嘘だってわけじゃないんだしさ」
この話は何度聞いても気分が悪い。僕は聞こえない位置まで移動しようと立ち上がった。
「広瀬、どうした?」
「あっ、いや、あっち……」
駅裏広場に移動しようと竹本に言おうとしたところで、気になる言葉が耳に届く。
「いや……、そのことなんだけどよ」
ん!?
「まぁ、確かに嘘告してあいつと付き合いはしたけど、実は一回、いや二回くらい一緒に帰っただけなんだよな」
――えっ!? この話、花蓮が言っていたのと同じ。
「あぁ? なんだ、やってねえのか。じゃあ、なんでこの前はあんなこと言ったんだよ。お前が変なこと言わなけりゃ、おかしな噂にもならなかったのにさ」
「いやまぁ、確かに俺もちょっと調子に乗ってたけどよ……」
「何があったんだ?」
話しづらいことなのか三橋は少し間を置く。そして、しばらくすると言い訳じみた感じで話し始めた。
「だってあいつ、嘘告だったって言ったら、分かってたって、他のやつからの嘘告が面倒だから俺を隠れ蓑にしてたって言いやがってさ。まぁ、結局、俺が騙してると思ってたら逆に利用されてたわけよ」
「ハハッ、なんだそりゃ」
「あのゴリラに騙されてたなんて恥だろ? だから咄嗟にさ」
あぁ、そうか、そういうことだったのか……。
「まぁ、気持ちは分からなくもないけど、自業自得だな」
「マジで頼むよ。彼女の耳に入ったら、俺殺さ――」
気がつくと僕は走り出していた。
「あっ、ちょっ、裕太! どうしたんだよ!」
「ごめん、忘れ物!」
くそっ! くそっ! くそっ! なにやってたんだ僕は! なんで花蓮を信じてあげられなかったんだ!
愛しい彼女とチャラ男、本来なら比べるまでもないはずなのに僕は……。
下校時刻に駅へと向かう多くの生徒とは逆に、一人学校へと続く坂道を駆け上がる。すれ違う生徒が何事かと不思議そうに僕を見ているけど、そんな視線を気にせず走り続けた。
走り始めて三分も経たずに息が上がる。胸が苦しい。丘の上の校舎は見た目はいいし屋上からの眺めも最高だけど、こんな時は恨めしく思ってしまう。
てか、運動不足すぎだろ僕。
どうにか体育館の外扉まで来た時には、もう息も絶え絶え。扉に手を突いて体を支えると花蓮を探し始めた。怪我をしているとはいえ真面目な彼女のこと、きっと部活には顔を出しているはずだ。
体育館では、多くのバスケ部とバレー部員がキビキビとした動きで練習をしている。いつも目立つ彼女もここでは割りと普通の人。なかなか見つからない。
「ねぇ、何か用?」
不意に後ろから声をかけられた。これから部活なのか片手にタオルを持った女子。怪訝な顔でジロジロと僕を見ている。ハァハァと荒い息づかいで女子部を見ていれば当然か。
「あっ、あの、か……、水島さんは?」
「水島……、あぁ、花蓮? あの
「えっ!? それっていつ?」
「さっきだよ。うーん、十分くらい前かなぁ」
学校から駅までは歩いて十五分。最短ルートで来たから、十分前なら途中で会っているはず。まだ校内にいるのか……。
僕は彼女にお礼を言って部室棟に向かった。
「あっ! 野口さん!」
途中の渡り廊下で野口さんを見つけ急停止。
「広瀬君。どうしたの?」
「水島さんに……、花蓮に話があって」
突然の僕の登場に彼女は少し驚いていたが、小さく息を吐くとすぐにいつもの柔らかい表情に変わった。
「帰ったはずだよ。部室にもいなかったし」
やっぱり帰ったのか。
「そっか……。ありがとう、じゃあ」
「あっ、広瀬君!」
走り出した足を止める。
「花蓮のこと、お願いね」
僕の手を取った彼女は何故か少し切なそう。目には薄っすら涙も見える。これで花蓮が救われるかもと喜んでいるのか、それとも自分では彼女の力になれないと無念の気持ちなのか。嬉し涙、悔し涙、どっちなんだろう。
どちらにしても彼女は花蓮を想ってのこと。僕は大きくうなずいた。
学校を後にし、僕はある場所に向かっていた。途中ですれ違わなかった、校内にはもういない、ということはきっとあそこだろう。駅へと続く下り坂を逸れ、住宅街を駆け抜ける。
ヘトヘトになりながらたどり着いた先は、いつも待ち合わせをしていた公園。奥からは聞き慣れた金属の擦れるキーコ……、キーコ……、と寂しげな音が聞こえてきている。
息を整え、ハーっと一度大きく息を吐いてから園内に足を踏み入れた。夕日に照らされ大きく伸びたブランコの影が、公園の端から僕の足元まで届いてきている。左手には包帯、見慣れていたはずの大きな後ろ姿は以前よりも小さく見えた。
彼女は僕に気づいていないのか、相変わらずキーコ、キーコとブランコを漕ぎ続けている。隣のブランコのそばまで来ると、気づいた彼女が僕を見上げた。そして、ズザーっと足で止める。
「裕太……」
「花蓮、ごめん!」
僕は深く頭を下げた。
「どっ、どうしたの? 急に」
「花蓮のこと信じてあげられなかった。本当にごめん!」
僕は地面を見続ける。
「三橋から聞いた。花蓮が言ってたように何回か一緒に帰っただけだって、体の関係なんてなかったって。付き合ったのも、嘘告の隠れ蓑だったって。花蓮のこと、信じようとしなくてごめん! ちゃんと話を聞かなくてごめん! ひどいこと言って本当に、本当にごめん」
しばらくそのまま沈黙が流れた。頭を下げ目も閉じているので彼女の様子は分からない。
「裕太、頭を上げて」
僕はそれでも頭を下げ続けた。謝罪の気持ちを言葉だけでなく態度でも示したかった。
「本当にごめん……」
「もういいから、分かったから、頭を上げてよ」
「違うんだ」
「えっ!? な、なにが?」
僕は頭を下げたまま目を開ける。目の端に彼女の足が見えた。全てを包み隠さず話すのは怖い。でも、話す覚悟があるから僕はここに来たんだ。
一度目をつむりスゥーっと息を吸った。ハーっと吐き目を開ける。
「花蓮のこと、みんなと同じように馬鹿にしてた。心のどこかで下に見てた……」
「えっ!?」
「いつも嘘告を受けてる花蓮が、過去に誰かと付き合っているはずないって、僕以外の人が花蓮と付き合いたいなんて思わないって、そう思って花蓮のこと無意識に見下してたんだと思う」
「……」
「だから……、だから僕は花蓮が誰かと付き合っていたことが悔しくて、何も経験のない自分が情けなくなって恥ずかしくなって、花蓮や三橋に嫉妬して、自分の気持ちを慰めるためだけに花蓮を罵ったんだ。本当に、本当に最低なやつなんだよ僕は」
「裕太……」
僕は頭を上げた。彼女は怒っている様子も軽蔑するような視線もなく、ただただ悲しそうな表情を浮かべている。
「許してくれなくてもいい。ただ、花蓮は何も悪くない、悪いのは間違っていたのは僕の方だってことを伝えたかったんだ。本当にごめん」
そしてまた頭を下げた。彼女は何かを考えているのか、しばらく黙っている。
「……裕太、本当にもういいから」
困ったような諦めのような声。
「よくないよ」
「いいの。わ、私も、私も言ってないことがあるし」
「……、……、……、えっ!?」
僕は腰を曲げたまま顔を上げた。
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