ミツバと

 世の中のいじめっ子を肯定はしないが。

 いじめっ子というのは、自覚がないものらしい。


 ミツバは典型的なタイプで、腹を殴ったり、足を蹴ったりはしてくるが、決して陰湿な真似はしてこなかった。


 本人からすれば、暗くてジメジメした奴をからかってる程度なんだろう。何となく、彼女の言動や普段の振る舞いから、それは伝わっていた。


 ミツバは、良くも悪くも裏表がない。


「え。ミツバさ。そいつにメッチャ絡むね」

「奴隷だもん」

「趣味悪~」


 オレはいつもミツバの後ろを付いてまわった。

 人形みたいに喋らず、棒立ちしてるだけだったけど。


 オレとミツバの関係は、周りから見ても特殊だったのが窺える。

 ミツバに振り回され、一緒にご飯を食べて、「臭いから」と、銭湯に連れて行かれたり、二人でつるんでいた。


 ミツバが空手を習っているのは本当だ。

 チャラチャラとした牧野に似た男は、ミツバの顔や体には鼻の下を伸ばしても、腕っぷしには敵わなかった。


 しつこく絡んだ時は、アバラの骨を折ったこともあった。

 オレへの暴力がいき過ぎても、止めるために顔を蹴り飛ばした事があった。


 強かった。


 そんな彼女に町中華を食べている時に聞かれたことがある。


「アンタさ。夢とかないわけ?」

「……ない、かな」

「何でもいいから。やってみれば? 余計なお世話かもだけど。ウジウジしてたって、地獄見るだけよ」


 その日から、オレは何がしたいかな、と考えるようになった。

 考える時は、決まって海の見える場所。

 家ではない。


 小説を書いてみようかな、なんて軽い思い付きで始めた。

 書くときは、親がいない時間を狙ってパソコンを起動した。


 書いて間もなく、困った事が発生。

 ファンタジーにしろ、エロにしろ。

 何にしても、オレのヒロインは必ず『黒くて長い髪』の子になった。


 小説投稿サイトに上げたことだってあった。

 受けは良くない。

 世間では、『強い女の子』を求めていなかった。


 筋肉が締まっていて、バイオレンスで、強くて、芯のある子。

 一人は好みそうなものだが、全くといって受けは良くなかった。


 他の人みたいに、金髪で巨乳のヒロインをイメージしようと試みた。

 他のイメージだって浮かべてみた。


 すると、何も書けなくなったのだ。


 高校二年生になると、小説はたまに書いてみる程度となった。

 ミツバは「行くよ」と、腕を引いて、色々な店に連れて行ってくれた。


 助かるけど。

 オレは返せるものが何もなかった。

 せめて笑おうとは心掛けた。

 でも、段々と苦しくなって、落ち着かない日々を過ごした。


 ミツバとの特殊な関係は、卒業式まで続いた。


 桜の咲く、緩やかな坂道。

 みんなは笑い合ったり、泣き合ったり、忙しそうだった。


 ゴリ松は女の尻を追いかけて、他の奴と楽しげに笑ってた。


 オレはお腹が空いて、涙なんか出なかった。

 坂道を歩いていると、後ろから背中を叩かれた。

 振り向くと、ミツバがいた。


「今日暇?」


 ミツバから離れた場所には、つるんでるグループがいた。


「今日は、……ちょっと」

「あー、そっか。うん。分かった」


 オレは嘘を吐いた後、謝った。

 ミツバとは、これっきりだ。


 これ以降、会うことはなかった。

 連絡先だって知らない。


 本当は、……もっと話したかった。

 対等に話せる関係でいたかった。

 普通を装うのが辛かった。


 オレは、その瞬間にだって、死にたいと心から思っていた。

 消えてなくなりたい、と。


 お金があれば、対等になれるんじゃないかと思った。

 軽く考えた結果、何となく小説が浮かび、印税があればな、と思っただけだ。


 恋人じゃなくていい。

 結婚なんかしなくていい。

 オレは、ミツバと一緒にいたかった。


 気兼ねなく遊べる関係になりたかった。

 それが手に入れば、他の事なんて、どうでも良かった。


 そして、高校生活が終わり、オレの時間は止まった。

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