第3湯 依頼者本人との対面

「貴方は何故、どうしてとばかりと否定的に聞くので。お答えしましょう」

「そう願いたいね。憐れなネズミにお聞かせください。女王陛下様」

 おかわりのコーヒーもテーブルに置かれる。

 なんとも言えない空気のテーブル席に、店員もそそくさと席を離れて行った。

 ルターはにこにこと女性店員の尻を見ていて、2人の会話に興味はない様子だ。しかし、すぐに小さく鼻息を吐いて視線を2人へと戻すのだった。

「まず一つ。口笛はブランコの家系だけの武器であり、継承されたのは貴方だけなのです」

 突然の武器の話しと継承の言葉にはハイジも耳を疑う。

「はぁ? そんなこと初めて聞くぞ? 適当なことを言ってオレを騙そうとしているんじゃないだろうなぁ?? 胡散く――」とたくしまくるハイジの口をルターが手で覆い塞ぐ。

「煩いんだよ。黙れよ、ブランコ君」

「ふご!」

「どうぞ。続けて、アンヌさん」にこやかにルターも会釈をする。

「ルター、ありがとう。継承された貴方だけが、こちらの武器の所有者となるのです。ああ。こちらの元々の所有者は私の旦那です。もう扱えないので貴方にお渡しするようにと、どうぞ」

 どこからか何かを包んだ布を取り出しテーブルの上に置いた。中くらいの長さのあるそれをテーブルに置くことによってカップも端に寄せられ、いつ落ちてもおかしくはない。

「ふご!」

 塞がれた口から洩れる音は明らかに不機嫌だ。

 どうせ、要らないと突っぱねると想像も難くない。

 アンヌも「貴方自身の身を護るための武器で在り。仲間の窮地を救う武器でも在り、多くの命を散らす武器でも在ります。旦那も躊躇なく扱った武器でも在ります。今は使われてはいませんから、ただの古い暗器でしかありません。眠っているようなものなので静かなものです。触って頂いて結構ですよ、馴染むかどうかの確認もしてみては如何でしょうか。相性も良ければ起きるかもしれません」淡々とハイジに説明をし、触れと手でジェスチャーをしてハイジに勧める。

「だってさ。玉なしなのか? 触るのも怖いぃー~~って、さ」

 含み笑いをしてルターがハイジを煽る。結果としてハイジも勧めに乗った。

 口を塞ぎ続けるルターの手を叩いて剥がし、

「煩いな。ガタガタと」

 口をへの字にルターをひと睨みをして布を開けた。


(これは、……短剣。それとも。矢、か何かか??)

「ふぅん」


 布ごと暗器を持ち上げた。

 一見すれば編み物をする道具にも見えた。

 しかし、それにしても二回りは大きく、さらに二回りは長い。

 暗器というような重さはない。大きく長いというのに金属独特の重さがからきしとない。ここまで軽い暗器に「叔母さん。これには正式な名前はあるのか?」ハイジもアンヌに確認をする。口笛で動く暗器だとは聞いたが、本来の名前も知りたくなった。興味が沸いた。

「【断末の矢】と。もしくは――【悪魔】と旦那は笑っていました。子どもが産まれる前まで使用した旦那の二つ名は【天使】なんて呼ばれていたようです。何故か分かりますか? ハイジ。ルター」

「ふふふ。簡単だな」

 ルターが含み笑いをして肩を揺らした。

 しかし、当然ながら二つ名の意味が分からないハイジには、ルターの態度に腹が立った。面白くない。もともと、知っていたんだろう! と眉間にもしわが寄せられる。

「知るか。どうだっていいよ、そんな昔話なんか興味もない。【悪魔】ね……口笛で反応するのか。へぇえ」とルターを横目で視て口を突き上げた。

「ハイジ! 止さないかっ! 場所をわきまえろっ」

「ふんっ。おい、次に名前を言ってみろ。水をぶっかけるぞ」

 注意を受けたハイジも「こんなものをオレに寄越して。殺人鬼稼業を就かせる気か。叔父さんもなんだって、手放す気になったんだ? 普通は墓場まで持って行かなきゃならない奴だろう。こんな危ないヤツが間違って地上に出て困るのは管理不足と言われる叔父さんじゃないのか。そうだろう、叔母さんにだって想像くらい思いつくんじゃないのか。容易に」はっ! と言葉と疑問の正当性を訴えた。

「確かにそうですが。扱える人間が限られますし、そんなものを暗器と分かる世代も老人ですよ。それに暗器の恐怖を知るのも老人。世に出ても無かったものと破棄されるでしょう」

「なんだ。そんなにすぐ壊せる金属なのか、コレは」

「まさか。壊せませんよ。どこかに埋められるくらいしか出来ません。人間が創造したものではないようですから。人間風情なんかがどうこうしょうなんて無理に決まっているじゃないですか」

 くくく、と悪い顔でアンヌも嗤う。

 黒い感情の浮き上がりに「アンヌさん。顔、顔。ヤバいですよ」ルターも注意を促した。

 それにはアンヌも、はたと咳き込み誤魔化す仕草をする。

「人間風情がどうこうすることも出来ない暗器である【悪魔】を所有し継承をし扱えるのはハイ――ブランコくんだけなんだ、名誉で光栄なことじゃないか? もう少しテンションも上げて喜んでもいいだろう、そこは」

「名誉? 光栄だぁ?? 何がだっ。手に余る殺人の道具を押し付けられて喜ぶ馬鹿がどこにいる。少なからずオレは喜ばないぞ。小説家であるオレには必要なんかじゃないんだからな。馬鹿も休み休みに言えよ?」

 低い口調で吐き捨てるハイジを他所に、

「まず。そちらの譲渡とこちらの革の巾着袋。巾着袋はお金が湧きます。足を踏み入れた都市や村や国のがです。ただ一日の上限があるので気をつけて下さい。あと、こちらの【骨壺懐中の匣】です」

 行くともやるとも顔を縦に振っていない彼へと旅に必要なものをテーブルに置いて行く。異様な光景であることに間違いない。

 言われる言葉にハイジも興味がなく大欠伸をする。背伸びもする。

「そんなものを出されて俺に寄越しても行く気なんか起こる訳がないだろう。全く、叔母さんは本当にめんどくさい人だな」

「貴方を選んだのは旦那です。文句は彼に言って差し上げて下さい」

「いない奴に責任を押し付けるのかぁ? 大人げないんじゃないのかぁ??」とネチネチと文句もタラタラと吐くハイジの前でルターは匣を開けた。


「ほら。文句を言えよ」


 空いていたはずの席に立体的で半透明な男が腰を据えていた。

 ハイジも顔には見覚えがある。自身の父親の面影のある――チェイスだ。

 少し老けて黒縁眼鏡をかける男が辺りを見渡し、ハイジを真っ直ぐと見据えた。

 

《おおー~~い。はーちゃん、チェイス叔父さんだよ》


【骨壺懐中の匣】は名前の通り――遺骨や魂を取り込むものである。しかし、チェイスはまだ死んではいない。研究者である彼は箱を魔改造を施し、活きたままでも話せるようにしたのが真相だ。


「ふざけた対面もあったもんだな。誰が、はーちゃんだ。叔父さんも元気そうで何よりだ。旅にも行けるんじゃないのか?」


《全く、減らず口は誰に似たのかな。もう少しは兄貴に似てもよかったんじゃないのかな》

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