うさぎ

川谷パルテノン

牛丼屋

「月にうさぎいるって知ってた?」

「えー、聞いてないんだけど」

「いるんだって」

「ふーん」


 若者が無茶苦茶どーでもいい話をどーでもよさそうに話している。耳が離せない。


「うさぎってさ宇宙でしんどくないのかな?」

「どゆイミ?」

「呼吸的な」

「あー、しんどいでしょ」

「だよね」


 最高まである。神に感謝したい。この巡り合わせを限りある人の生涯の中で与えたもうたことを感謝したい。くだらない世の中が輝きはじめる。


「宇宙はさロケットでいくじゃん?」

「ジョーシキ」

「だったらさうさぎはさロケットで行ったんだよね」

「いや、うさぎはロケットつくれないでしょ」

「そっか」


 今日まで本当にひどい人生を送ってきた。受験に失敗し長きにわたる浪人時代を経てようやく掴んだ進学。ところがその先に待っていたのは不況に伴う就職難。もともとこれといった才能を賜れなかった可哀想な自分は類に漏れず採用は中々決まらなかった。決まった時は何かが変わる好転すると信じて浮き足立ったものの一年と続かず、その後も何度かの転職を経て今はバイトリーダーになった。リーダーなどと名付いてはいるが要は社員が面倒がる仕事を押し付けられ粟を食わされているに過ぎず下は下で俺のことを歳食った産廃だとでも思っているに違いない。孤独だった。たまに日の出ているうちから退勤する日の牛丼を食った後の夕焼けだけが優しかった。今日も今日とてバイト終わりに寄った此処である。だが今日はいつもとひと味違う。明らかに俺より馬鹿な若者が馬鹿な話を馬鹿そうに喋っている。こんなに恍惚なことはない。うさぎが月にいるだと。いるわけねえだろ馬鹿がよ。ロケットで宇宙に。勝手に行って来いっつうの。最高だ。神様、俺を見捨てないでいてくれて本当にありがとうございます。


「仮にだよ? うさぎがロケット製造技術をもってたと仮定するじゃん だとしてさ月に到達するのって全然簡単なことじゃないんだよ」

「それはそう 日本だってつい最近だっけ ようやく打ち上げが上手くいってまだわかんないけどこのまま順調に行けば初の月面着陸かって言われてるよね」

「そう そうだよ じゃあうさぎの技術はさ今の日本より圧倒的に上だったってことになる インドがこの8月に月の南極側に辿り着いたってニュースを見たけどそれよりも進んでたってことなんだよね」

「じゃあさ うさぎが月に着いてから何したか知ってる? 餅つきだよ 餅 各国はさまだまだ未知の部分が多いとされている月の実態をどこよりも早く調査しようと凌ぎを削ってるのにうさぎは餅つこうってなったわけ あたしは逆にこの屈託のないピュリスムに成功の鍵があったんじゃないかなって思うんだ」

「あながち侮れないよね 餅つきって地球でも出来るじゃん だけど月でつこうってまあくだらないダジャレだけどさ それでロケット作って実際成功させて事実餅をついた 人類にしてみれば由々しき事態なわけだけどでもある意味その焦燥感が遅れを取ったわけ うさぎはさ人間なんて見向きもしてないんだよ ただ自分たちがやりたいと感じたものに対して真っ直ぐに向き合ってそれを実現させた 学ぶべきことしかない」

「あたし頑張るわ まだ10年そこそこしか生きてないけどこれがあと10年20年経って泣きたくないもんね うさぎありがとう気づかせてくれて」

「うちも じゃあ帰ってもっと宇宙工学について勉強するわ ねえ、将来一緒に月へ行く約束 忘れないでよね」

「あったりめえじゃん あたしら仲間でしょ」


 ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うさぎ 川谷パルテノン @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る