人間椅子の思い出

 学生の頃、オレは思考停止のどうしようもない人間だった。

 何も考えずに生きて、周りに迷惑を掛けるのは当たり前。

 特に、親には迷惑を掛けてしまった。


 罪悪感なんて当時はなかったし、何となく生きて、何となく死ねばいいかな、って思っていた。


「君さ。夢とかあるの?」


 ふと、そんなことを聞かれた。

 昼休みに誰もいない空き教室で、人間椅子になっていたオレは「は?」と聞き返した。


「夢」

「小説家になりたい。本出して、チヤホヤされたい。あと、印税で豪遊したい」


 純粋に欲望を吐き出せば、人間こんなものだ。

 ミツバは「意外」と驚いていたっけ。


「話書けるの?」

「……いやぁ、書けないけど」

「じゃあ、ダメじゃない」

「でも、なりたいっスね」

「だったら、今から書いていけば?」

「……うん」


 実は何度か白紙のページと向き合ったことがある。

 小説を書くなんて、ただ文字を打ち込んで書くだけだ。

 傍から見れば、それだけ。


 でも、いざ向かい合ってみると、白紙のページ同様に頭の中まで真っ白になった。


 普段、エロいことばかり考えて、妄想はしている。

 想像力には自信があった。

 けど、創造力には結びついていない。


 エロ、と言えば裸の女とひたすらエッチな事をすることが頭に浮かぶ。

 これを実際に書いてみると、数行で終わってしまう。


 あれ?


 思っていたのと違った。

 他には戦闘物か。

 バトル系が好きで、バトル物の作品をひたすら読んでいるからいけると思ったのだ。


 ゲームの中のカッコいいシーンみたいなのが書きたい。

 映画に出てくるような迫力が書きたい。


 これが不思議なことに、どうしても書けなかった。

 初めて悩んだと思う。


 いつしか、オレはワードのファイルに触らなくなっていた。


「ま、まあ、その内……」

「ふーん。時間があっていいね」


 含むような言い方にイラっとした。


「なんだよ。別に。いつやろうが勝手じゃないか」

「そりゃね。でもさ。その内って言ってたら、どんどんやらない時間が増えていくと思わない?」

「だったら、ミツバは夢とかあんのかよ」

「ない」


 ミツバの返答に困惑してしまった。

 夢がないくせに、夢に対して物を言ってきたのか。


「お前さ……」

「でも、欲しいものならある」

「なに? 欲しいものって」

「お金」


 オレの吐き出す欲望とは、違う欲を聞いた。

 浮ついた声色ではなかった。

 お金、と言ったミツバは、どこか嫌悪感が湧き上がっていたように思う。


 あの時、ミツバはどういう気持ちでお金を欲しがっていたんだろうか。


 今となっては、分からない。

 会わなくなったし、会う理由がない。


 少なくとも、オレみたいに惨めな生活は送っていないだろう。

 あまり良い思い出ではないな。

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