人捜し
渓谷から少し進んだ場所に人里があった。
人里の入口には、看板が立てられており、東京みたいに区で分けられているみたいだった。
オレは二人と一緒に看板を見る。
「天国の見学って事になってるから。あまり長居はできないな」
「そもそも、後ろの奴が上手くやりゃ、絶対に行けるんだけどな」
「協力的ではないですものねぇ。これだから、自分勝手な女は……」
ひそひそと話していると、聞こえていたのか後ろから蹴りを入れてくる不知火。何も言わないが、相当怒っている。
オレ達は話し合いの結果、牧野という男は置いておいて、見学をすることが目的となった。――これは建前で、長居ができないことから、牧野を見つけ次第、冥府魔道の世界に引きずり込む予定だ。
ツバキさんは閻魔をあまり良く思っていない。
というより、天国の面々は閻魔を警戒しているみたいだった。
何かトラブルがあったのだろう。
大方、元カレとはよくある揉め事で破局したに違いない。
「奴がいるのは……」
オレは考えた。
どういう見た目なのか、全く情報がない。
どこに住んでるかさえ知らない。
ツバキさんは教えてくれないだろう。
となると、やれることは一つ。
「なあ、ブス。ツバキさんの相手をしていてくれ」
「……アンタ……本当に……」
後半の言葉は聞こえなかったが、どうせ「殺す」とか言っていたのだろう。こいつを選んだものの、あまりのストレス過多にオレは口が悪くなっていた。
奴は奴で、さっさとオレ達から離れたいのだろう。
入口近くにある老舗の団子屋? に向かい、外のベンチに座って何かを話し始めた。
オレは道行く人々を見る。
オレ達を凝視する女性たち。
驚愕の表情で固まる男たち。
風景は古き良き江戸の町を思い浮かべてくれたら、それが正解だ。
まず、道行くオレが目をつけたのは、目の前のお店でイチャつくカップルだった。浮気をした、という話はあいつから聞いた。
ならば、女を作っている可能性があり、カップルの中にいるかもしれない。
「ま~きの」
後ろ手を組み、オレは男の方に寄った。
「うわ! な、何ですか⁉」
「牧野だろ? オレだよ。オレ」
「……誰ですか?」
「シンジだよ。牧野。カラオケ行こうぜ」
オレの後ろで待機していた二人は、己がやるべき事を把握した。
オレと同じく、道行く男性の方に「まーきの」と声を掛け始めたのである。
牧野、という名前の男を片っ端から捜し、それらしき男がいれば不知火の前に連れて行き、正解を割り出すというものだ。
本当は不知火がもっと協力的なら、一緒に捜すことだってできた。
だけど、あいつは極度の男嫌い。
全てを感情で判断し、感情を優先し、オレ達には徹底して非協力的である。
「ぼく、牧野じゃないです。人違いです」
「あら? マジか。じゃあ、さ。牧野って人、どこにいるか知らない? あー、実は旧友なんだけどさ。あいつに用があって、ちと捜してんだよね」
「牧野?」
カップルは顔を見合わせ、「分からないです」と答えた。
オレは片手を挙げて謝り、他へ移る。
「ま~きの。ねえ、ま~きの!」
腰の曲がった老人。
タンクトップ一丁の男性カップル。
小川で泳ぐ男性。
オレはありとあらゆる男に声を掛けた。
しかし、牧野という名前の男は近場にいないらしく、一息を吐いて入口に戻っていく。
人里の入口には、先に戻っていた二人がいた。
二人も収穫がないみたいだ。
「いねえな」
「このだだっ広い町、片っ端からやってたら、途方に暮れちまうな」
「エリアが区分けされているようなので、ここから目星をつけていくしかありませんな」
地図を睨み、オレ達は牧野の行きそうな場所を探した。
「あのちっこいのと付き合って、浮気をした奴か」
「女好きかな」
「だとしたら、マジで桃源郷辺りにいそうだな。ほら。北のエリアに桃色町がある。ここじゃねえか。ラブホとかありそうだし」
「こ、怖い奴いたらどうする?」
オレは言った。
「ヤクザが天国に来てるわけねえだろ。あいつらは地獄行きだよ。ヤクザだけじゃねえ。他のチンピラや素行の悪い奴は、みんな地獄だ。だってよ。男嫌いが、そういうの天国に行かせるか?」
「……確かに」
今、天国で一番厄介なのは、オレ達だろう。
ため息を吐いて、「北に行くか」と行先を決定する。
その矢先だった。
「君たち。ちょっといいかな」
振り向くと、何やら背の高いお姉さんに声を掛けられる。
見た感じは明るくて、サバサバとした雰囲気の女性。
腰を見ると、そのお姉さんは帯刀していた。
お姉さんの後ろには、同じく帯刀した女性が10人ほど立っており、ニコニコと笑っている。
「え、何すか?」
「んー、不審者の通報があってさ。こっちに来たんだけど」
「不審者?」
オレ達は顔を見合わせた。
「それ、ヤバいじゃないですか。特徴は? 良かったら、手伝いますよ」
「ええ。皆にとって憩いの世界である天国に、妙な輩が混じるのはよろしくない」
「全くだ。俺たちは悪漢を許さないぜ」
お姉さんは「んー」と首を傾げていた。
オレは一人の善良な市民として、何をすべきか言葉を待つ。
「ちょぉ……っと、来てもらっていいかなぁ」
「へ? ええ。いいっすけど」
「行くか」
前を行くお姉さんの後に続き、オレ達は歩き出す。
そんなオレ達をハーレムさながらに囲む、女性陣。
気のせいか、人垣の隙間に不知火の引き攣った顔が見えたような気がした。
まあ、気のせいだろう。
こうして、オレ達は謎のお姉さん達に連行されていったのだった。
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