交渉

 オレが連れてこられたのは、とある屋敷の庭だった。

 そこには砂利があった。

 砂利の上には長方形の藁が敷かれている。


 敷かれた藁の上に座ると、目の前には屋敷の縁側が見えた。

 縁側には偉そうな男の人がいて、両脇には同様に、厳格な表情の男が二人立っている。


 しばらくの間、男三人と睨み合っていた。

 男たちは寡黙で、何も喋らない。

 だが、遅れてゴリ松達がやってくると、真ん中に座った男が口を開く。


「このような場所に招いてすまないね。取り調べを行う際、他の部屋を使うのだがね。長い事使っていないせいで、物置になっているんだ」

「なるほど」


 ニコニコと笑うお姉さんが、静かに刀を抜いた。

 日光の反射する刀は、見事な刃紋はもんが付けられており、刃の部分は鋭角だった。


「で、話ってのは?」

「うむ。それは、ボクの台詞なんだけどねぇ。どうして、裸でうろついていたの?」


 オレは全てを察した。

 これは取り調べだ。

 こいつらは、いわば警察のようなもの。

 誰かを殺める前に警察にマークされたのが、オレ達か。


 ゴリ松と住職に目を配り、「警察だ」と一言呟く。


 信頼できる仲間は、この一言で何かを察したようだった。


「聞いてるかなぁ。裸で、往来を歩いてはダメだよ。服は目が覚める前に着せられていたよね。それ、どうしたの?」


 あくまで、警戒させないために、柔らかい口調で話しているのだろう。

 相手はオレから情報を引き出すのが仕事。

 そうと分かれば、自分の心を鬼にするだけだった。


「――脱ぎました」


 堂々と言ってやる。


「な、なぜ」

「確かに。服を脱がない、……という選択はあったかもしれない。だけど、オレ達は服を脱がずに場を切り抜ける力がなかった。知恵や技術、全てが未熟だった。故に、オレ達は服を脱がざるを得なかった」


 辺りは騒然とした。

 刀を抜いたお姉さんは口に手を当て、チラチラと代官みたいな男に視線を送っている。


「もしかして、そういう趣味がある、……とか? だとしたら、君たちで言う所の桃源郷が北にあるんだ。そこなら、好色な方々が集まっているから。街中で脱いでも――」

「断ります」

「ええ⁉」

「オレにそんな趣味はない」


 オレに続き、ゴリ松達は顎を持ち上げ、毅然とした態度で声を張る。


「俺たちが露出狂に見えますか?」

「心外ですな」


 代官みたいな男。――面倒だから、代官と仮に呼ぼうか。

 奴は両脇にいる仲間とひそひそ話して、首を傾げている。

 腑に落ちないのか。

 オレの傍に待機しているお姉さんに手招きをした。


 刀を抜いていたが、すぐに納刀し、お姉さんは代官に歩み寄っていく。


「……いう……ことだ?」

「さあ……。でも……って」


 話し声がよく聞き取れなかった。

 マズいな。

 タイムラグだ。


 ここで油を売っている間に、ミツバがどうなっているのか。

 オレはそこが気になった。


「どうする?」

「長丁場になったら、面倒ですぞ。ミツバさんが心配だ」


 いざとなれば、逃げだす他あるまい。

 周りを見た。

 お姉さん達は袖のない着物を着ている。

 露わになった上腕二頭筋は筋が浮かんでおり、物理的に強そうだった。

 というか、帯刀している時点で、力では敵わない。


 ならば――。


「え、ちょ、立たないで! 座って!」

「断ります。オレには、やらないといけないことがある」


 オレ達は考えた末、立ち上がることを選んだ。

 前を隠さず、これが普通である事を示すために、堂々とする。


 そして、出口に向かおうとした矢先、案の定お姉さん達が刀を抜いて立ちふさがるのだ。


「参ったな」


 オレは代官の方に振り向いた。


「オレ達は、ただあの場にいて、道行く人に声を掛けていただけ。この世界は、人と人が繋がる事を恐れているのか?」

「何を言ってるんだね! 服を着てくれたら、問題は解決するんだよ!」

「その服を着ることによって、オレ達は自らの死を認めることになる! 断じて着るわけにはいかない!」


 複数人が刀の切っ先を向けてくる中、屋敷の中からは、両手に和服を持った女性たちが現れた。


 オレは恐怖する。


 ――死が……歩いてきた……。


「後生だ。頼むから、行かせてくれ!」

「うん。うん。じゃあ、せめて前を隠さないと。ね? 服ぅ、貸すから。ね?」


 お姉さんが差し出した衣服。

 オレは手に掴み、明後日の方に投げ飛ばした。


「何をするんだね!」

「服は着ない! あなたは、……オレに死ねと言ってるのか⁉」


 ゴリ松は和服を投げ返し、住職は尻を拭いて塀の外に投げ飛ばした。


「オレは生きたいだけだ。大事な人のためなら、何だってする。その前に死んじまったら、元も子もねえ」


 周りは戦慄した。

 たかだか、服を着るか着ないかで、オレ達の命運が左右されているのだ。


 硬直状態が続くと、代官は険しい顔で聞いてきた。


「……君は……なぜこの世界にきた」

「人を捜している」

「人?」

「牧野タツヤ。その男はオレの友人だ」


 大嘘である。

 オレにとって、友人と呼べるのはゴリ松とミツバくらいだ。

 他にはいない。


「牧野……」


 名前を聞いた途端、代官の表情が曇った。


「知ってるのか?」


 代官は答えない。

 黙って睨んでいると、代官は苦い顔で口を開いた。


「もう一つ聞かせてほしい。彼に何の用だ?」

「会って話をする。……それだけだ」


 代官は周りに目を配り、「うーん」と難色を示していた。

 その反応を見るに、何かありそうだ。


「会ったら、……君はどうするんだね」

「会って、話して、オレ達は帰る」

「どこへ?」


 言葉を慎重に選ぼう。

 生きている人間が、天国に来た。

 これに突っ込まれたら、閻魔からの頼みごとに直結する。


「地獄だ。オレ達は、……地獄の真っ暗な井戸の中へ落ちることになる。その前に、友人と話に来たんだ」


 汗が、額から顎に掛けて落ちていく。

 代官は黙った。


 しばらくは沈黙が辺りを支配していたが、やがて代官が息を漏らし、膝を叩く。


「……なるほど」


 傍に立つお姉さんに向かって、「彼を案内しろ」と、代官が言った。


「よろしいのですか?」

「友人と話したいだけなら、な。念のため、君が見張っているといい」


 やった。――素直に喜びの感情が込み上げた。

 でも、すぐに「え?」という困惑の気持ちが競り上がってきた。


 物理的に強そうなお姉さんが、見張り役として付くことになったのである。

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