怒涛の責め

 結論から言うと、オレ達は拷問を耐え抜き、見事に勝利をした。

 冷たい床に胡坐を掻いて、「かーっ、いてぇわ」と笑いながら肩を組むのは、オレ達くらいなものだろう。


 水車拷問の攻略法は、吐き出す空気を細かく分ける事。

 尻を叩かせることだった。


 これで帰れる。

 誰もが確信していた、その時。

 残念美人は言った。


「おい。牛頭を呼んでくるのだ」

「はっ」


 控えていた鬼女が、拷問部屋を出て行く。

 冷たい床に下ろす事なく、ミツバを連れて部屋を出たため、オレ達は顔を見合わせた。


「なんだよ。帰してくれるんだろ?」

「消えてほしいなら、今すぐ消えてやるって。これだから、クソフ〇ミは……」

「しーっ。言うなって。あえて言わないようにしてたのに」


 解放感から、口が緩くなったのだろう。

 例の一部で厄介な女性たちの名称を口にしたため、オレは指を口に当てた。


 そんなオレ達を前に、残念美人は椅子に座ったまま、貧乏揺すりをする。口を尖らせ、尚も子供のようにイライラとしているため、部屋の中には微妙な空気が流れた。


「すいません。絵馬様。私の力及ばずで……」

「あなたはいいの。悪いのは全部男なんだから」

「うるっせぇなぁ、こいつぅ! 男、男、男って! どんだけ男意識してんだよ、バーカ!」


 ガタッ。――残念美人がキッと眉を吊り上げて、立ち上がる。

 ぼふっ。――ゴリ松が放屁をして立ち上がった。きっと、力みすぎたのだ。


「約束通り、一方的な主張の前に、一方的な罰を受けてやったんだ。そろそろ帰してくれよ」

「何が不満なのですか」


 ゴリ松から距離を取り、オレは残念美人に問うた。

 彼女はゴリ松を睨みながら叫ぶ。


「当たり前でしょう! これは罰なの! 何で拷問なのに、応援の声がこだまするのよ! おかしいでしょ!」


 拷問を受けている最中、オレは「リョウ、がんばれ!」や「良い感じですぞ!」など、仲間から声援を浴びていた。


 およそ、拷問を受けている風景とは思えないものが、彼女の目には映っていたのだろう。


「余は貴様らが嬲られ、泣き喚くところが見たい。晴れやかな顔で終わらせてたまるか!」


 ヒステリックな叫び声が響いた。

 オレはゴリ松の隣に立ち、肩を竦める。


「いや、何も、ね。オレ、拷問は否定していないよ。だって、罪人とかいたら、罰を与えるだろうし。その時には、アンタほど打ってつけの人なんていないだろうし」


 口に出すのも憚られるクズが、世の中に入る。

 そういう輩を断罪するのは、やはり必要な事だ。


「けど、オレ達の場合は違うぜ。アンタが若い頃、男に何をされて、怨みを持ったのか。オレには分からない。でもな。一人の女のために、喜んで尻を打たれる奴だっているんだよ」

「ただのドMではないか」


 ああ言えばこう言う。

 マズい。

 オレの嫌いなタイプだ。


 ピキピキとこめかみが痛み出し、必死に込み上げるものを抑えた。


「閻魔様は女の子が好きなんだよね」

「誤解のある言い方……」

「別に否定しなくていいよ。オレも好きだ」


 ふーっ、と天井に向かって息を吐き、「人生色々あるよね」的な表情を作り、肩を竦める。


「あのね。今、ほら、名前は知らないけど。金髪の鬼っ子が背負っていた女の人なんだけどね」


 下唇を噛み、間を置いて、言いづらそうにする。

 そこから絞り出したように声を出し、オレは閻魔様バカ女の目をジッと見つめた。


「――虐待されていたんだ」

「え?」


 死を司る大物が、食いついた。


「片方の親が、まあ、パチンコとか、ギャンブルが好きでね。借金は作るし、酷い家庭だったんだ。中学までは、何とかもった。でも、高校になってから、家が限界を迎えてね」

「どうせ、男の方でしょ」


 両方の手を見せ、肩を竦める。


「ご名答。まあ、父親の方だね」

「やっぱり」


 分かってた、と言わんばかりの表情。

 可愛さ0。

 憎たらしさ100の笑みである。


「飯もろくに食えない家庭だったんだ」

「だから、男を滅ぼすべきなのよ」

「うん。黙れ」

「え?」

「話の途中だよ。聞いて」


 こめかみが、ズキズキと痛んだ。

 本気でキレる五秒前だった。

 人が昔話に感情移入をして話している時に、茶々を入れてはいけない。


「あの子は、母親を守るために中学から空手をやっていたんだ。まあ、いつか手を上げるって感じてたらしいけどね。ただ、暴力から守る事はできても、飯が食えないってなったら、これが別の話なんだ」


 ミツバの体は、訳アリだ。

 筋肉が突っ張っているのは、食えていないからだ。

 女性は男より脂肪が多いのだが、ミツバの場合、男と同等か、それ以下で、見たまま脂肪が減っていた。


 体育の授業中、ふとした瞬間に見えた、彼女の腹。

 バレーの授業だったか。

 飛び跳ねた際に見えたのだ。


 アバラが浮き出ていた。


 普段は、ムッチリとした女の体を見ていたし、ミツバに対しても同様のイメージを押し付けていた。だからか、痩せすぎた体を見て、オレは本当にショックを受けた。


 ミツバとの思い出話を覚えてる限り、全て話す。

 閻魔様はツンツンとした表情から、どんよりした表情に変わり、目に涙を溜めて、「かわいそう!」と、その場に膝を突く。


 事実、可哀そうだ。

 本当に気の毒なのだ。


 オレは閻魔様の前でしゃがみ、同じ目線になる。


苦しめていたのは、ろくに飯を食えていない、超過酷な人生を歩んだ女だ。アンタが、……苦しめたんだ!」


 最後の一言を放つ途中で、オレは怒りの沸点に達してしまい、なぜか閻魔様に責任転換をした。


 指を突き付け、ここぞとばかりにオレは閻魔様を責めた。

 ミツバが可哀そう、といった気持ちは本当だ。

 それに付随して、「このバカ女が」という、個人的な憎しみが勝り、言葉の裏に隠れていた。


「いやあああああっ!」

「そうやって、また自分の事を棚に上げるのか? 逃げるのか? いいだろう。永遠に逃げてろよ。どうせ、事実は何も変わらない。お前が人を一方的に責める、その裏側であの子はまた苦しむんだ! また飢えて、誰かを憎む生涯を歩んじまうんだ!」

「き、聞きたくない! やめて!」

「いいか? お前がどういう考えで、どういう生き方をするのかは自由だ。けどな。あいつを救おうとしている奴を邪魔するんじゃねえ!」


 勢い余って、オレは閻魔様の頭を平手打ちで叩いた。

 そう。

 叩いてしまった。


 ――サク。


 果実に穴を空けるような、軽快な音が鳴る。


「お、おい」

「あ?」


 自分の手を見る。


「なんだ、これ。デキモノ? ん?」


 手の甲には、小さく尖った何かが、突き出ていた。

 突き出た何かから、赤い血がじんわりと滲み、オレの手には激痛が走ってくる。


 住職がそっと手を抜く。

 住職とゴリ松は、揃ってオレの手を見た。

 穴が空いているのだ。


「……なあ。こいつ、……角生えてないか?」


 金色の被り物をしているのだが、叩いた拍子にふんわりとした形が崩れていた。そのため、中に隠れていた角らしき、尖った物体が一本だけ露わになる。


「ひっく……ひぐ……ごめ……なさい……」


 閻魔様は、鬼だった。

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