???
検挙
細い指先が首輪を絞めつけてくる。
「なあ、謝ってるだろ! 許してやれよ!」
「そうですぞ! 牧野さんの一件は仕方なかった。望んで、ああなったわけではない!」
歯を剥き出しにした不知火が、目の前にいた。
目には涙を浮かべ、釣り上がった目つきがさらに鋭くなっている。
たくさん涙を流したのだろう。
鼻水が出ているのに、彼女は拭おうとしなかった。
「ごろ、じでやるぅ~~~~~っ!」
「っごはぁ、かはっ」
背中には鉄格子の冷たい感触。
不知火が前から首を押さえているので、身動きが取れない。
何よりシャレにならないのは、不知火が片手に持っているものだった。
アイスピックだ。
尖った先端をオレの顔に向け、振り下ろす直前のまま、他の男たちに押さえられていた。
筋肉隆々の男が5人がかりで、やっと止まるぐらいだ。
鬼とは恐ろしいもので、本当に力が強かった。
「離してやれって!」
ゴリ松が後ろから引っ張り、住職がアイスピックを取り上げたことで、ようやく不知火が崩れ落ちた。
「ひっく……っ。酷い。どうして私ばかり、こんな目に……」
本気で泣いている。
こいつの事は嫌いだが、追い討ちを掛けるほど、オレは鬼ではない。
「けほっ。ごほっ。……ハァ、ハァ。不知火」
「アンタなんて嫌い。大っ嫌いよ!」
「知ってるさ。でもな、聞いてくれ」
両肩を掴んで、オレはうな垂れる不知火に真実を突き付けた。
「奴を止めなかったら、どうなっていた?」
「ぐすっ」
「被害者が大勢出ていたんだ。それを食い止めたのは、――お前だ」
ジロッとした目で見上げてきた。
今更、こんな目つきにビビるオレではない。
「性格の悪さから、女性を主語にしていた頃とは全く違う。女性ではなく、お前が、あいつを止めたんだ」
顎をしゃくり、不知火は小刻みに震えた。
オレのスピーチに感動したのかもしれない。
でも、お涙頂戴はまだだ。
オレの説得に加えて、ゴリ松が誇らしげに笑い、隣にしゃがみ込んだ。
「カッコ良かったぜ。不知火。お前は、性格が悪いし、クソフ〇ミだとしか思っていない。だが、その中でも、お前は一番カッコいいよ」
「同感ですな」
住職は反対側にしゃがみ込んで、微笑みかける。
「現代人の悪しき風習に流されず、あなたは立ち上がった。古き良き
オレ達は不知火を誇りに思った。
口先だけで終わらせる輩なんて、世の中にたくさんいる。
でも、不知火は違った。
己の足で立ち上がり、巨悪をその手で打ち破ったのだ。
「お前は、オレ達の仲間――」
掴みかかってきた猛獣の角を押さえ、オレは顎を引いた。
間一髪の所で、角が目に刺さる所だったのだ。
「ふぐっ、ぎぎいいいい!」
「おい! 早くこいつを押さえろ! 油断も隙もない奴め!」
馬乗りになった猛獣はオレを殴ろうと拳を振り上げた。
さすがに、不知火のパンチを食らったら、骨が砕ける所ではない。
素直に恐怖した。
人を助け、人を殺す者。
まさしく、人ならざる者の所業である。
「はいはい。そこまで」
拳は、頬から数センチの辺りでピタリと止まった。
顔をずらし、不知火の腕を見ると、何やら別の手が肘を引っ張っているではないか。
「随分と時間が掛ったねぇ」
「べ、弁天さん」
傍には、弁天さんが「やれやれ」といった様子で立っていた。
頃合いを見計らって、中に来てくれたのだろう。
「で、これは、どういう状況?」
オレ達は大嘘を吐いて、今あったことを話す。
「実は、不知火の奴が、……そこのウマヅラに襲われ掛けていたんです」
ゴリ松に目配せをすると、合点承知の意を目の奥に宿し、大きく頷いた。
「女が襲われていたら、助けるだろ。ただ、取っ組み合いになっちまったからさ」
続いて、住職。
「ステージに上がるため段差がありますでしょう? そこに、大事な部分をぶつけたんです。ええ。悲劇ですよ」
話している間にも、角が顔をチクチクしてきたので、いい加減腹が立ってきた。少しでも奴の攻撃を軽減させるため、オレは見様見真似で格闘家がやるように、不知火の腰に両足を回した。
角と角の間に顎を置き、両腕を回してガッチリ固定。
何か言っていたが、そんなことは知った事ではない。
「そ、そっか」
弁天さんは苦笑いをしていた。
「んー、今までは、ここを大目に見ていたけどぉ」
弁天さんは店内をぐるりと見回し、肩を竦める。
「ウチらのお庭で、変な騒ぎを起こされたらねぇ。困るなぁ」
この一言に、周囲が食いつく。
「なっ――。悪いのはそいつらだ!」
「そうよ! いきなり暴れ回ったのよ!」
弁天さんは無視して、手を叩く。
すると、入口の方からいくつもの足音が聞こえてきた。
「全員背中を見せてね~。人間の質が落ちた者は――」
にっこりと笑い、弁天さんは宣告する。
「地獄行き、……ね」
一斉検挙が始まったのである。
ちなみに、猫のように大人しくなった不知火は、なぜか気絶していた。
顔は血のように真っ赤。
しかも、熱があるのか、とても熱かった。
弁天さんいわく、「この子耐性ないから」とのことらしい。
全く、人騒がせな女である。
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