半々
「くそ! どけよお前ら!」
「犯罪者が隔離されてんだよ! 警察が来るまで閉じ込めなきゃ!」
弁天さん達は治安を守っている以上、警察なんて馴染みのある言葉で呼ばれているみたいだ。
後ろでゴリ松が暴れているみたいだが、男たちと取っ組み合いしているらしい。呻く声と踏ん張る声が聞こえてくる。
住職は檻にしがみつき、「その蛇は毒がありません!」と叫んでいるが、そんなことはどうでもよかった。
無駄のない洗練された動きで、するすると目の前に来られてみると、人は身動きができない。
「オレを……食べるのか……」
「いや、食べませんよ! よく見てください! その蛇、30cm程度ですよ! 小さい方です!」
蛇はオレの一番大事な部分と睨めっこをしていた。
おかげで、目が離せない。
舌先をチロチロと伸ばす様が恐ろしく、いつ噛まれるか、分かったものではなかった。
さすがにアレを噛みつかれる経験はしたくない。
「おら! 噛めや! そいつのポコ〇ン噛み千切れ! 食い殺せ!」
「あなたまで何を言ってるんですか! アオダイショウは温厚な蛇ですよ! というか、サイズ的に食われませんって!」
蛇がゆっくりと這い、オレの太ももに上がってきた。
背骨に穴が空くくらい、ゾッとする感触だった。
冷たいのだ。
冷たく、こんにゃくみたいのが独りでに動き回っている感触だ。
――やべぇ……。
オレは自分の分身に異変が起き、絶望した。
息子が急激に成長したのだ。
蛇に欲情するほど、オレは愚かではない。
なのに、反応を示した息子に心から戸惑った。
蛇がピクリと動き、オレのブツと睨めっこをする。
「ち、違う。お前には、何も反応していない。こいつが、勝手に動いただけなんだ。許してくれ……」
蛇が成長する息子と対面し、頭を持ち上げた。
噛むのだろうか。
想像を絶する痛みに違いない。
――待てよ。聞いたことがある。
――男は死ぬ直前、確か子孫を残そうとして、勃起してしまう。
オレは――死ぬのか?
まだ、ミツバに何もしてやれてない。
「頼む。許してくれ。オレは、帰らないといけないんだ。向こうに、お前の好きな男がいる。あいつなら、食べてもいい。だが、オレだけは……オレだけは見逃してくれ……」
蛇と睨み合う中、背中に硬いものが当たった。
何度も、軽くツンツンとしてくるが、オレは振り向くことができない。
「ねえ。頭掴めば?」
「無理だ……。蛇は触っちゃいけないんだ……」
「いやいや。頭掴んで、押さえれば?」
不知火が何てことないように言ってくる。
「お前は鬼だからできるんだ。蛇を掴むなんて、人間のやれることじゃない。化け物だ」
体の芯が冷たくなってきた。
体温が急激に下がり、息がまともにできない。
極度の緊張状態で、手足が震えてくる。
蛇が乗っている状態で、震えはマズかった。
ひょっとすれば、余計な刺激を与えることになり、怒るかもしれない。
「目の前に手を置かなければ噛まないって」
「……黙れ……黙れ……」
「ウナギ知ってる? ヌルヌルするでしょ? アレと同じで、軽く親指の爪でね。頭を押さえるの」
「お前は……化け物だから……できるんだよ……ッ! 人間と化け物は――違うッッ!」
後ろから舌打ちが聞こえた。
蛇は話している間に、オレの息子を跨ってきた。
点滅する明かりに照らされた体は、さながら虹色の光沢を帯びた細紐の様であった。
奴は悪戯をする童のように赤い舌を震わせ、オレを挑発してくる。
その様を言葉で表すならば、『YESロリータ・NOタッチ』という言葉が適切だろう。
童は愛でるものであり、触るものではない。
青い鱗の中に、黒い点線が入った模様を見ていると、オレは遠い過去の日に、ミツバが「うりぃ」と、黒い靴で蛇をからかう光景を思い出すのだ。
そして、現実はいつだって非情な女の声で破られてしまう。
「や、だから、掴んで向こうに投げて! アンタ、ほんと、何なの⁉ さっきは、……ちょっとカッコ良かったじゃん」
「黙れ」
蛇はオレの息子を通過し、太ももの反対側を通り、隅っこに向かう。
長い尾が敏感な部分を撫でていく、その時をオレは逃さなかった。
「うおおおああああああ!」
全力で床を転がり、オレは牧野の方に向かった。
「ほ、あ、く、くん――」
「だああ!」
火事場の馬鹿力と言うやつだろう。
オレは――。
オレを守るための犠牲を欲した。
ナイフを向ける直前、偶然相手の手首辺りを叩いてしまい、すぐに後ろへ回り込む。
「ハァ、ハァ、……オレは、お前を許さない……ッ!」
床を滑ったナイフは、檻の格子にぶつかる。
それを住職が外から手を伸ばして掴むと、「取りました!」と叫んだ。
刃物がなくなったら、こっちのものだ。
「触んじゃねえ!」
ぺてぃっ。
牧野が振り上げた拳が、オレの頬に当たる。
その瞬間、感触と衝撃から与えられた情報に、目を丸くしてしまった。
――あれ? こいつ、オレと同じだ。
牧野は、見た目こそ、まあまあ鍛えているであろう、チャラ男である。
ところが、腕力は怒った子供が母の頬を叩くが如し、柔らかいものであった。
つまり、物理的に全く強くないのである。
「なるほどね」
実力差は互角。
オレは決めた。
「お前の服を脱がす。それで、半々ってところか」
己の体を守る衣服を脱がさねばなるまい。
衣服を着ているから、あの滑らかな感触を味わわずに済むのだ。
蛇の艶に意識が向かないのだ。
「第二ラウンドと行こうぜ」
オレは牧野に目掛けて、猫パンチを振り上げた。
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