六章 ハッピーエンド

第15話

「和樹」

 ふと、彼の親友が彼の名前を呼ぶ。

「晃? 今呼んだ?」

 先を歩いていた彼が、振り返り親友を見た。

 箱壷和樹と垣原晃は小学校からの友達同士である。

 家庭環境はお互いが真逆。箱壷はここで説明する必要がないが、垣原の方は違う。垣原は乳児の頃父を亡くし、長らく母と二人で生きてきた。とにかく、垣原家は金がなく、垣原は保育園、幼稚園にもいけなかった。初めての人前に出た時は驚きのあまり漏らしてしまったぐらい、彼の世界は閉じこもって出来ていた。そのせいか、周りは垣原を珍獣だととらえ、加えて学校では家が貧乏だと馬鹿にされて、周りでも助けてくれる人はいなくて、母は家計のために傍にどうしてもいてくれなくて、幼い垣原は毎日を途方に暮れていた。

 自分が人と違うのはなんとなくわかる。

 けど、どうしてなのかはわからない。

 そんな時に手を差し伸べてくれたのが、箱壷だった。

 箱壷は彼の家庭環境も知りながら、いや勿論小学校一年生で全て出来るわけもなく最初はわかっていなかったのだが、理解できる歳になっても垣原に手を差し伸べ続けてくれた。

 彼の親も理解があり、きっと見えないところで息子の友達である垣原を沢山サポートしてくれたのだろう。

 決して、そのことについて箱壷は垣原自分がなにをしたなんて語らなかった。どうしていいかわからない垣原に、いつもごめんと謝る垣原に、いつもいいよと笑ってくれた。

 垣原はずっと箱壷を親友だと思って疑わなかった。

 自分が苦しかった時、自分か人間でない時に手を差し出してくれた友はいつでも彼の自慢の親友だ。


 でも、それも今日で終わってしまう。


「あのさ、和樹」

「ん? なに?」

「貝津って先生、高校の時いたじゃん。あの先生って呪いをかける先生だったん?」

「……え?」

 オープンスぺ―スになっているビルの屋上で、フェンス越しに夕焼けを見ながら佇む垣原の横顔が風が撫ぜた。

「あ、ごめん。ちょっと思い出してさ。確か一年の時、和樹の担任だったよな?」

「え? あー……。そうかも、ちょっと昔過ぎて忘れちゃったかな」

「おいおい、たった五年ぐらいしか経ってないだろ。でも、気持ちはわかるよ。和樹は飛び降りるところ、見ちゃってたんだもんな」

「あ……、うん。あんまり思い出したくないけど、うん……」

「和樹、ごめんな。俺、お前がそんな風に思ってるって、全然思ってなくて。聞いたよ、お前が先生に呪われてるって相談してるの」

「あ、えっ。晃、あの人に会ったのっ!?」

「うん。だからさ、もしかしてお前、先生となにかあったんじゃないかと思って……。お前、あの時、俺にすら何も話てくれなくなったじゃないか」

「それは……。そうだな。ごめん。あの時、ボクも動揺してたんだ。晃に伝えて、嫌われるかもしれないって思って……」

「俺に?」

「うん。晃はボクの親友だから、ボクのこと軽蔑されたら怖いって思ったんだ」

「和樹……。馬鹿だな、そんなことするわけないだろ。小学校のころ、お前だけが俺の味方だったじゃないか。正直になんでも話してくれたら軽蔑なんてするわけがないだろ?」

 そう垣原が笑うと、箱壷は胸を撫ぜおろした。

 親友のことを信じられなかった自分が恥ずかしいとさえ思ったぐらいに。

「貝津先生が自殺したのは、実はボクのせいなんだ……」

「えっ そんな……」

 驚く垣原に、箱壷は首を振る。

「実はあの日……ボク、貝津先生と言い合いになっちゃって。晃も知ってるだろ? 先生が無茶苦茶なこと。クラスのみんなも困ってて、ボクの彼女もないてて、それで……。ボク、先生に対峙したんだよ。ものを取り上げるのやめてくれないかって。殴ったり、怒鳴ったりして威圧させないでくれって。こんなに泣いてる子がいるんだから改善して欲しいって……。でも、どれも鼻で笑われるだけでダメだった。だからボク、こんなことは言ってはダメだと思ってたんだけど、カッとなってついボクの両親に言いつけるって言っちゃって……」

 高校生にもなれば自分の親の立ち位置ぐらいどんなものかなんてわかるだろう。特に箱壷の両親は目立っているのだから。

 だからこそ、それを相手を攻撃する手段に使ったと自覚が彼にはあるのだ。

「それが原因だって、和樹は思ってるのか?」

「ああ。だって、遺書もなく突発だっだろ? ボクの言葉で追い詰めた他ないじゃないか。先生は自分で屋上に……」

「和樹、そんなわけないだろ」

「いいよ。下手な慰めなんてやめてくれ。ボクはずっとこの罪の意識と戦いながら生きて行かなきゃいけないんだ」

 箱壷が胸に手を当てて懺悔のようにポーズを取ろうとすれば、さっ垣原り手が伸びた。

「晃……、でもボクは本当に悪いことをたって……」

「違う。そうじゃない。なあ、和樹。お前は、なにを言ってるんだ? 先生は一人で屋上に行ってないだろ? 呼びに来たじゃないか。あの時の和樹の彼女、夏目虹華が」

「え?」

 箱壷は、垣原を見る。

 知らないはずの事実を口にする彼を。

「晃? 何を、言ってるんだ?」

 箱壷の背中に冷たい汗がしたたり落ちる。手のひらがじんわりと湿っていく。

「何をって……、和樹こそ何を言ってるんだ? 全部嘘しか言ってないじゃないか」

 声は酷く冷静で普段通りの垣原なのに、箱壷を掴んだ手の力は段々と強く強くなっていく。

「あ、晃、痛いよ……、どうしたんだよ。いきなり、嘘って。ちょっと怖いよ」

「あの時、俺は生徒指導室で先生が買ってくれた飯を食べてたんだよ」

 貝津善旭が学校の校舎から飛び降りたあの日。

「覚えてるか? 高校一年の時、俺がクソ爺に毎日暴力振るわれて、飯ももらえなかった時のこと」

 垣原は当時の母の再婚相手から酷い虐待を受けていた。

 高校生、体格もよい男が虐待なんてと笑う人もいるかもしれない。けど、彼はまだ子供で、彼には大好きで大切な母親という存在を常に人質のように取られていたのだ。

 自分が反抗しようものなら、全てが母に降り注ぐ。

 子供では、どうしようもなかった。母の手を取り、一緒に逃げようと行っても裸足の足では何処にも連れていけなかった。

 どれだけ泣いても助けを求めても、家と言う檻の中で地獄のような日々だった。

「和樹もさ、まに菓子パンとか奢ってくれてさ、俺、本当に感謝してるんだ。もう母さんは死んじゃったけどさ、いい友達だね。大切にしなねって言われながらお前から貰ったパンを半分ずつ食べてさ。俺もそう思う。そうするってずっと話してた。あの時惨めな気持よりも、何も言わなくて自然にそんなこと出来るお前がただただかっこよくて、死ぬ程感謝して、ずっと自慢の友達だと思ってた。いつかお前にも恩返ししたいって」

「晃……。でも、あの時、あれぐらいしかボクはできなかったし……」

「そうだよな、高校生だもんな。俺がどうしていいかわからなくて、ことを荒立てないようにお前の母さんや父さんに言わないでって言ったのは俺だし。その気持ちを汲み取って尊重してくれたのは嬉しかった。本当は介入してもらった方がよかったんだと思うけど、俺の気持ちを大切にしてくれたのは嬉しかった。だからこそ、惨めな気持ちにならずにお前の隣にいれたんだと思う。けど、その日以外、俺が何を食べて生きてきたか知ってるか?」

「え?」

 そんな話題を垣原に振るほど、箱壷は無神経な人間ではない。

 垣原も決して箱壷には話そうとしなかったし、それこそ、惨めな気持ちさせてしまうのではないかと、箱壷は思ったからだ。

「あ、えっと、ゴミ、とか?」

 惨めな食べ物で思いつくものが、彼の中にはなかった。

 その失礼極まりない回答に、垣原は怒るわけでも喚くわけでもなく、ただただ笑った。

「ははは。お前、本当失礼だよな。でも、案外筋は通ってるか。本当はゴミでも食べなきゃいけなかったのかもしれないし。でも、不正解。一年の冬迄、ゴミなんて食べなくて済んでたのは先生が俺たちに毎日、休みの日も夏休みも毎日、飯を買ってくれてたからだよ」

「……え?」

「はは。知らなかった? 腹を空かせて殴られた俺を助けたのも貝津先生だし、母さんを説得してシェルターに避難をさせたのも貝津先生だし、なくなら、あのクソ爺から庇ってくれたのも貝津先生ただ一人だよ。貝津先生は母さんと俺の恩人なんだよ。」

 貝津善旭は垣原にとっては正義のヒーローだった。

 文字通り、悪い奴から自分と母親を守ってくれたばかりか、道が逸れかけていた垣原に正しい道を示してくれた。

 確かに、時代錯誤のような教師だった。担任でさえ垣原の家庭環境は問題ありとしても介入することはなかった。ただ、問題ありの家庭の問題児。それだけだった。

 でも、クラスも違う貝津善旭は違った。垣原の体のあざにすぐに気付き、そこから垣原への怒涛の介入を行って言った。

 垣原自身、最初はどうにもならないくせにとうざったく感じていた。口だけの大人は沢山見てきた。自分と母親を助けてくれたのは、口を出すことなく支えてくれた箱壷たちだけだったのだ。そう思うのも無理はない。

 しかし、貝津善旭は他の大人と明らかに違った。どんどん、前に出て来てくれる。そしてその多な背中で何度も守り受け止めてくれた。何度も何度も垣原の名前を呼び、手を引いてくれる。怒ることも笑うことも沢山だった。感謝だけじゃない。ありがとうという気持ちだけじゃない。この野郎という罵倒も、時にはどうしようもない気持ちの怒りもあった。まだ子供である垣原のそれも全て、貝津善旭は受け止めてくれた。受け止めて、時には叱り、時には笑い、時には一緒に泣いてくれた。まわりもはばからず、一緒に。

 垣原は気づかされたのだ。貝津善旭に、自分は諦めていたことを。

 助けてと声をあげても意味がないと、最初から誰も頼りにならないと、一人でなんとかしないと。自分が母親を守らないと。そんな責任だけが自分の喉を圧し潰して、いつしか助けてと言えなくなったことも。そのことに気づかないほどの自分の諦めに。

 垣原が今まで言えなかった助けてと伸ばした手を、貝津善旭はしっかりと握ってくれた。

 垣原晃もまた、貝津善旭に救られた生徒の一人なのである。

「お前らのクラスが先生のこと嫌ってるのは知ってる。誰かの化粧かマニュキュアかなんかを貝津先生に取り上げられたんだっけ? で、女子たちが騒いで返せコールして叱られて泣いた? だったかな。あの時、周りも貝津先生に厳しく怒られてたからうっぷんがたまってたのか知らないけど、学校なまにセクハラやらパワハラやら騒ぎ出したのは覚えてる? でもさ、それって怒られた方が悪いんじゃないの? 先生が自分勝手にしてくれたわけ? お前の彼女がみんなを先生から助けたいってなに? 何されたの? ルール破ったから怒られただけじゃん。悪いことした奴が悪いのにっ。先生はずっと俺みたいに誰も救ってくれなかった生徒をずっと助けてくれていたのに、それが悪いことなのかよっ!」

「知らなかったんだよっ!」

 垣原の怒りを返すかのように、箱壷が叫んだる

「お前、そんなこと一言もボクに言わなかったじゃないかっ! 知りようがないだろっ! それに、ボクだってただ巻き込まれただけだよっ! ボクは何もしてないし、何もやってないっ! 今更勝手に犯人にするなよっ!」

「……また嘘かよっ」

「嘘じゃないっ! 嘘だと言うなら、証拠を出してみろよっ! そんなものはないだろっ! だってボクは無実なんだからっ! お前はボクを犯人にして……」

「あるよ」

 垣原はそう言い、自分の携帯を差し出す。

「……え?」

「証拠なら、あるよ」

 そう言って、垣原は携帯の画面にあの自殺動画を流した。

「え? なんで? え? なんでそれ、晃が持ってんの……?」

「別に俺は持ってないよ。これ、今ネットでよく流れている自殺動画なんだ」

「うそ、だろ? だ、だって、あの時、虹華は消してたじゃん……」

「虹華の友達の眼鏡いただろ? あいつが金に困って誰かに売ったんだってさ」

「は? はあ? な、なんだよそれっ! そんなの、犯罪じゃないのかよっ! 人としておかしいだろっ! こんな動画ネットにながすなんてっ!」

「いやいや、和樹。それ、お前に言えることなんだわ。証拠、ここにばっちり映ってるぞ。先生が飛び降りる瞬間、白いうさぎのキーホルダーを手に持ってるんだよ。だけど、先生の遺体にはそれはなかった。回収したの、下にいたお前だろ? あの時、お前が一番最初にかけよってたからこそ出来ることだ」

「そ、そんなこと……」

「あるだろっ!」

「い、痛いっ!」

 垣原は強く強く、箱壷の腕を掴む。

「あのキーホルダー、何度も先生に注意されてただろ? それを逆手にとって、虹華がどんな酷い先生かを携帯で残そうって。ネットに上げたり教育委員会に持ってこうって騒いだりしてたの、聞いたよ。わざわざ先生が注意してたキーホルダーを、お前が柵の向こうに投げたんだろ? そんで、そのキーホルダーをみた先生が何度も注意したのにと虹華を怒鳴り怒る姿を携帯で撮ろうって。でも、先生は理由なく生徒を叱る人じゃないし、困ってる生徒をそのままにする人じゃないんだよ。身体でも時間でも金でも、なんでも俺たちのために投げ打ってくれる。生徒が困っていたら、絶対に助ける先生なんだよっ! なのに、お前は……。」

「ボ、ボクは、そんな……」

「俺、お前のことずっといいやつだって信じてたよ。先生の件、お前はなにも関係ないって信じてた。けど、違ったんだな」

「ち、ちょっと待ってよっ! 晃は誤解してるっ! ボクは本当に何も知らんだよっ! 何も知らなかったっ! 虹華が原因なのに、あいつがやったことにのになんでボクを責めるんだよっ! 確かに、ぬいぐるみは隠したよ。ボクはなにもしてないのに、今みたいに疑われるかもしれないと思ってねっ! だけど、ボクだって巻き込まれた被害者じゃいかっ! ボクは君の言うような悪い人間じゃないっ!」

 垣原は深く息を吐き出した。

 お互いがお互いを親友だと思って生きてきた。

 何があっても信じて疑わないぐらいに、箱壷を信じて生きてきた。

 一年ほど前までは。

 一年ほど前、先生の月命日に墓に花を持っていくと、貝津善旭の家族がいた。二、三話を交わして別れ際、この動画を垣原に教えてくれた。いつも月命日に通ってくれる君だけにと、心の打ちを語ってくれた。

 最初はただただ、信じられなかった。親友が恩師の死に関わっていたなんて、信じられなかった。けど、動画をみれは先生がいるし、先生が手に持っているものは親友のカバンについていたものだし、疑うことも出来なかった。

 だって、あの日に親友は言ったじゃないか。校庭でカメラを撮っていたら偶然先生が落ちてきたって。

 今思えば、随分と雑な言い訳だ。

 先生の家族は、これは胸のうちに秘めておいて欲しい。恐らく父の死は自殺ではなくて相手がいることだと思う。しかし、相手が学生であった場合その子の未来を潰しかねない。そうはなって欲しくない。と、涙ながらに。

 垣原はその様子を見て、まるで貝津がそこにいるような気がした。当たり前だが、顔も姿も似ていないのに、話している芯の強さと優しさが彼にそっくりだったのだ。

 きっと、先生も同じことを言っていただろう。

 垣原は相手の言葉を尊重するように頷いた。そして、恐らく先生同じことをおっしゃると思うとづけた。

 すると、相手は笑いこの決断でよかったのかと心が軽くなったと言った。けど、一つだけ。どんな子がどんな理由で父にこんなことをしたのか知りたいと言い出した。

 心当たりはないか? と聞かれて、垣原は胸がざわついた。

 勿論、知っている。

 けど、ここで親友の秘密を暴露してもいいのか。

 悩んだ末に、白いうさぎのキーホルダーを指さして持ち主二人の名前を教えた。

 箱壷和夫と、夏目虹華、と。

 もし本当にかかわっているのから、反省して欲しかった。

 だって、親友が世界一いい奴だと知っているのは俺だからとバカみたいな思って。

 今思えば、本当にバカなだけだった。

「……俺はお前が良い奴だってこと、知ってる。努力してたのも、知ってる。人を助けたいって気持ちを持って、勉強している姿はかっこいいしそんなことをしなくてもお前は俺を助けてくれた。それらが全部嘘じゃないって信じたかった」

「信じてよっ! 信じてくれよっ!」

 泣きながら叫ぶ箱壷の姿に、垣原は冷たい目を向けた。

 信じて欲しい? どの口が?

 垣原は力いっぱい、箱壷の頬を殴りつける。

「痛っ!」

「出来るわけないだろっ。お前が言った事全て嘘なんだからっ!」

 きっと、いい奴なのだ。普段は誰にでも優しく、優劣もつけない。努力だってちゃんとして結果を出しているし、弱い者いじめをなによりも嫌う正義感の強い男なのだ。箱壷和樹という男は。

「お前は先生と話していないし、この話だって親にしてない。自分のせで死んだと思っているのにも関わらず、自分が下したのは飛び降りるきっかけだと思ったら怖くなって精神的に負担をかけたと事実に修正をかける。先生を呼びにいったのはお前の彼女で、あのキーホルダーを柵の向こうに固定したのもお前。お前ら二人で、計画してやったこと。お前らが殺したんだよ。お前らが、貝津先生を殺したんだ。で、後悔もなく、先生の呪いだと怯えて霊感商法に手を出す、と。お前、そんなに怯えているなら、一度でも先生の墓前に謝りにいったか? 人の家族殺しておいて、先生の家族に一度でも謝ったか?」

「それは……だって……」

「卑怯者。それで何が信じられる? なにを信じればいい? 俺はずっとお前の親友でいたかったよ。だってお前は俺を助けてくれた優しくてかっこいい奴だったから。けど、先生が死んだ原因を作ったのもお前。どうしていいかわからなかったんだよ。先生を殺した分不幸になって欲しいけど、友達として俺を救ってくれた分、幸せにもなってほしい」

 この気持ちの着地点がわからなかった。

 あの月命日の次の月命日にも、家族はいた。垣原は小さく会釈をすると、少しだけ話したいと言ってきた。

 最近、会う人もないので父の話を聞きたいと。

 垣原は迷う。なんたって、前回、いくら恩師の家族だはいえ大切な親友を売るような方になってしまったのだから。

 その態度がわかったのだろう。君のお陰で全てわかったので礼をさせて欲しいと言葉が変わった。何がわかったのだろうか。その答えを聞くために垣原は店の席に座ったのだ。

 そこで聞く真実に垣原は耳を疑うことになる。

 それは、親友が犯した罪の話だった。

 信じられない、信じたくない。自分の人生の恩人による恩人への死。なにを憎んでなにを許せばいいのかわからなかった垣原に、先生の家族は笑って封筒を差し出した。

 そこには五枚の写真と裏に書かれた謎の文字。

 なんだと聞けば、これは人を不幸にする呪いだと教えてくれた。確かに、呪いの儀式に用意るもののように禍々しい。しかし、現代で呪いなんてまたどうして? と、問いかければ、先日ああは言ったが恥ずかしながら真相を知った今は到底同じ気持ちになれない。しかし、父のことを思うと憎む気持ち自体が間違いではないかと思えてくる。そこで、君も同じ気持ちなら意趣返しに協力して欲しい。

 本来なら、罪を償わせたい。しかし、時間も経っているし証拠なんて今更ないのが現状だし、なによりも父はそれを望んでいないと思う。けど、何かしたい。悔しまだ、このままだと。その結果が、呪いである。

 最初はなんておかしな話なんだと垣原は思っていたが、同調できる単語たちばかりで次第にこれで自分の気分も晴れるんじゃないかと言う気がしてきたのだ。

 やることは簡単だった。

 預かった紙を親友の部屋の何処かに貼るだけ。場所は問わないが、なるべく暗い方がいいと言われ、親友が買い出しで垣原を残し部屋を出た時にベッドの下に張り付けた。

 不幸になって欲しいと思ってはダメだと思う自分と、不幸になって先生のことを思い出して反省してくれるかもしれないという希望を持つ自分と、どうせなにもないだろと思う自分がいたのに、いざ貼り終わってしまったら心は晴れもしなければ曇りもしない。

 ただ、こんなものかと呟いただけだった。

 結局垣原自身も自分でどうしていいかわからなかったのだ。

 ただただ、自分のしたことを反省して欲しかった。

 でも、謝って欲しいわけではないし、自分に罪の告白をして欲しいわけでもなかった。

 ただ、自分がしたことを後悔して欲しかったのだ。

 だけど、それはただの理想でしかない。

「俺、先生と約束したんだ。卒業して、仕事して、初めて給料が入ったら絶対に今までのぶん全部驕らせてくれって。母さんと三人で飯を食いに行きたい。感謝の気持ちを二人で言いたいって。そしたら先生は笑いながら、何年先でも開けとくから、急がなくていいって……。その約束を壊したのはお前なまなのに……。それぐらいい先生だったのに……。なんで、なんでお前は……」

 後悔すら、してくれないんだ。

 何故、反省をしようとしてくれないんだ。

 どうして、嘘ばかりつくんだよ。

「虹華がっ! 虹華が言い出したんだよっ! ボクはなにのもしてないっ! 虹華に頼まれただけっ。ほらっ、現にボクは屋上にいなかっただろ?」

「でも校庭にはいただろ? あの日、部活も掃除もなにもなかったのに、お前は何故か校庭で携帯を構えていた」

 おかしいんだ。

 自分は関係ないと言っておきながら、その行動は常に積極的であ。

「それは……」

「いいよ、言い訳今から考えなくても、お前が本当は提案したんだろ? クラスのみんなを嫌われ者から守るためって計画立ててたの知ってるから」

 彼は当時の計画を立てている最中の夏目虹華とその取り巻き二人と箱壷が楽しそうに話し合ってる動画を、見てしまったのだ。

 聞くに堪えない想像の敵を想定して、これでもかと懲らしめる計画は中々信じられないものだったが。

「なんでお前がそれを……」

「はは。嘘だ違うって言わなくて安心した。あの時、お前の彼女写真をとるふりしてずっとカメラで取るって可愛らしい悪戯してたみたい。まあ、二度と見返せないだろうけどな。俺はずっとお前に、あの時のことを反省して欲しかった。先生の家族に謝ったり、罪の意識があるならそれなりの誠意を見せるべきだと思った。先生の名誉のためにも。けど、お前は反省どころか自分は悪いくないと未だに先生のせいにしてるっ! やっぱり呪いなんてあやふやなもんに頼るのは間違いだったんだっ!」

「呪いって……」

「まだ気づいてないのかよ。あの写真、俺がやった」

「な、なんで!? あんな酷い悪戯よく出来るなっ! 呪うって、お前、呪うって! ボクのこと死んで欲しいのかっ!?」

「そんなわけないだろっ!」

 垣原が叫ぶ。

 そんなわけがあるはずがない。たった一人の親友だ。

 先生が命を助けてくれた恩人と言うのなら、箱壷は垣原を人間にしてくれた恩人だ。

 そんな相手に死んで欲しいなんて願うはずがない。そんなことがあっていいはずがない。

 そう、垣原自身も思っていたのに。

「けど、今はその気持ち自体がの間違いだっんだなと思ってるよ」

 嘘を話すその顔には、人間にしてくれ恩人の顔がどこにもなかったのだ。

 二人とも大切な人だった。先生も箱壷も。だからこそ、迷っていた。苦しんでいた。

 けど、もう迷えない。

「こい」

 垣原は箱壷を屋上の隅へと引きずっていく。

「ど、どこいくのっ!?」

「お前は考えたことあるか? 先生の気持ちを」

 垣原は何度も考えた。自分の命を救ってくれた恩師の気持ちを。

 嫌われ者だと知っていても、気にする様子もなく平然としていたが本当に平気な人間なんていないのを垣原は良く知っている。

 俺だけは尊敬しようと、俺だけは先生がいい先生だと知っていると、伝えられなかった自分を何度憎んだことか。

 そしてまた考える。

「あの時、学校の屋上から落ちた先生の気持ちを……っ!」

 先生のことを。先生の気持ちを。先生は地面に落ちる瞬間、どんな気持ちだったのか。

 怖かったのか、騙されたと思って悲しかったのか、それとも、近くにいた箱壷のことを危ないと心配していたのか。

「先生がどれほど怖かったか、先生がどんな気持ちだったか、一度でも考えたことがあるか!?」

 箱壷の視線の先にはフェンスが一部取り払われてカラーコーンが立っている場所がある。

 まさか……っ!

「あ、晃っ!? まさか、お前ボクを……っ」

 突き落とすつりではないだろうなっ!?

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