第18話

「真智?」

「あ? 福太郎かよ。さぼりか?」

 コンビニでタバコを買っていると、隣のレジに並んでいた福太郎に声をかけられた。

 彼の手には、よくわからないスイーツばかりが手に並んでいる。

「そんなわけないでしょ。今日は定休日だよ。お前こそ似合わないスーツでどうしたの?」

「最後の仕事の帰り。仕事を頑張った自分へのご褒美」

 コンビニの外に出て真智がタバコを加えると、それに合わせる様に買い込んだスイーツのひとつを福太郎は袋を開けて頬張るのだった。

 まったくもって見た目とのギャップがすさまじい男である。

「はは、いつもと同じもんしか買ってないのに? これで顔のない写真事件は終わりだね。結局は呪いとしてはとてもあっけなかったけど、中々面白かったよね」

「なにも面白くねぇわ。ただ疲れただけだよ、それに……。なんかおかしいんだよな……」

 なにか最初から俺たちはなにか間違いをしているような気がしてならない。

 顔のない写真の真相もわかり、依頼人である箱壷の命も救った。それして、垣原の気持すら助けたのだ。

 十分な働きをしたし、何一つ零してないはずなのに。

「おかしい? 何が?」

「何がって言うと、全部としか言いようがないんだよな……けど、呪いの犯人も見つかって、その犯人も自分がしたことだって認めて、今さら何が間違ってんのかも自分でもわからん。まあ、写真渡したの貝津の娘だと思えないってのもあるんけだとさ」

「でも、彼女ぐらいしかいないだろ? なに? そんな可愛い子なの? その娘さん」

「いや、普通のおばさんっぽい人だったけど、なんて言うか、可哀そうって言うか、健気だと言うか、不幸っぽいと言うか……」

「全部悪口じゃん。なに? 嫌いなの?」

「いや、違うよ。ただ、こんな風に真っ直ぐ他人のために生きてきんだから、これからも真っ直ぐに生きて欲しいなって思っただけ」

 あの前向きさを呪いみたいな得体の知らない汚れを付けて欲しくなかっただけで、不意に落ちないように感じているのかもしれない。

「なにそれ。ま、どちらにしてもコレいらなくなっちゃったね。今朝友達からメール来てさ、最後の一人見つかったらしいんだけど、もういらないね」

「顔のないし写真の最後の一人?」

「うん。蜂谷夢空(はちやゆむ)ちゃん。十九歳だって」

 そう言って、福太郎はメールを受け取った自分の携帯を真智に見せた。

 そこには、人形みたい小柄な少女が映っている。

「……死因は、病死……」

 一木蜜柑と同じである。

「ん。で、亡くなったのは半年前ぐらいだって」

「垣原は、一年前にあの写真を貼ったと言ってたよな?」

「え? うん。そんなこと言ってたね。それがどうしたの?」

 ふわっと、真智の中で何が浮かんではじけた。しかし、そのはじけた飛沫は一本の線を描くように並んでいく。

「西木野蛍は、最近。一木蜜柑は、三か月以内。蟹江ニコは、六か月前。この蜂谷夢空は、半年前……」

 全員が、一年以内に亡くなっている。

「なにかおかしい? まあ、こんだけ人死んでるとちょっと不気味は不気味だけど、死因もみんな違うし、虹華ちゃんは生きてるしやっぱり偶然……」

「これは偶然じゃない」

「え? 何言ってるの?」

「それに恐らく、死因も全員違うわけじゃない。本当は、全員同じ死因だったんだよ、福太郎」

「……ちょっと待って、それってどういうこと?」

 流石に真智の真剣な顔に何かを感じ取ったのか、福太郎が真智を止める。

 たまにあるのだ、自分の中だけで解決して終わってしまうことがこの男には。

「僕にはなんにもわからないんだけど。ちゃんと教えてよ。これだけ手伝ってそれはないでしょ?」

 乗り掛かった舟が向こう岸についていないのに、降りられるわけがないだろう。

「皆同じ死因って何? 自殺、他殺、病死でしょ? 違うよね?」

「厳密に言うと違う。でも、恐らくみんな死に至る病だったんだよ」

 死に至る病?

「なにそれ、突然小説みたいなセリフだして」

「そうとしか言いようがない。ニュースで西木野蛍の友達が言ってたこと思い出せるか?」

「え? なんだっけ? いい子とか、悲しいとか……あ、闘病中って……」

「そうだ。西木野蛍は、殺される前から病に侵されていた。そして恐らく、一年以内の余命宣告を受けたんだと思う」

「そうなると、蟹江ニコちゃんは? 彼女は自殺だよ?」

「三人も一緒で一人だけ違うなんておかしいだろ。恐らく自殺の原因が病気だろうな」

 病気と一緒に心が病んでしまう人だって少なくない。それに蟹江ニコもまだ十代と若かったこともある。未来が断たれることに絶望してもおかしくないだろう。

「……おかしいじゃん。それは、流石に真智の言いがかりだよ。だって、虹華ちゃんはまだ生きてるよ。それとも、虹華ちゃんも病気なの?」

「多分、虹華は病気ではない。他の四人は、虹華が生き残るために選ばれたんだよ」

「生き残るためって、なに? なにかの儀式なの? 四人の魂を虹華ちゃんに集めるとか?」

「そんな魔法みたいな話じゃない。古来からよくあるやつだよ。あれは、箱壷を不幸にする呪いじゃない、前提から違うんだ。あれは、ただの蟲毒だよ」

 蟲毒。

「あの、箱や壷の中で毒虫を入れて最後の一人になるまで共食いを繰り返させる、やつだよね? 蟲毒って」

「ああ。一匹の『虫』を残すんだよ。今回、『箱』や『壷』の中から一匹生き残った『虫』が虹華なんだよ」

「……そんなっ! て、なんてことにボクはならないんだけど、これボクがおかしいの?」

 蟲毒よりも箱壷が不幸になるために起こした呪いって方がどう考えても怖く感じてしまう。

「第一、蟲毒は毒を持ってる虫やらなんやらを入れてその毒を使って呪ったりするもんだよ。人間には毒はないし、なにより壷の中は上手いとこ言ったかもしれないけど、写真でどうやって毒を生成するの? 無茶苦茶すぎるよ」

「顔のない虫は皆毒を持っている。虹華はその毒で貝津を殺したし、ほかの四人は病気という毒で自分を殺した、または殺すはずだった」

「はあ? なにそれ」

「そうだな。確かに確証もないし俺の勝手なこじ付けかもしれない。けど、蟲毒をしたい誰かが垣原を使って上手く呪いにみせかけた蟲毒を作ったとしか思えないんだよ。福太郎は知っているか? 蟲毒で出来た虫は、神霊なものとして祭られる」

「祭られる? てことは何? お前は虹華ちゃんがなにかに祭られてると思ってんの?」

「祭られたのはそいつじゃない。顔がないのは、虹華がただの入れ物だからだ」

「それって……」

 つまり。

「腹の中身を神霊としたかった」

「虹華ちゃんの子供をってことっ!? なにそれ、気持ち悪っ!」

「福太郎は死者蘇生の方法を知ってるか?」

「そりゃ、オカルトマニアだしね。知ってるけど……。なに突然」

「本当に出来ると思うか?」

「はぁ? 出来るわけないでしょ。呪いも死者蘇生だってあり得ないしこの世に存在しないって」

「俺もそう思うけど、本気でしようとしてる奴がいる。死者蘇生じゃないけど、……前にお前が俺に魂を降ろす儀式を見せてくれただろ? 殺された人の魂を人形に入れるってやつ。殺した人間と殺された人間の家族の血を神霊な人形に浸す方法のやつだ」

 そうだ。きっと、あのサイト犯人は見つけていたのだ。

 だから、同じことが出来たのだろう。

「待て待て待て、真智。お前それはあまりにも……」

 それは信じがたいことだった。

「だから言っただろ、これは俺のただのこじ付けで、何一つ確証なんてない。けど、今回全てが揃っていると思わないか?」

 二つの血を漬け込んだ人形(ヒトガタ)の、蟲毒で作った神霊。

 沈のお香が染み込んだ部屋で生活をし、風が当たらない、清潔な場所は分娩室。

 そして。

 ウゴベサチゲ、ソチコジカワ、ヒイハフイムは横で読まず縦で読めば……、砒霜、苺、ハコベ、藤、サイカチ、ムワゲの文字になる。

 顔に文字をかけないから写真の後ろにぎっしりと呪文を忍ばせたのたろう。

 なにも不思議な事はない。

 蟲毒の他の『虫』の用意も、死期が近い人間が誰かを知ることだって出来れば問題ない話だ。それが出来る奴がいる。なんたって、こんな田舎にはそんな場所は一つしかないのだから

 そう。聖協病院。

 一本の道筋が出来上がっていく。

「もし真智が言ってることが正しかったら、僕たちはなにをするべきなんだ……? こんな気持ち悪い呪いが、あるのか?」

「何もできないだろ。これは『呪い』じゃなくて、『呪い』なんだから」

 もう一度話がしたい。

 この願いを叶えるためにしたことは呪い、もしくは呪いか。

 これは一体、どちらなのだろうか。

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