未だに残る謎

 ナースステーションから運んできた車椅子にミツバを乗せると、急いでゴリ松の待つエレベーターに向かう。


 ゴリ松と住職は、エレベーターの前で待っていた。

 何やら途方に暮れている様子だが、それどころではない。


「おい!」


 オレが叫ぶと、二人が振り向く。

 初めにミツバを見て驚き、さらにオレの後ろに広がる光景に絶望していた。


「早く開けろって!」


 後ろには、ゾンビの集団が向かってくるように、多くの幽霊たちが列を成していた。覚束ない足取りでオレを追いかけてきて、不気味なうめき声を発している。


 本当なら、あの女幽霊に押しつけて、退治してもらいたかった。


 だが、奴はいつの間にか、消えていた。

 どこにもいなくなっており、大声で叫び、早く来るように伝えたが、音沙汰はない。


 というか、オレの声に集まって、別の幽霊たちがやってきたのだった。


 ゴリ松は急いでエレベーターのボタンを押す。

 すると、すぐに扉は開き、二人は躊躇った。


「早く乗れよ! 何してんの!」

「いや、あのさ。……これ、見てみろよ」

「あぁ⁉」


 息を切らせてエレベーター前に行く。

 開いた扉を潜り、中に乗ろうとしたオレは「マジかよ」と、舌打ちしてしまった。


 エレベーターは、オレ達のよく知る箱型だ。

 ただ、どういう訳か、奥の壁に人が通れるほどの大きな穴が空いているのだ。


 それだけなら、危ないで済んだかもしれない。

 問題は、穴の中。

 穴の向こうには、洞窟が続いている。


 明かりもないのに、ゴツゴツとした天井や壁がハッキリと見えていて、洞窟の床には小川のように赤い水が溜まっていた。


《待てぇ!》

《そっちは行くなぁ!》


 マズい。

 角を曲がって、奴らが追ってきた。


「止むを得ねえ! 行くぞ!」

《ダメだってぇ!》


 オレは先に乗り、後からゴリ松と住職が続き、すぐさま扉を閉める。

 扉がゆっくりと閉まると、外の物音はピタリと止んだ。

 まるで、扉一枚で世界が切り替わったかのようである。


 扉を睨みながら、オレ達は合流できたことを喜んだ。


「遅かったな。何してたんだ」

「あの女幽霊が病室前で立ってたんだよ」

「えぇ?」

「そしたら、こいつがさ……」


 ゴリ松はその場にしゃがみ込むと、背もたれに体重を預けるミツバを覗き込んだ。

 唇は青紫色。

 唇と喉、胸や腹を見ると、微かに動いているのが分かる。


 ミツバを見たゴリ松は、「おわ」と声を上げた。


「まさかと思ったけど。やっぱミツバじゃん。え、何で?」

「知らねえよ」

「ふむ。確か、ここはと言っておりましたねぇ」

「うん。あいつがそう言ってた」


 住職は腕を組み、考える。

 オレはミツバの顔を見下ろし、頬をグリグリと指で押してみた。

 頬の肉は相変わらず薄いが、前よりは肉がついている。


「まず、状況を整理しましょう。我々の場合、あの女性から物理的に攻撃を受けて、

「ああ。本当にいい迷惑だぜ」

「そして、ここは三途の川の一歩手前。三途の川は死者が渡る川ですな。その手前という事は……」


 そこまで言ってくれたら、さすがに分かる。


「オレ達は死にかけてる」

「さもありなん」

「んで? ミツバがいるって?」


 オレ達三人は黙って、ミツバを見下ろした。


「なあ。ゴリ松。ミツバは生きてるって言ってたよな」

「おう。ウチの母ちゃん、スーパーでミツバの親とよく会うからさ」


 ゴリ松は嘘を言っていないだろう。

 親と親がスーパーで会う。

 これだって、変な話じゃない。


「確かに。死んではおりませんなぁ」


 オレの考えていたことを住職が代弁した。


「近況について、何か詳しく聞いたりは?」

「さあ。それよりだったら、クラスのエロマドンナの近況を知りたいからな」


 つまり、詳しい事は知らなかった。

 でも、生きてる事は分かっていた。


 何も矛盾はしていない。

 ただ、情報が欠けていたのだ。

 一部の情報を聞いて、それを全てだと勝手に決めつけてしまった。


「待て。そういや、あの幽霊はどうした?」


 ゴリ松が遅れて気づいた。


「いつの間にか、いなくなってたんだ」

「おいおい。てことはよぉ。それって……」

のではないですか?」

「戻った?」

「魂とは、肉体とは違い、変幻自在なものですよ。餅のように顔が引き伸ばされたり、大小様々な形で人前に現れます。何があっても、不思議ではないでしょう」


 ここまで整理して考えてみる。

 これは推測だが、あの女幽霊はミツバで間違いなかったのかもしれない。


 でも、ミツバはもう一人いた。

 その一人が三途の川の手前にある病院にいた。


 ミツバを連れてきてから、女幽霊は姿を消した。


「――って、考えたら、納得いくな」


 ミツバの身に何があったのかは、定かでない。

 一つだけ言えるのは、ここで下手をこいたら、オレ達はミツバ共々あの世に行くってことだ。


「うし。ひとまず、謎は残るけど整理はできたよな」

「ああ」

「じゃあ、次の問題だ」


 ゴリ松が穴の向こうに目を凝らす。


「ここ。……どうやって行くよ? ていうか、行っていい場所なのか?」


 オレ達の間に、再び重い沈黙が流れた。

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