真っ直ぐ
「アンタさぁ……責任取りなさいよ……」
「は?」
道を歩いている最中に、不知火がそんなことを言ってきた。
今、オレ達は弁天さんに案内され、閻魔の元へ帰る途中だった。
天国の最北に、家へと繋がる一本道があるとのこと。
来た道を戻ればいいのではないか、と思ったが、せっかくご厚意なので断る事はできなかった。
道の途中で立ち止まると、あられもない姿の不知火が二の腕を抱いて、歯を食いしばっていた。
現在、不知火は着物を脱いでいる。
そして、下は太ももが見えるほど短いショートパンツ。
上はへそが見えるぐらい丈の短いキャミソール。
せめて、露出を減らそうと着ている黒のシアーシャツは、透け透けである。
事の経緯を説明すると長くなるが、早い話、彼女の着物は倒れている牧野を持っていくための風呂敷代わりに使っている。
「信じられないわよ。ベタベタ触られて……。汚い物いっぱい見せられて。いきなり抱き着いてくるし。こんな格好させられるし。……凌辱じゃない」
オレ達は顔を見合わせ、「違うぞ?」と否定する。
「つうか、お前スタイルいいんだから堂々としてりゃいいじゃん」
性格の悪い不知火は、スタイルだけは本当に良かった。
ほっそりとした体形で、無駄な肉が一切ついていない。
着物を脱いだことで、小顔が強調され、周りの男たちは不知火に釘付けだった。
ゴリ松の言葉に眉を釣り上げると、不知火は吠えた。
「バッカじゃないの⁉ この格好見てよ!」
「ええ。私が若ければ、……ふむ。いえ、あり得ませんな」
外見の魅力に傾きつつあった住職は、たぶんだけど性格の悪さを思い出して、思い止まった。
「痴女じゃない! 頭おかしいわよ!」
「だけど、それしかまともな服は……」
「ええ。他にまともな服を探しましたが、他のは胸の所に穴が空いていたり、少々刺激が強かったので……」
「ねえ。着物は、誰が脱がしたの?」
オレは弁天さんを見た。
さすがに興味ない女の裸を見るほど、オレは節操なしじゃない。
そして、興味がない証拠は、今の心の状態にあった。
くびれのある、とても艶めかしいであろう姿を見ても、オレの心は何も反応しなかった。
静かで、穏やかで、満たされていた。
「あー、ウチは止めたんだけどぉ。まあ、……ねえ」
「やっぱ、アンタ達が原因じゃない! 責任取ってよ! もうお嫁にいけない!」
「いい加減にしろよ! お前、嫁にいかねえだろ!」
「いくわよ! 私の手足となって働く男を見つけて、仕方なく結婚してあげるの!」
言った傍から、性格の悪さが露呈する始末だった。
オレは死体の運搬を再開し、結び目を持ちなおす。
「いいから行こうぜ」
「待って! 間に入らせて。注目されたくない」
ぐいぐいと間に入ってこようとする不知火。
可愛そうなので、住職とオレの間に入れてやる。
自分の身を抱いて歩く不知火は、頻りにこっちへ振り向き、オレを睨みつけてくる。ブツブツと独り言を呟き、「アンタだけは許さない」とか、「復讐するんだから」とか、憎しみに燃えていた。
視線に耐えながら、歩くこと数十分。
オレ達がやってきたのは、寺院だった。
大きなものではない。
小さくて、古びた神社だ。
境内は荒れ放題で、雑草がそこらかしこに生えている。
穴だらけの襖が前方に見えた。
社の所にまで歩くと、弁天さんが襖を開けてくれた。
「え、……ちょっと、……ここって」
「いいって。もう。お前、うるさ過ぎるんだよ」
「ねえ。聞いて。なんかおかしいって」
舌打ちをして、オレは不知火の肩を押した。
もう小言は懲り懲りだった。
聞きたくもない。
オレはあたふたとする不知火を無理やり押し込むと、社の中に入った。
社の中は、何もなかった。
3畳半ほどの広さで、中は狭い。
仕方なく、牧野の体を折りたたませ、外で待つ弁天さんにお礼を言う。
「弁天さん。本当にありがとう」
「ん。いいよん」
「あの、それで、……奇跡の事なんだけど。ミツバって女が、もう現世に戻ってるはずなんだ。黒い髪で、ポニーテールにしてて。背が高いから、すぐに分かるはず。あ、腹筋とかも、すっごい割れてるから。すぐに分かるよ。だから、頼む。一生のお願いだ。ミツバだけは、奇跡の力で何とか、幸せな方に向かうようにしてくれ。ツバキさんに、……どうか」
オレは深く頭を下げた。
「この通りだ。頼む」
何か言いかけた不知火の足を踏みつけ、オレはずっと頭を下げ続けた。
後ろから不知火の逆襲に遭おうとも、頭を下げた。
「……分かってる。説得はちゃんとするから」
「ありがとう!」
ゆっくり、頭を上げると、弁天さんは笑っていた。
「アンタ、本当にいい男だね」
「世辞はいい。ミツバに奇跡が起きたら、それで」
「……どんどん、背中が白くなってるよ」
「言ってる意味は分からないけど。本当に頼む。しつこいけど、それだけ必死なんだ」
「あいよ。じゃあ、アンタの方もよろしくね。そいつ、地獄行きだったから、真っ直ぐ運んでくれる人いるの助かるよ」
襖が閉められた。
戸を一枚隔てて、弁天さんが言う。
「
次の瞬間、空間が下に落ちていく。
例えるなら、エレベーターで降下してる感覚だ。
「……やっぱり。ねえ! 違うの! 私たち――」
襖が見えなくなり、オレ達は暗い底へと落ちていった。
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