真剣
見張りのお姉さんと一緒に牧野のいる北の区画へ向かう事となった。
お姉さんは終始何も言わずに歩き、その後ろをオレらが歩いている。
――さて、一つ目の問題はクリアか。
まずは、閻魔に頼まれた通り、オレは牧野と会うつもりだ。
これに関しては、殺すのではなく、拉致を予定している。
もう一つ、オレの頭には『奇跡』の事が浮かんでいた。
本当はツバキさんに詳細を尋ねたかった。
だが、不知火がやたらと大声を張り上げて邪魔をしてきたため、聞き出せなかったのだ。
聞き出すことはできなかったが、天国にも奇跡を起こす力はある。
ようは閻魔以外にもできてしまう、という事が分かれば、後は探るだけだった。
人気の少ない道を歩き、オレ達は民家が疎らな場所を過った。
閑静な場所を過ぎれば、今度は竹藪の道。
どんどん人気のない場所に向かい、住職が後ろから声を掛けた。
「すいません。これ、どこに向かっているので?」
「んー、……人気のない場所かな」
「そりゃ、見れば分かるよ。何で人気のない場所に向かってんだ」
後ろを見れば、遠くにポツポツと民家が見える。
そして、もう一度お姉さんの方を見ると、チカリと何か眩しいものが目を刺激した。
「うっ」
目を凝らし、よく見ると、それは刀だった。
刀の刃はオレの首筋に当てられている。
「何の真似だ?」
「それはこっちの台詞。
背筋が寒くなった。
後ろからは、ゴリ松達の息を呑む音が聞こえる。
「牧野の一件は、……まあ、閻魔から頼まれたってところかな」
「……ぐ……」
「本当の目的は?」
いや、本当の目的も何も。
本当に牧野を連れ帰ろうとして天国に来ただけだ。
お姉さんの笑みをジッと見つめていると、オレはある事に気づいた。
お姉さんは、始めから笑ってない。
口角を持ち上げて、笑っているように見えただけだ。
細い目の奥には、明らかに敵意なるものを感じる。
「ここはね。閻魔とウチらのまとめ役が、相互で確認をして、初めて入れる場所なの」
つまり、閻魔の独断で決められる場所ではない、ということだ。
「答えて。何しに来たの?」
「お、おい。リョウ。どうする?」
「この御仁を相手に三人では……」
冷たい汗が頬から落ち、胸板を滑り、局部に着地した。
初めてではないが、閻魔とは比べ物にならない殺意を感じ取り、オレは握った拳が震える。
――どうする。
誤魔化しが利かない。
答えなくては、確実に斬られる。
オレが言葉に詰まっていると、他所から物音がした。
ガサ……ガササ……。
茂みを分ける音だ。
目だけを音の方に向ける。
「あぁ、もうやっちゃいますか?」
「うん。怪しいからね」
奉行所みたいな場所に残っていたお姉さん方が、勢ぞろいでやってきたのである。
その数、10は優に超えるか。
全員、刀をいつでも抜けるように、柄に指を掛けていた。
気づけば、オレ達は竹藪に挟まれた道の真ん中で、物騒な女たちに囲まれている。
「答えるから。先に聞かせてくれ。どうして、オレの名前を?」
「ウチらは、人間の背中を見れば大体の事は分かる。あとは、見ていたから。……かな」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「見ていた?」
「見ていたよ」
「ど、どこから?」
お姉さんは、空いた手で上を指した。
全身に電流が走ったかの如く、オレは寒気が止まらなかった。
「アンタら……飛べんのか……」
「え?」
「嘘だろ。空を飛べたら、……気づくわけがない」
「ん? あれ?」
お姉さんが視線を逸らした隙に、オレは後ろに下がって二人と固まった。
「マジか。この世界の奴らって、空中飛べたりするのか」
「神の類やもしれませんな」
てことは、周りにいる奴らも同じ。
例え、逃げたとしても空を飛んで追いかけてくるんだろうし、オレらに勝算なんてない。
そこまで考えて、恐れ戦いたオレは同時に思い浮かぶ。
神であるならば、なおさら奇跡の力が使えるのではないか。
だとしたら、隠す必要はない。
「わ、分かった。正直に言うよ」
「あー……、うん」
「オレは、この世界にある奇跡を求めてる」
「奇跡?」
「常世の世界にいる人間に、奇跡を起こせるんだろう。ツバキさんから聞いた」
すると、横にいたおかっぱのお姉さんが額に手を当てた。
「まとめ役……。口軽すぎだよね……」
住職が肩を指でつついてくる。
「ひょっとして、あの入口にいたの。極楽浄土の、……長では?」
恐る恐る、目の前のお姉さんに視線を戻す。
彼女は、にへらと笑い、罰が悪そうに頭部を掻いた。
「嘘でしょ? え、ちょっと待って! この世界って、閻魔といい、天国の神様といい、入口で待つ義務でもあるんスか⁉ すっげぇ、無駄じゃん!」
初めから、天国を仕切るお偉いさんは傍にいたのである。
だとしたら、二人のどちらかに頼んで、邪魔な不知火を足止めしてもらえばよかったのだ。
そして、オレはツバキさんに事情を説明すれば、万事解決。
「すっげぇぇ無駄じゃん!」
オレの咆哮は、藪の向こう側にこだました。
「もう一度聞くけど。ここには、和を乱すために来たわけではないのね?」
「乱すわけねえだろ。将来は、ここにミツバを送るんだ。後に来るだろう天国を地獄にして何の意味がある?」
お姉さん達はお互いの顔を見合わせた。
しばらく、無言で見つめ合う時間が続いた。
オレ達の処遇を決めているのだろう。
「うーん。……じゃあ、いいかなぁ」
刀を納め、お姉さんは嘆息した。
「奇跡に関しては、ウチらじゃ、どうにもできないよ。ツバキ様に相談しないと、常世には干渉できない」
何で、不知火が教えてくれなかったんだ。
そこまで考え、「ハッ⁉」とオレは気づいた。
不知火は同性に対して、優しいはずだ。
なのに、ツバキさんに対しては、敵視というか、嫌そうな顔をしていた。
それもそのはずで、別の管轄のボスだからだ。
ただの女ではない。
「教えてくれて、……ありがとう。でもさ。気になることがあるんだ」
「なに?」
「どうして、アンタら牧野と閻魔を会わせたがらない? 何か理由があるのか?」
お姉さんは腕を組み、「うぅん」と唸った。
「理由っていうか、さ。うぅん」
「牧野の場合、閻魔に押し付けられたんだよ」
「は?」
話が見えなかった。
「どっから、話したもんかなぁ。ツバキ様の弱みを握って、閻魔が牧野を天国に行かせようって無理やり通したんだ。本来は、地獄行きだったはずだよ。でも、……ねぇ。元々、男に依存する節があったけど。牧野って男がやたらと女好きでさ。閻魔が病んじゃったのよ」
開いた口が塞がらず、オレは二人を見た。
二人は眉間に皺を寄せ、険しい顔で地面を睨んでいる。
「一度、預かったからには、こちらの住人だよ。そりゃ、ウチらだって保護するに決まってる。監禁します、なんて言ったって、はいそうですか、じゃすまないだろ?」
「ねー。あの男が来てから、北の区画だけ治安が悪くなったんだよぉ。もう、嫌になっちゃう」
オレは手を挙げ、「ちょっといいスか?」と、周囲のお姉さん達を制した。
「これってさ。……つまり」
「まあ、痴話喧嘩なんでしょうけど」
オレ達が何とも言えない気分で落ち込んでいると、ゴリ松がズバリと言った。
「……閻魔って……ヤンデレなの?」
「言っちゃったよ」
「ウッソだろ⁉ あいつ、閻魔って立場でヤンデレなわけ⁉ 一番ダメだろ!」
人間性を捨ててまで、オレ達はここまできた。
なのに、奇跡を起こしますって言った本人が、病的に異性を愛するタイプの女だった。
その挙句に、愛が憎しみに変わり、命を奪う強硬手段に出たわけである。
――……待てよ。
反応を見るに、彼女たちは牧野に対して好意的ではない。
そして、ツバキさんは、言ってしまえば上司だ。
「よし」
オレは両腕を広げ、周りのお姉さん達にこう言った。
「牧野がいる天国と、いない天国。どっちがいいですか?」
「何が言いたいの?」
「そいつを、オレが本来あるべき場所に戻してくる。……どうだろう?」
お姉さんは黙ってオレの顔を見た後、ニヤッと笑った。
「裏があるでしょう?」
「ああ。ツバキさんに、奇跡を起こしてもらえるよう、口添えしてほしい。頼む。オレは自らの欲望で奇跡を望んでない。一生を捧げても幸せにしたい奴がいるから。そいつのために、奇跡を起こしてほしい」
不思議なもので、口にすればするほど、オレは自分の気持ちに素直になってきた。
小恥ずかしいことだって、平気で言える。
心から思える。
「取引してくれ。アンタらにとっても悪い話ではないはずだ」
お姉さんの内、一人が言った。
「どうします、
閻魔がダダを捏ねても、ツバキさんが奇跡を起こすのなら、ミツバの未来は明るい。弱みに付け込まれなくて済む。
真剣に向き合うと、やがてお姉さんは、微笑を浮かべた。
目じりに皺が刻み、今度こそ本当の笑顔だ。
「良い男」
歯を見せて笑い、彼女は頷く。
「いいよ。そこまで言うなら、話に乗ってあげる」
こうして、オレは天国にいる物騒なお姉さんと取引をした。
弁天、という言葉には聞き覚えがあるけど、詳しい事は知らない。
何にせよ、これで牧野の元へ向かう手筈が整ったわけだ。
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