決断

 鬼が気絶している間、オレは船を留めておくための縄を使い、両手両足を縛った。


 何が正解か分からないのなら、己を信じる。

 その結果、子供がイジメられないように、拘束したまでだ。


 そして、お経を唱えたことにより観念した鬼は、いよいよ白状した。


「向こう岸に行って、まとめ役に言わないと帰れねえんだよ」

「この野郎。また、尻を舐めてえか?」


 鬼、という存在を心から信じていなかったオレは、嘘を吐いていると判断し、半分本気の脅しをした。

 すると、強面がくしゃくしゃに歪み、ビクビクとし始めるのだ。


「ほ、本当だ」

「三途の川を渡れば、それは死を認めた事と同じ。むしろ帰ってこれなくなるのでは?」


 こっちにはお坊さんがいる。

 腐っても住職だ。

 嘘は通用しない。


「本当だって! 全部! もう、全部向こうで決めてるんだよ!」


 オレ達は顔を見合わせる。

 向こう岸の支配者と言ったら、閻魔大王だ。

 話を聞いてくれるか、どうか。

 これが重要だ。


 何より、一番気がかりなのは、物理攻撃が有効か、否か。


 向こうは完全に閻魔大王のテリトリーなので、下手をしたら拷問か、真っ直ぐ地獄に落とされる可能性がある。


「答えろ。向こうにいるのは、閻魔大王だろ。そいつは、どういうやつだ。身長は? 体重は? 殴れるのか?」

「お前ら……何しに行くんだよ……」


 鬼は静かに震えた。


「答えてくれ。閻魔大王の情報が知りたいんだ」


 住職が目の前に立つと、鬼は焦ったように口を開く。


「お、女だ! 金色の頭をした、女が向こうにいる!」

「女だァ? 閻魔大王って男じゃないのか」

「もしかすれば、あの世でも女性の社会進出が行われてるのでは?」

「なるほどな。女か……」


 オレは考えた。


 腕力は男の方が上だ。

 そして、女は男の尻に怯むだろう。

 同性だって怯む。


 ――……勝てるな。


 交渉の余地はありそうだ。

 そう判断したオレは、一人の子供に棒切れを渡し、「抵抗したら殴れ」と戦う心得を教える。


 鬼は砂利の上で仰向けにさせ、「こいつは嘘を吐く。泣いても絶対に容赦はするな」と、悪い大人に騙されないために、しっかりと釘を刺した。


「どうするつもりだよ」

「向こうに行ってみよう」

「そ、そのまま、死んだらどうする」

「分からない」


 ミツバの元へ戻り、オレは顎をしゃくった。


「だけど、見てみろ。周りは砂利しかない。あるのは、来た道の洞窟だけ。他に進む道は、三途の川しかない」


 振り向くと、ゴリ松達が真剣な表情でオレを見ていた。


「閻魔大王に直談判だ。それにさ……」


 ミツバの股を開き、間にしゃがみ込むと、両腕を持って重い体を背負い込む。


「もし、仮に。本当に死ぬとしても、オレはこいつを一人にしない」

「リョウ。……お前、何か変わったな」


 変わったわけではなかった。

 本当なら、オレは六畳間の一部屋で腐っているだけの人生だった。


 オレの心は、17歳の時から止まったままだ。

 高校時代に残してきたのだ。

 自分でも驚くくらい、ミツバに会ってから、昔の自分に戻ってきた事を自覚した。


 皮肉なことに、思考停止時代の自分に戻った方が、生きてると実感できた。


「ゴリ松。住職」


 頼もしい仲間たちが表情を引き締める。


「閻魔大王は女だ。オレ達の汚いものをたくさん見せて、嫌がらせし、交渉しよう」


 険しい一本道の先に何が待っているのか。

 全裸のオレ達には、知る由もないだろう。


 あと、いい加減寒くなってきた。

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