お祓い

 自宅から徒歩30分。

 海沿いにある、古びたお寺にやってきた。


 寺は想像より遥かに小さくて、ブロック塀は、何の植物か分からない蔦に覆われていて、石目が見えない状態にあった。


 入口の幅は、大人が三人並んでギリギリ通れる程度。

 小さな段差を上がり、狭い境内を通っていく。


 境内に入ると、正面には縁側がある。

 縁側の障子戸は開きっぱなしになっており、中の様子が見えた。

 中には、漢字で書かれた垂れ幕が天井から吊るされており、畳の上には妙に脂ぎった住職が座っている。


「なあ。ここでいいのか?」

「間違いない。お祓いをしてくれる寺だ。その昔、破戒僧が暴れ回って、近隣の家屋が焼かれた事件があったというが。お祓いの腕は確からしい」


 破戒僧って、いつの時代だよ。

 住職はニコニコと笑い、オレ達を見ていた。


「あー……、すいません。お祓い……お願いに来たんですけど」

「入りなさい」

「はあ」


 オレ達はお祓いにやってきた。

 ゴリ松の家で吹っ飛ばされた事により、幽霊の存在が、口で説明するよりも早く証明されたってわけだ。


 端っこにある、見るからに立て付けの悪い戸に近づくと、力を込めて横にスライドした。――が、途中で何かに突っかかり、戸を開くことができない。


「何やってんだよ」

「見りゃ分かんだろ。これ、立て付け悪いんだよ」

「どけ」


 ゴリ松に変わり、オレは後ろに引く。

 戸は、格子戸というやつだ。

 縦横の木材がハメられたつくりで、格子の奥には磨りガラスがあった。


 日光が後ろから注いでいるためか、磨りガラスは少しだけ透けており、中が薄っすらと見えた。


 端っこにあるのは、靴棚か。

 茶色の棚の上には、花瓶らしきものが置いてある。


 そして、中央部には白い着物を着た女が突っ立っていた。


「てめぇ!」


 オレは思わず叫んでしまった。

 ゴリ松はビクついて、こっちに振り向いた。


「な、なんだよ! 本当に開かないんだって!」

「ちっげぇわ! 開かない理由が分かったよ! そいつだ! そいつが、手で押さえてんだよ!」

「えぇ?」


 奴は片手を格子の縁に掛けて、小刻みに震えていた。

 怖いから震えているのではない。

 開けさせないために、力んでいるのだ。


「抵抗すんじゃねえよ! 何で、抵抗してくんだよ!」


 オレはゴリ松に加勢して、戸に手を掛けた。

 しかし、驚くことにビクともしない。


「くっそ! 強えええええええっ!」


 幽霊が抵抗する現場を初めて目撃したが、よもやここまで人間臭い抵抗をしてくるとは思わなかった。


 ガタガタと揺れだす引き戸。

 震えるゴリ松。

 足を滑らせながら力むオレ。


 ここに譲れない戦いがあった。


「ちょ、住職さん! ここに悪霊が!」


 住職ハゲは縁側から前かがみになって、オレ達を覗いていた。

 ニコニコと笑い、ハゲは言ったのだ。


「可愛らしいお嬢さんだぁ。いいですねぇ。女子おなごとは、かくも豪の血を引き継いでおられる。私が十年若ければ、未来は変わっていたかもしれない」

「いやいやいや! こいつ、必死に抵抗してるんですよ! つか、何言ってんすか⁉」

「リョウ! 住職は幽霊が見えてるんじゃないのか⁉」


 確かに言われてみると、住職の反応は奴の姿が見えていると言わんばかりだ。


「ええ。見えていますよ」

「マジですか⁉ だ、だったら、今すぐに除霊を……ッ!」

「それはできません」

「何言ってんだテメェ!」

「リョウ! 口が悪いぞ!」


 ハゲは神妙な顔つきになった。


「その子は――悪霊ではない」


 キレる前にゴリ松へ確認した。


「ゴリ松。あいつに何て説明したんだ?」

「お前がいきなり吹っ飛ばされて、胃液を戻したって。何かに憑かれてるって」

「そこまで説明されて何が悪霊じゃねえだよ! 思いっきし大ダメージを負ってるじゃねえか!」


 ハゲが縁側から下りて、裸足で近寄ってきた。

 分かってない、と言いたげに肩を竦め、オレの傍にくると、大袈裟にため息を吐く。


 最早、戸を開ける必要がなくなったので、一気に力を緩めてしまった。

 急に力を抜いたものだから、ゴリ松は奴に力負けして、閉まる戸に指を挟んで絶叫した。


「いいですか? 悪霊と言うのは、身体的に傷つけてきたり、精神的に追い詰めてくる霊魂のことです」

「該当してるんですけど。前者該当してますよ?」

「違うんですよぉ。この子は……」


 磨りガラス越しに見える奴を見て、ハゲが言った。


「あなたの事が、とても気がかりなようです」


 思わず、磨りガラス越しに映る影を見てしまう。

 奴は首を横に振っていた。


「念というのは、実のところ女性の方が具現化しやすい。だから、幽霊と言うのは、女の人が多いのですよ」


 奴は頷いている。


「それって、……まさか、……オレのことが……」


 ガンッ。


 引き戸が蹴られ、中に傾いた。

 戸の下部がズレたことにより、戸の縁がゴリ松の脛に当たってしまう。


「んぐおああああっ!」


 絶叫するゴリ松を放っておき、オレは考えた。


 美人な女幽霊。

 とても凛々しい容姿の女性であるため、好かれているのであれば、とても嬉しい。


 けれど、体つきは鍛え抜かれているため、筋肉が浮き彫り。

 パンチの威力は申し分ない。

 大の男が胃液を吐き出す威力である。


 これを毎日受けるだけの防御力をオレは持っていない。


「すいません。あの」

「ええ。分かっていますよ」

「除霊をお願いします」


 奴は縁側の方から回ってきて、外に出てきていた。

 身の危険を感じたオレは、すぐに除霊をお願いする。

 住職を後ろに立たせ、ゴリ松は前に立たせるよう列を成し、オレ達は寺の中に入っていった。

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