罰に抗う

 別室に移ったオレ達を待っていたのは、水車だった。

 ただの水車じゃない。


 車輪には手足を縛りつける拘束具があり、先客の男は体を鞭で打たれなて、涙を流していた。


「げほっ。こほっ。も、もう殺してくれ!」

「ほら。もう一周いくよ!」


 襦袢姿のお姉さんが、革の鞭を振るい、男の体を叩く。

 叩かれた場所は真っ赤になるが、流血まではしていなかった。


 オレ達三人は、初めて目撃する拷問の光景を見て、その場に屈みこんだ。


 怯えているわけではない。

 その逆だ。


「あれ。攻略法あるかな」


 ここまで来て、オレ達は勝つつもりである。

 車輪を回すと、磔にされた男は逆さまになり、水溜に顔を突っ込む。

 この時、オレはお姉さんの顔と男の顔がある位置を凝視した。


 ――ごぼっ。


 時間にして、30秒。

 空気が漏れたタイミングで、車輪が回される。


「はぁ、はぁ、勘弁してくらさい!」

「聞こえないねぇ」

「そんなぁ! 閻魔様の下着が欲しいって言っただけじゃないですか!」


 なるほど。

 男嫌いの女に、「下着くれぃ」と言ったわけだ。

 どうせ、強気に禁断のワードを口にしたのだろう。

 その結果が、拷問というわけだ。


 何度か車輪を回した後、拷問を楽しんでいたお姉さんが振り向く。


「あ、絵馬さ――」


 言いかけて、お姉さんはオレ達を見た。

 住職は緊張を解すために、手足をよく揉んでいる。

 ゴリ松は自分の体を叩いて温め、オレは筋トレをして体を仕上げていた。


「……なんです。こいつら」

「愚か者よ。おい。そいつは、さっさと地獄に送れ。次はこいつらの番だ」


 閻魔様はオレ達を見て、勝ち誇った笑みを浮かべている。

 気に留めず、オレは鬼女に負ぶさったミツバに振り返った。

 ミツバの表情は、心配しているようにも見えるし、拷問の光景にドン引きしている風にも見える。


「ちょっと、そこで休んでろよ。すぐにハッピーエンドを届けてやる」


 まずは、オレから味見だ。

 襦袢のお姉さんに近づき、両腕を広げた。


「始めてくれ」


 何故か、拷問をしている側が狼狽えていた。

 閻魔様を一瞥した後、お姉さんは車輪から男を解放する。

 すでにグッタリとした変態男は、冷たい床の上で丸くなり、ぐずっている。


 男は拷問部屋の外で待機していた他の女に引きずられ、どこかへ消えていく。悲痛な叫び声が薄暗い空間に響き、それだけで聞く者は恐怖で萎縮する。


 それが分かっているからこそ、「うるせぇ!」とゴリ松が叫んだ。


 車輪に拘束される際、下には台座が置かれた。

 これに乗って、手足を留め具に置けってことだろう。


「ふむ。ならば、……こうだな」

「おい」


 オレは車輪と向き合うようにして、留め具に手足を置く。

 車輪とキスをする格好となったオレは、大の字になって気持ちを落ち着けた。


「逆だ。こっちを向け」

「始めてくれ」

「だから。乗り方が違う。こっちを向け!」

「うるせえ! 早く始めろって言ってんだよ! ドブスが!」


 本当は綺麗な人しかいないので、ブスという単語は誰一人当てはまらない。


「なるほど。考えましたねぇ」

「ああ。鞭で打たれるのなら、打撃と違って肉に痛みがねえ。皮膚だ。となりゃぁ、……ああするしかねえって事か」


 ぐずぐずしてるお姉さんが、「絵馬様。如何致しましょう」と、確認を取っていた。


「……もういいから、やっちゃって」

「はっ」


 台座を外される音がした。

 車輪はグラグラと左右に揺れ、オレは奥歯を噛んで、深呼吸をする。


「お望み通り、良いのをあげるよ」


 ぴしんっ。


 鋭い痛みが、尻を襲った。

 少し時間が経つと、尻の表面がヒリヒリと痛む。

 連続で痛みを与えるのではなく、間を置いて鞭は体を打ってきた。


 ――なるほどな。痛みに驚いて、肺の空気を外に出すってことか。


「お”っ――お”――お”ぶぢ!」


 オットセイみたいに鳴き、肺の空気を逃がさないように、踏ん張る。

 そうやって耐えていると、いよいよ車輪が回された。

 オレは全身から力を抜き、暗い水中の中で息を止める。


 ぴしっ。ぴしっ。


 鞭は絶え間なく打ってきた。

 先ほどは緩急があったのに、水の中に入った途端、激しさが増す。


 ――思った通りだ。

 ――こいつ。オレを観察してやがる。ケツを叩き、空気の漏れ具合を確認してるんだ。


 心の中で数字を数える真似はしない。

 頭を動かせば、空気の残量が減る。

 体感で数十秒数え、口を「もあい」の形に変えていく。

 口に溜まった空気は、ごぼごぼと水面に上っていき、水中にまで空気の漏れる音が聞こえてくる。


 すると、車輪が動き出した。


「ぶはっ。はぁ、はぁ、……ぶふぅ」


 オレはお姉さんに尻を向けた状態で、笑みを浮かべる。


 ――オレの勝ちだ。


 続けざまに車輪が回され、細く深呼吸をしたオレは、再び水の中に浸かった。

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