友人宅にて
家から徒歩15分程度の場所に、友人の家がある。
黄色い外壁の団地。
昔は家族で住む人たちが多かったが、近年では海外からの移住者が増えてしまい、騒音被害が酷いとのこと。
まあ、これらの事はゴリ松から聞いた話で、オレが直接体験したわけではない。
今時、エレベーターがなく、石で造られた折り返し階段を上がり、五階にまで上っていく。
今は、8月。
猛暑の中、急な階段を五階まで上がれば、着く頃には汗だくになってしまう。
五階にまで上がると、左側の黄色いドアの前に立ち、インターホンを鳴らした。
ゴリ松はすぐに出てきた。
「よお。ひっさしぶりぃ」
「お、おぉ」
中から出てきたのは、室内だというのにサングラスを掛けたおっさんだった。頭はチリチリで、肌は浅黒く、ゴリラと豚を足したような男だ。
ゴリ松に案内され、中に通される。
中は生活感溢れる空間が広がっていた。
壁際にPCを並べて、角にはテレビ。
ガラステーブルには食いかけのラーメンが置かれている。
ゴリ松は同じ団地に家族で住んでいる。
ただ、団地の部屋は別々だ。
向かいの部屋が母さんが住んでいる場所だったか。
だから、気兼ねなく、
「珍しいね。お前から遊ぼうなんて」
「まあ、ね。体力の限界っていうか。精神がゴリゴリ削られているっていうか」
「悩み?」
ゴリ松は甘ったるいイチゴ味のミルクティーをコップに入れて、二つ分をテーブルに置く。ついでに、イチゴ味の甘ったるい饅頭を差し出してくる。
皿には10個以上の饅頭があり、オレは見ているだけで胸やけがした。
「実は、さ。オレんち、出るっぽい」
今日、仕事は休みだ。
休みなのはいいが、いつミツバ似の幽霊が現れるか、気が気でなかった。
そこでジッとしているのではなく、たまには自分から行動を起こしてみよう、と思い立ったわけだ。
ゴリ松なら何か知ってるかもしれない。
オレより馴れ馴れしくミツバに話しかけていたし、クラス中の女の子に嫌われても情報収集だけは諦めなかった男だ。
そんなゴリ松は、オレが「出る」と口にした途端、口を伸ばしてミルクティーを
「なになにぃ? 幽霊?」
「まあ……」
「ウッソだろ! お前んちって、いわくとかねえじゃん!」
「そうなんだけど。出るんだよ」
「どんなやつ?」
「それは――」
言いかけたオレは、何気なく窓の方に目を移した。
窓の向こうには、ベランダがある。
ベランダの突っ張り棒に洗濯物がぶら下がっているのか、色とりどりのパンツが見えた。風にそよぐパンツの列に混じり、見覚えのある白い着物が見えた。
「へへ。当ててやろうか?」
オレは硬く握りしめた拳を口に当てた。
奴はのそりとした動きで、パンツを掻き分け、窓に寄ってくる。
「ミツバに似てる幽霊とか?」
「……へぁ? あ、あぁ」
「たっはぁ! マジかよ。あいつに似てんならよぉ。ぶっちゃけ、クッソエロいよなぁ」
オレは窓から目が離せなかった。
男の猥談なんて、女からすれば聞くに堪えないだろう。
生憎、オレはスケベ心に火が点くことはなかった。
「おっぱいは小さいけどさ。尻はでっかかったもんなぁ」
奴が何やら、イラっとした顔をした。
――マズい。
――殺される。
身の危険を感じたオレは、話題を逸らそうとする。
「なあ、それより最近仕事は――」
「仕事の話なんていいんだよ。久々にミツバの事話そうや。お前、好きだったもんなぁ」
「どこ情報だよ。オレ、告白したことないぞ! ていうか、奴隷生活を送ってただけだよ!」
「またまたぁ。そう言いながら、お前、背中に乗られてたじゃん」
「うん。それ、椅子な。人間椅子。昼食の時、ずっとやらされてたよ」
ゴリ松は止まらなかった。
奴は窓ガラス越しにジッとオレを睨んでいる。
犬歯を剝き出しにして、生気に溢れた怒りを爆発させている。
反応を見る限り、やはりミツバなのだろうか。
ずっと気になっていたのだ。
あれだけ似ている女は、そうそういないだろう。
だって、長身で顔まで似ていて、体つきが逞しい女なんてビンゴもいいところだ。
オレは気になっていた事を聞くことにした。
「ゴリ松。ミツバってさ。……その、何か不幸があったりとか、……しない?」
「は?」
「いや。その幽霊さ。ミツバにそっくりで……」
もし、ミツバなら、オレに伝えたい事があるのかもしれない。
知らない関係ではないし、メッセージがあるなら聞こうと思った。
黙ってゴリ松の返答を待っていると、意外な答えが返ってきた。
「ミツバ……生きてるけど……」
「誰だよお前ぇぇぇ!」
すぐさま、窓を指して怒鳴ってしまう。
すると、何か?
オレは見ず知らずの女に毎日腹パンを食らっていたというのだろうか。
どんな八つ当たりだよ。
「ど、どうしたんだよ」
「いや、どうしたも何も……。いやいや。お前、ちょ、待ってくれよ! ミツバかと思ったじゃん! 誰だよ!」
奴は長い前髪を後ろに持っていくと、帯紐を使って縛った。
肌が青白いため、端正な顔立ちとキツく吊り上がった目の形がハッキリと見える。
しかし、帯紐を解いてしまったせいで、着物は前がはだけてしまった。
露わになる乳房と腹部。
オレは女性が胸を見せているというのに、腹部の方に目がいった。
「なァ……ッ⁉ ふ、腹筋が、八つに割れてる……ッ!」
久しぶりに生で見た女の子の腹。
それは、それは、見事なエイトパックだった。
皮膚は突っ張り、筋肉の溝は深い。
――ガラッ。
しかも、驚くことに窓は開いていた。
「あれ? 閉めたはずなんだけど。開いてたっけ?」
オレは立ち上がり、後ずさった。
奴は、やる気だ。
わざわざ髪を結んでまで、オレを殴る気だった。
「く、来るな! こっちに来るな!」
「どうしたんだよ! お前変だぞ!」
幽霊って、こんなに元気ハツラツとした感じではないだろう。
もっと、生気がなくて、どんよりしているものではないのか。
あるいは、映画やドラマのように、自分の髪を食べながら追いかけ回してくる怪異のような存在ではないのだろうか。
「ひぃっ!」
隣の部屋に続く襖が背中に当たる。
オレは壁ドンをされたような体勢になり、息を止めた。
ズム……ン……ッ。
相変わらずの破壊力を持つ拳は、オレのだらしない腹をいとも容易く潰した。減り込んでくる拳は、皮下脂肪を通して、内臓に圧力を加えてくる。
「ん、っふ!」
力負けしたことにより、オレの体は宙に浮いた。
足は床から離れ、両足が高く持ち上げられる。
「リョウおおおおおおおおおおお!」
ゴリ松の悲痛な叫び声が部屋に響いた。
オレは襖を巻き込んで後ろに倒れ、隣室の畳に転がる。
「あぅ、あ……んが……」
オレは思った。
お前、誰だよ。
その後、気合の腹パンを何度か貰った。
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