第5湯 依頼者からの提案②
「大変申し訳ございません。お客様。少しお声が大きいようですので、お静かにお願い致します」
ルターの高らかな大声に店員が申し訳ないといった表情で頭を下げた。それにはルターの目も普通に戻って、さらには理性も戻ってしまい耳まで赤く染まってしまう。恥ずかしいと。
「す、いません。はい。気を、つけます……あの、ごめんなさい」
「失礼致しました」
テーブルから去る店員の背中に、ハイジも口端を吊り上げてルターへと満面の笑顔だ。
「ざまぁないなぁ」
「……にゃろう」
◆◇
僕の父さんはなんでもこなす凄い人だ。
何もなかった場所に父さんが必要なものを全て、設置した。僅かな日数で。
さらに父さんは人手間で―ー周りに浮かないであろう生物を産み出した。産み出した後は何も手を貸さずに見守り楽しんだそうだ。さらに遠い場所で、視たことのある生物を産み出して傍に置き、その生物のために同じ様子の生物を黙々と産み出した。
しかし次第に、その生物は手に余るようになり管理者を多く、黙々と産み出した。役割も決めて生物たちを監視者には羽根が与えられた。逆に生物にはあるが管理者には与えられないものがあった、性別だ。
しかし。生物たちに感化された監視者たちの中から父さんに敵対する勢力が現れた。
要約すると。父さんは管理者任せで仕事を成さないろくでなし。
愛もなく産み出し愛を与えないクズ。と唱えた訳だ。
確かに父さんは生物たちに対して救いは気紛れで試練ばかりを与え、気に入った生物にのみ愛を、子種を与えた。地上に父さんの子どもが多く産まれ、生物間での戦いには必ず、筆頭として雄叫びを上げていた。死んでも彼らは父さんに迎えられ監視者の立場を与えられる。
ついには管理者同志の諍いが起こる。
父さんを殺し全特権を手にするために殺し合いを始めた。
僕が産まれるずっと前のお伽噺だ。
お伽噺の続きは、もちろん父さんが勝った。敵対勢力は全員が地へと、さらに暗い最果てへと堕とされた。
惨劇の日の後に――僕は産まれた。
『お前は願いを叶える為に産まれた。魔人だ』
『はい。父さん。それで、願いとは叶える為とはどういった意味でしょうか?』
『ただお前は《どんな願いも3つだけ叶えよう》とだけ言うんだ。いいね』
『はい。父さん。でも。どんな生物に言うんですか? どう出会うんですか? どうやって、父さんからの命令に応えればいいのかが僕には分かりません』
『お前は、この
父さんが使える奇蹟の能力を僕は手中にしている。
『同じ相手の前に落ちてしまった場合はどうなりますか? 拾われてしまった場合、然りと』
『あり得んことは考えるな。
◇◆
(所有権の譲度とかはいいのかな。父さんも何も言わないだろうか)
「ハイジ=ブランコ。僕は君の
「気持ち悪いな。見ろ、腕にさぶいぼが出てきやがったぞ」
ハイジの言葉を他所に、
「じゃあ。本当にいいんだね?」
《
腹を据えているチェイスが大きく顔を縦に振る。
「じゃあ。仕方がない、……君がそう願うのであれば、僕は叶えることが仕事だからな。一応、僕が改めて聞くからチェイスも改めて願いを唱えてくれ。そうじゃないと譲度は出来ないぞ。
よし! 言うからな!
《チェイス。どんな願いも3つ叶えよう! 残り、あと2つ。願えを唱えよっ》」
ひそひそと小さい口調で辺りを伺いながらルソーはチェイスに十八番の台詞を吐いた。一方のチェイスは一切と表情も変えずに言い放つ。
《甥っ子。チェイス=ブランコの実兄、ワイズ=ブランコの実子次男、ハイジ=ブランコに三つの願いの残りを譲度し、残り1つの権限はハイジに委ねるものとする》
迷いのない強い口調の言葉。
「
そして長年の親子のような関係に終止符が打たれた。
2人が顔を視合う。
「なんだ。もう終わったのかぁ? 嘘くさいなぁ?? 隠しカメラとかで騙そうとしているんじゃないのか?」
あっけないやりとりの様子に怪訝な表情でハイジが聞く。
「そーゆーことだから。ブランコくん、この先は宜しく頼むよ」
「ふざけるな。知ったことかってんだ」
「だってさ。チェイスとは性格も何もかも似てないね。甥っ子ってだけのことはある」
「その子は特別、ひねくれているだけですよ。ルソー」
アンヌが肩を竦めてため息を吐いた。
彼女のため息にるルソーも頭を掻いて唸ってハイジを見据えた。
「なのかな。人間って生物は、色々と難があるもんなんだな」
「だからこそ、面白いのですよ。きっと、この子との旅は貴方にもいい刺激になるはずです」
「そうだといいな」
ルソーとアンヌの会話にハイジの眉間にしわが刻まれる。
もう何も言い返す気力もない。言ったところで聞く相手ではないと分かったからだ。つまるところ、この旅にハイジの拒否権も人権なんかも一切合切とない訳だ。聞く耳すらも。行かされることが前提で用意周到だ。唸るしかない。ここまで本人の承諾もなく進めるなんてことがあってたまるか、とすら思う。
(行くことが勝手に確定されてやがる。えぇと、旅の目的は《湯けむりの番頭》のエルフを探し出すことだったか。絶対に逢えるって保障もなければ旅行気分での2泊や6泊みたいな簡単なものなんかじゃない。だが。その間、子どもたちは少なからず飢えもしなければいい家に住んで教育も受けられる。子どもにとってもみりゃあオレなんかと一緒にいるなんかよかよっぽどいい環境なんだろうよ。だが。それは口先だけで嘘八百じゃないっていう保証はどこにある? 帰ってきたら売られてていないなんてオチもないと誰が言えるってんだ?)
うー~~ん、と唸るハイジにルソーは言う。
「お前。一人旅が趣味だって聞いたよ。子どもが産まれる前はしていたんじゃないのか? よぉうく考えろよ。行ったこともないような場所や国を旅できるんだぞ? ほぼほぼと無料でだ。色んな話しとか聞いたら小説の飯の種になるじゃないか! 決してお前が損をするって訳でもない話しじゃないか! お前は選ばれたんだぞ! 肩の荷もなく気軽に探し回れる旅だって言うのに辞退なんかしたら子どもたちはなんて言うと思う? 子どもたちのせいなんかにして逃げるなんて真似は――情けないんじゃないのか?」
煽る言葉にハイジも「情けないだって?」目を細めてルソーを睨んだ。
「ハイジ。私は約束は絶対に守ります。伊達に子ども3人の育児も教育もした訳ではありません。経験だってあるんだから、何の心配も要らないのよ。どう? 行く気になったかしら。無職の分際で」
がつん! と来た――強ワード。
無職の分際で。
「っぐ!」
ぐぅの音も出ないとは、まさにこの状況だ。
「お金も助っ人も子どもの心配の何もかも要らずに旅が出来るのですよ? なんてことでしょう。世界の物語も知らない世界も、足を踏み入れて直に愉しむことが出来るだなんて、人探しが前提の旅にしろ貴方にとっていい刺激になるんじゃないのかしら? 小説の幅もネタも広がるということは飯の糧に繋がり収益にも繋がり大作家も夢ではないんじゃないですか? そこか貴方の腕と文章力もあるでしょうが」
推され続ける背中が痛いとすら思えた。足がずりずりと前と進まされる。
(弱ったな)
ハイジは押しに弱いことを全員が知っている。
(これは不味いぞ)
「でも、叔母さんっ」
何かを言い返そうと必死に言葉を探す。探す。探す――のだが。
「ぃ、つ……から、だ?」
にっこりとアンネは膝の上で拳を握った。
「まだまだ、旅の為にお話しはあります。まずはお聞きさない」
「は、ぃ」
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