類は混乱を呼ぶ

 オレは両手を前に出し、そっと檻の中へ入っていく。


「落ち着け。もう何もしない」


 なんて言いながら、オレは牧野をなだめようとした。


 牧野は確かに許せない奴だ。

 世間一般ではクズと呼んで差し支えない男だろう。

 本来、オレはこんなやつ相手にキレられるほど、肝っ玉が太くない。


 なのに、カッとなって酒瓶で殴るなんて凶行をしてしまった。

 弱さも原因の一つだ。


 ――くそ。理性がヤバくなってる気がする。


 衝動が抑えられないとか、シャレになってなかった。

 ともあれ、オレは両腕を広げ、何も持ってない事をアピールした。


「な? 何も持ってない」

「うるせえ! こっちに来るんじゃねえ!」

「今、殴ったのは悪かったよ。でも、どうせ死なないだろ?」

「そういう問題じゃねえんだよ!」


 牧野はナイフを持つ手が震えていた。

 表情は怯えきっており、歯がカチカチとなっている。

 遅れて恐怖心が込み上げてきたか。

 オレも弱いから分かるよ。


 ふと、オレは牧野の顔を濡らす、赤い液体に違和感があった。

 その真っ赤な液体は、よく見れば血ではなかった。

 紫色が混じったような、赤色をしているのだ。


 ――ワインか?


 オレはオレで、半分意識が霞んだ状態で殴ってしまったから、どういう殴り方をしたか、自分で分かっていなかった。


 もしかしたら、飲み口の方で殴ってしまったかもしれない。


「なあ。頭の怪我大丈夫か? 手当てしようぜ」

「ふーっ、ふーっ。クソがァ。おい! お廻り呼んで来い! ここに不審者がいる!」


 牧野が仲間たちに叫ぶ。

 その直後、後ろから物音がした。


 ギギギ……ガチャ……。


 檻の扉が閉められたのだ。

 見れば、男が三人ほどゴリ松を押さえている。

 その間、逃げ出した女が檻の扉を閉め、外から鍵をしていた。


「な――」


 ハッキリ言おう。

 全員、パニック状態だった。

 見るからに焦った表情。

 目は大きく見開いて、あたふたとし、理性的な行動を取っている連中が誰もいない。


 お廻りさんを呼ぼうとした牧野が、発狂して叫んだ。


「何やってんだよぉ! 殺人鬼と一緒に閉じ込めやがってぇ!」

「え、でも、だって、逃がしちゃ、いけないから」

「い、いいい、今、人を呼びに行ったから」


 全身タトゥー塗れの妖艶な女性があたふたとした。

 続いて、全身真っ黒に日焼けした、筋肉隆々の厳つい男が、ドモりながら牧野を落ち着かせようとする。


 集団ヒステリー、で合っているだろうか。

 混乱が混乱を呼び、次から次へと変な行動に出る者が続出した。


「あ、ね、ねえ! 蛇! 蛇持ってきたから!」

「はあ⁉ ナンデェ⁉」

「そいつ、殺さないと! これ、毒蛇!」


 おいおい。

 オレは檻に張り付いて、口を手で塞いだ。

 周りが混乱する中、後ろからは住職の声が聞こえた。


「マズいですぞ。まさかの展開です! 見た目は麻薬や暴力に塗れてそうな人たちが、まさかの耐性なし! 一発で混乱が起きましたぞ!」

「み、見りゃ分かるよ」


 結論から言うと、人は混乱を起こすと、本当にアホな行動を取ってしまう。それが積み重なると、最早狂気であった。


「おい。住職。あれ、止めてくれ! どっから持ってきたんだよ。蛇、持ってる奴いるんだけど!」


 顔が傷だらけのマスターが、両手にを持っていた。

 体長は定かでない。

 とにかく長い蛇だ。


「あれは、うぅむ。何の蛇でしょう。見えませんな」


 檻の中は、せいぜい4畳半の広さ。

 この狭い空間に牧野と閉じ込められたオレは、錯乱したマスター風の男により、蛇が投下された。


 しかも、蛇は機嫌が悪いらしく、マスターの手を噛み、雑な感じに檻の中へ押し込められる。


「いで!」


 人だかりは、一気にマスターの方に集中し、「手当しないと!」などと、さらにパニックを起こしている。


「……アオダイショウ……ですかなぁ」


 住職が何か言っているが、オレは檻に張り付いて、腹の底から叫んだ。


「うわあああああああ! 蛇だああああああ!」

「ひぎぎぎぎ! んぎいいいいい!」


 牧野は顔面を左右に振り、生まれたての小鹿みたいに足を笑わせる。

 そして、オレは苦手な蛇を目の当たりにして、腰を抜かしそうになった。


「やべえ! やべえって!」


 蛇はみんな毒を持ってる。――というのが、オレの見解だ。

 ステージに投げ込まれた蛇は、うねうねと気色悪い動きで這いずり回った。

 見る者に不快感を与え、不幸にする存在。

 嫌悪感がやがて恐怖へと変わり、オレを絶望の淵に立たせた。


「落ち着いてください! あれはアオダイショウといって――」

「うるせぇ!」


 落ち着こうと必死になってるのに、ごちゃごちゃ言わないでほしかった。


 光る床の上で、舌をチロチロと出す蛇。

 オレと牧野は、究極軟体生物を挟み込む形となった。


「く、くるな! 来るんじゃねえ!」

「向こう! 向こう行って! うわ、こ、こっちじゃない!」


 蛇はするするとオレの方に向かってくる。

 絶体絶命だ。


 オレが不幸のどん底に立たされるのが面白いのか。

 牧野クズはヘラヘラと笑い、過呼吸気味に笑った。


「へぁ、へぁ、っははぁ! ざまあみろ! お前、死ぬんだよ! 今すぐ死ねええ!」


 迫りくる脅威に対し、オレは尻餅を突く。

 体が恐怖で硬直し、動けなくなってしまったのである。

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