極楽浄土

絵馬のお願い

 大広間に戻ってきたオレ達は、全身から力が抜けた。

 畳の上で寛ぎ、両脇にいる薙刀のお姉さん達は、本当に人形んなんじゃないか、という意識に変わっており、大の字になってしまう。


 女性に対して、意図せず局部を見せつける体勢になっていた。

 こんな真似をするのはオレ達くらいだろう。


「まずは、ひと段落だなぁ」

「ああ。あいつを送り返した。ここまではいい」


 ヤットコを握って、先端をカチカチさせてるちびっ子が、オレの隣に立っていた。


「で? オレ達を残した理由はなんだよ」


 送り返すなら、一緒にしてくれたっていいはずだ。

 残したということは、必ずあるはずだった。


「ええ。単刀直入に言います。ある男を殺してほしいのです」

「待て待て待て! そこは単刀直入に言っちゃダメだって! びっくりしたぁ!」


 まさかのヒットマン依頼であった。


「おま、正気か? 一人、住職なんだぞ?」

「はぁ……。あのですね。お坊さんだろうが、人間である事には変わりないのです。随分、昔の事になりますが、比叡山ひえいざんのお坊さんをご存じで?」

「わ、分からないけど」


 なに?

 比叡山?

 山の話か?


 オレが戸惑っていると、本物の閻魔こと、絵馬は言った。


「徳を積む立場でありながら、彼らは悪逆の限りを尽くしました。とある殿様に討たれたとの事ですが、死後彼らがどういった報いを受けているか、想像できますか?」


 オレは首を横に振った。


「女を抱くのが好きなようでして。石を抱いてもらっているのです」


 すると、絵馬の後ろから偽閻魔の残念美人がひょっこり出てくる。


「石には穴が空いてるのよ。中はギザギザに尖っていて、汚いものを突っ込むの。何度も腰を打ち付けて、何度も果てるの。くすくす……」


 ざまあみろ、と言わんばかりであった。

 率直な感想はこうだ。


「……こわ」


 さすが地獄である。

 死ぬことはない分、ずっと苦しみを味わうわけだ。

 しかも、閻魔がいつから女になっているのか定かではないが、女である分、男の苦しみなど知るわけがない。

 容赦がなかった。


「と、まあ、相手がお坊さんであれ、人間は平等に扱っています」

「平等?」


 嘘吐けよ。

 思いっきり、男ってだけで見下してるじゃないか。


「お坊さんに人を殺させるわけにはいかない」

「あらら。これ、奇跡を起こすために必要なことなんですが……」

「その奇跡ってなんだよ」

「奇跡は奇跡ですよ。本来あり得なかった現象が起きます」


 絵馬がニヤニヤとして、前に屈んでくる。


「ミツバさんを助けたいんですよね。わたし、女性には寛大ですので」

「それで奇跡を起こしてくれるってか?」

「ええ。もちろん。ただ、奇跡ってのは、誰かの犠牲の上に成り立つものです」

「おいおい。まさか、誰かを殺して、そいつの命で、何らかのパワーが働くとか、そういうのか?」

「違いますよぉ」


 絵馬が笑い、隣では残念美人が歯を見せて笑う。

 その表情があまりにも憎たらしくて、オレとゴリ松は立ち上がり、残念美人だけに詰め寄った。


「な、なによぉ!」

「いや……、別に……」


 なんだろう。

 いる所にはいるものだ。

 女性にも、人をイライラさせる天才と言う奴が、しっかりといてしまう。


 それが、目の前の残念美人だ。


「この点は単刀直入に言ってくれ。奇跡を起こすには、代償が必要。それは分かった。どうして、人を殺す必要がある? ていうか、何でオレ達が?」


 残念美人よか、絵馬の方が油断できない。

 こいつは力ずくで押さえようとしても無理なのだ。

 腹を殴る時に拳をねじ込んでくるので、嘔吐と失禁を同時にしてしまいそうな威力を持っている。


 つまり、勝てない。


 おまけに生粋のサディストだ。

 何を考えているか分からない。


「これは取引ですよ。私と取引を行う事で、私はミツバさんを助けます。あなたが私のお願いを聞いてくれる限り、それを代償として、常世では次から次へと奇跡が起きます」


 オレはゴリ松達と顔を見合わせる。


 奇跡はタダではない。

 本人にとっては、「神様ありがとう!」と感謝して終わりだが、実際は死ぬ思いをしてお願いを聞いたり、他の苦労がたくさんあるのかもしれない。


 そう考えれば、見えない所で誰かが頑張ってくれたから、奇跡というありがたい現象が起こるというのは、納得がいった。


 ――ミツバの……ためか……。


 オレは拳を強く握り、絵馬に頷く。


「いいぜ。オレがやる」

「本気か? 人を殺すんだぞ?」

「しかし、殺す……というのは、妙な話ですな」

「どういうことだ?」

「この世界にいる者は、すでに死んでいる。殺すとは言葉の綾で、正しくは痛めつける、といった所でしょう」


 絵馬が「仰るとおりです」と、頷いた。


 自分でやればいい、と言いたいが、それでは取引にならない。

 相手にやらせるから、取引が成立し、オレは得たいものを得られる。

 考えようによっては、その機会を与えてくれたこと自体は、とても寛大だ。


「オレ達……弱いけど……。こいつ、借りていい?」

「触るな! ちょ、んもおおお!」


 住職が真顔で残念美人を押さえる。

 腐っても鬼である。

 人間よりは強いだろうと、オレは残念美人を指名した。


「無理ですよ」

「……そうか」

「というか、私たちは入れないんです」

「入れない?」


 残念そうに苦笑し、絵馬が言った。


「その男は、極楽浄土にいます。ここを管轄とする私は、行く事ができません」


 を殺せ。

 とんでもない依頼をされたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る