奴隷の思い出

 女の子の下着を見たことがあるだろうか。

 オレはある。


 例えば、人間椅子オレから女子が立ち上がった瞬間。

 あとは、夏服で汗を掻いた時。

 階段を上がる時。


 そりゃ、オレだって男だから女子に対して下心はある。

 オレは紳士じゃない。

 スケベな男子高校生だった。


 何度となく、ミツバの下着を覗き見ているオレに女子が気づいたなら、「きっしょ」と一蹴されるだろう。


 それで構わなかった。


 何も考えていないオレにとって、女子の香りや下着の類は、夢そのものだ。なので、何度も覗き見た。


 そして、気づくのだ。


「……今日も……同じか」


 水色のブラと同色のパンツ。

 違う時は、グレーのスポーツブラとスパッツ。


 オレが見た下着は、この二枚だけだった。


 当時は、「オシャレとか興味ないんだろうな」と考えた。

 今思えば、絶対に間違いだと分かる。

 女子というのは、口では何だかんだ言いつつも、身だしなみというのを重視する。言葉を変えれば、清潔感だ。


 よっぽどズボラな女子でない限り、同じパンツを使いまわすなんて真似はしないだろう。


 高校の頃は、思考停止時代だったが、何となくオレは察することができた。空気を読むというか、言葉でない所で、何となく理解した。


 オレは普段空気を読まない事を言ってばかりで、周りには煙たがられたりしていたが、ミツバの事だけは何も言わなかった。


 高校二年生の夏。

 夕暮れの校門で、オレはボケーっと突っ立っていた。


 ジリジリと暑い中、汗だくで立っていたオレは、いきなり頭を叩かれて振り向く。


「えらいじゃん」


 部活終わりのミツバと合流した。

 彼女が二ッと笑って先を歩くと、オレは必ず背中に透けたブラを見ることが、習慣になっていた。


 その日は、スポーツブラだ。


「今日はどこに食べ行こっかなぁ」


 ミツバがカバンを振り回し、考えだす。

 外食は全てオレの奢りだ。

 オレは母親に「自分専用のメスができたんでぇ」と、大噓を吐いて金を貰っていた。


 そして、放課後になると、毎日のようにミツバへ奢った。

 600円のかつ丼セットを頼むなら、二倍の値段。


 初めは遠慮がちにぶっかけそばを頼んでいたミツバだが、この頃には距離が縮まって、遠慮がなくなっていた。


「ガッツリ系がいいでしょ? 町中華食べに行く?」

「んー、……どうしよ」


 ミツバの隣に立って、顔を見上げた。

 何となく目が留まるのは、汗で張り付いた髪の毛。

 顎の輪郭が、いつも見てしまう所だ。


 カロリーにして、『1000キロカロリー』は一食で摂取しているはずだ。なのに、ミツバの顎は輪郭がハッキリとしていて、骨の形が分かった。


 事情を知らない他の子からすれば、「いいなぁ」と羨望の眼差しが刺さる事だろう。


 オレからすれば、皮の突っ張った顎を見ていると、何とも言えない気持ちになった。


 ミツバは、全く太れない。

 太ることができない。


 病気とかじゃない。

 太るほどの栄養を取れていない。


 膝蹴りを食らった頃からみれば、胸は大分膨らんだし、腕の肉やお腹回りは、ようやく普通サイズになったくらいだ。


「たまには、野菜食べたい」

「んじゃ、ファミレスかな。あれだよ。ほうれん草のバター炒め。あと、キャベツの盛り合わせ。カツも食えば?」

「尽くしてくれるじゃん」

「まあ、……奴隷なんで」


 ミツバは綺麗な女子だ。

 運動をする姿を男子たちは、鼻の下を伸ばして見ている。

 体育祭の頃には、女子たちに声援を受けていた。


 オレは――。


「ミツバさ。もっと食べて。巨乳になれば?」

「……最低」


 自分がどう思っているのか。

 自分の気持ちを表す言葉を持っていなかった。

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