第12話

「とんだ骨折り損だな……」

 準備と合わせてこれだけの時間を有したというのに、貝津家での収穫は実に虚しいものであった。

 箱壷を悩まさせている呪いについての情報はなにもなく、逆に新たな謎だけが蓄積していく。これほどまでに虚しい収穫があるというのだろうかと、真智は叫びだしたい気持ちで一杯だ。

 だが、貝津善旭の家族が容疑者から外れたのは一歩前進であるのは間違いない。しかし、真智にとったら家族が容疑者から外れてしまうのは一歩前進どころか百歩後退に等しいのだろう。なんたって、家族ではなければ新たに容疑者として上がるのはこれは殺人事件ではないかと叫んでいた無数の生徒たちに切り替わってしまったのだから。あの写真の量を思い出すだけでも頭か痛くなる。これならば、貝津善旭の家族三人の誰かが容疑者だった方が随分とマシだ。

 だが、娘の方は呪いをかけねば生きていけない程の弱さも暗さも、なんなら未練もなさそうだった。今更だがこんなことを寺の息子が言うのはどうかと思うが、あの父娘は恐らく父親の死後の方がうまく行くタイプなのだろう。死んだ後にうまくいくもくそもあるかと言われたらそれまでだが、生きている限りでは知れないことが人間思ったより多くある。死んだ後の方がその人の全体像が見えるのだ。多くの場合、それが悪い方に動くことが多いが、あの父娘においては珍しく良かった方へ転がっている。父は、娘が一人で生きていくための道しるべをその背中で残したのだから。

 次に容疑者であって欲しかった妻と息子、いや、妻は元妻か。そもそも貝津善旭の人生の物語から早々に退場しているから論外である。

 憎しみは、執着だ。どれだけ執着のあるものが汚されてしまったか。それに尽きる。

 執着も愛着も着るものがなければ奪われるものはなにもない。

 そうなると執着していた息子を言葉や態度で汚されたと思っている元妻の方は、箱壷よりも貝津善旭の方を恨んでいそうである。

あれだけ慕われているのなら生徒の誰かが依頼人を恨んでもおかしくない。

 息子は父に愛着もなにもないだろうし、そもそも父に着せてもらったものも持ち合わせていないだろう。

 しかし、気になるのは何故あれだけ慕われている先生の印象が依頼人には最悪なのか、だ。

 真智はさらに首を捻る。

 いくら時代にそぐわないとしても、そもそも行動も娘からと箱壷からの証言ではとてもじゃないが同一人物とは思えない。

 なんと言うか、言葉を選ばずに言うのなら、どちらかが嘘をついているのかと疑ってしまうほどである。

 しかし、箱壷はこれ以上嘘を吐く必要などはないぐらい最悪な話を依頼として真智にだしている。逆に貝津の娘の方も真智に父親の嘘を伝えているかもしれない。しかし、なにも関係ない真智に果たしてそんなことをするのだろうか。そしてなにより、嘘が混じっているにしては彼女の言い分は見事に一本筋が通っているものだった。気になるのはロープの下りくらいで、その問題すらも彼女の中だけで収まる範囲だ。

 つまりどちらも真智に貝津善旭の嘘を真智に伝えたところで、なにも利点がないのである。

 何故こんなことになっているのか。

 立場の違い、場所の違い、育った時代の違い、とか? 確かに、両者の話の共通点としては時代にそぐわない教育、体罰などをしていたってことぐらいか? 娘の方は、していただろうぐらいの認識だったが、箱壷についてはしていたと断言していたな。

 箱壷に再度貝津善旭の話をゆっくり聞かなければならないな。そう思っていると、真智の携帯が震えだす。

 真智は嫌な顔をして、空を見上げた。

 大抵、こんなタイミングで新着メッセージを寄こすのは決まって今とてもホットな人物。

「絶対に箱壷じゃんっ」

 心底嫌な顔で携帯の画面をつければ、彼の予想は当たっていた。

 メッセージには恒例の

 

 

 困ってます、助けてくださいっ! 今すぐ会えませんかっ!?



 である。

 なんだお前、俺の彼女かなんかか? と、真智はすぐさま携帯を放り投げようかと思ったが、ここは家ではなく道端でなによりも自分だって箱壷に用事があることを忘れてはいなかった。

 それに、じんわりと心の奥にある、まだ誰かが死んだというニュース。あれを聞いた時の自分を思い出すと、それは嫌だなと大きなため息をついて返信を打つ。

 

 

 いいですよ。△△市内でお願いします。

 

 

 そう真智が打てば、箱壷からすぐさま返事が帰って来た。

 

 

 〇×公園でお願いします。五分ほどでつきます。お待ちしております。

 

 

 彼からのメールとしては、随分と質素で簡潔なメッセージである。

 実に好ましい。

 いつもこうなら金払いもいいカモだし、良客って名前にるのにと、真智は思った。

 正直、真智の中でのあの長文メールは中々の恐怖体験となっているようだ。気持ちはわからなくもないが、彼をカモだと思っている時点で同情は残念ながらできない。

 〇×公園は、奇くしも貝津家から徒歩十分ぐらいの場所にあるこじんまりとした住宅の中にある公園だ。音の鳴りそうな遊具は全て撤退されており、小さく上るためのアニマル型の置物や、飛び飛びに配置されている石など数個の大人にだけ配慮した素晴らしい大人のための公園である。お陰で、子供の姿はあまり見ない。

 真智も昔、檀家の法事やら葬式やらの手伝いでここら辺には良く駆り出されており、目印となる病院やら店、建物に道の名前などを覚え込まされたものだ。まさか高校生の時にし配達の仕事以来こんなところでその苦労が役に立つは思っても見なかったが。

 真智は方向転換し、公園へ向かう。

 しかし、おかしい。

 ふと、真智は首を傾げた。

 依頼者が今住んでいるのは隣街のはずだ。何故ここにいるのだろうか。

 帰省、いや、帰省と呼ぶには随分と近すぎるか。何か実家に帰る用事でもあったのか? と、なると、高校時代のなにかをその実家で発見し、こちらに連絡を取った可能性も高い。

 呪いの犯人につながる新情報なのか、それとも貝津善旭につながる情報なのかはわからないが、とりあえず会ってみるほかないだろう。

 箱壷と会うたびに厄介な事になるとはわかっているだけに、真智の足取りが重いのは仕方がないことだろう。

 

 

「またかよ……。あのクソがきゃ……」

 メールのやりとりからきっちりと十分後。約束のある公園につけば、またも依頼者である箱壷の姿はどこにもない。

 この公園にいるのはゲートボールを楽しむ老人たちと携帯を触っている、黒いパーカーのフードで顔を隠している今時の若者だけ。一瞬、フードの男が依頼者の背丈に似ていたため箱壷かと思ったが、雰囲気やフードから見える髪色が違うため、そうではないと気付く。本当に、一体何処に行ったのやら。いや、違うか。次は何処で誰を助けているのやら。

 こちらから連絡を極力取りたくない真智は大きなため息と共に、スーツの胸ポケットから一本の煙草を取り出した。

 ここが子供のための公園ではなく、大人のための公園でよかった。大人が勝手に決めた子供たちの公園ルールには、ボール遊びはダメ! 大きな声を出したらダメ! 飲食物は持ち込まないっ! 水筒もダメっ! と書かれているのに、ゲートボールで大きな声で騒ぐ爺と婆がおにぎりやパンに持っていかれた水分を水筒のお茶か水で取り戻していても誰も文句も言わない図は、とても現代的である。これなら公園でも気兼ねなくタバコが吸えるなと、真智はライターを探す。

 が、そのライターが見当たらない。

 間違いなく、スーツのポケットにピンクのおまけライターを突っ込んだはずなのだが……。

 一体どこにいったんだろうか。

 めんどくさいが、大通りのコンビニに買いに走るか、それともまだ諦めずに探すべきか。

 懲りずに胸ポケットを漁っていると、携帯が鳴る。

 新着の知らせを見ればも意外なことに箱壷からだった。

 遅れる旨の連絡が意外だと言われるのも如何なものかと思うが、あのそそっかしさからすると連絡を取ろうと思って取れるのはかなり稀なことではないだろうか。

 

 

 今、何処にいますか



「は?」

 なんだそれ。それはこっちのセリフだろうが。

 怒りを通り越しそうなになるが、そう言えば今日は無精ひげを剃り、髪型を整えてスーツだったことを思い出す。なんせ箱壷はファーストフード店で法衣の真智を探す程の男だ。今回だって、パーカーの男だと間違えている可能性はかなり高い。

 何処かで見てるのか?

 死角に入ってるのか?

 どちらにしろ、真智の視界には彼の姿は入らなかった。

 仕方がないと、真智はメッセージを返す。馬鹿にでもわかるように。

 

 

 水飲み場の近くに今日はスーツを着ています。

 

 

 いい加減顔を覚えてくれないかとも思うが、下手に覚えられて事件解決後に街中で声をかけられても困る。それぐらいならばいつもトンチキな恰好をしていた方がどれほどマシか。

 近くで自分じゃない誰かの着信音が鳴った。

 ふと、聞こえた方に顔を向けると、背の高いフードの男が自分に向かって拳を振り下ろそうとしているのが真智の目に飛び込んできた。

 咄嗟のことで真智に避けるすべはない。いや、咄嗟でなくても真智には到底避けられなかっただろう。友達が元不良で喧嘩に強くても、兄が惑星・ベジータから緊急ポットで脱出しきた超スーパーサイヤ人の生き残り疑惑がかけられていた蓮華でも、彼自身に喧嘩の心得も武道の心得も何処にもないのだから。

 恐らく、人を殴る才能はこの街一番にない。

 兄との喧嘩も友達との喧嘩も、殴られてばかりいた真智。

 しかし、二人の拳を顔正面で受けても沈まないほどのタフさが彼にはあった。いや、二人のお陰で育ったと言うべきだろうか。

 今回も顔をフードの男に力いっぱい殴られるが、真智は痛がりも、倒れもしない。

 ただ、彼の腕を掴んて睨みつける。

「おい、なんだガキ。警察呼んで欲しいのか?」

 真智が普通の声音で問いかけると、触れている拳が微かに震える。この位置から見えるフードの中には、箱壷とそうかわらないぐらいの青年の顔が見えた。

 箱壷のように整っているやら顔がいいやらの部類ではないが、中々男前な顔で真智を憎々しそうに睨んでいる。

 そうだ。この男の表情、これこそが誰かを恨みたい、憎い、許せない。呪いに必要な感情の面構えだ。と言っても、彼は呪う前に手を出すタイプであるようだから関係はないが。

 貝津善旭の娘には父の死後、父の死そのものを語る間、こんな顔は一欠片すらみせなかった。

 やはり、彼女は違うのか。

「おい、なんとか言えや。ガキ」

 なにも言わないなら、このまま交番に……。

 その時だ、フードの青年は口を開き、真智に言葉を投げ捨てた。

「お前っ、詐欺師だろっ!」

 詐欺師。

 真智が?

「は?」

 その通りだが、なんで?

 いや、違う。まだ詐欺にはないっていないし、なにがその通りだ。

 しかし、詐欺まがいのことを何故彼が知っている? 依頼者の中にはこれほど若い男は今回の依頼者である箱壷以外にはいない。では、依頼者たちの家族だろうか?

 だが、何故その家族が真智の顔を知っている?

 動画は全て顔を出さないように編集してあるし、SNSも自身の顔が映らないように最新の注意を払っている。依頼者たちだって真智との写真はご遠慮願っているというのに、何故。

 何処で漏れた?

 しかし、その答えはすぐにわかった。

「和樹があんたに交わされた魔除けの塩っ、ただの塩だろっ!」

 そう言って、青年は真智の胸元を掴み上げた。

「は?」

 和樹? 塩?

「あ」

 そうか。

「お前、箱壷が言ってた親友か」

 なるほど、恐らく彼が持っている携帯は箱壷の携帯だろう。その携帯を使って、箱壷ではなく彼が真智を呼び出したのだ。

 塩はこの前に渡したオプションである。

 が、別に法外な値段でもなければ一応御祈祷っぽいことは本職の兄がしているし、詐欺とは随分な言草である。

「あのな、俺は詐欺師じゃない」

「はぁ? 詐欺師はそう言うんだよ。詐欺師で詐欺師と認めるやつがいるかよ」

 まあ、それはあながち間違いではないが場合によっては認めるやつもいる。だが、今はそんな話ではない。

「聞いたぞ? 心霊現象の除霊だって? そんなもんいるわけないだろっ! 適当なことを言って、あいつみたいに世間知らずな奴から金を巻き上げてるだけじゃないかっ!」

 それもながち間違えではない。むしろ、あながちはいらないだろう。

 だが、ここではいそうですと言うわけにはいかないのだ。でなけば、今までの働きが無駄になってしまう。

「俺はそんなことはしてない(している)。あんた、なんか勘違いをしてないかい? あんたは根本的に思い違いをしてるんだよ。今回、あんたの友達の箱壷さんは、除霊ではなく不安の種の相談を俺に依頼してんだ。そこに霊もクソもなんだよ」

「はあ? そんな話信じられるかっ!」

「あんた、まさか箱壷さんからなんも聞いてないのか?」

 親友と言っていたのに。

「……それって不安の種の話、か? 何か知らないけど、あんたに金払って解決出来る話ってなんだよっ!」

「まあ、俺というわけではない」

 こういう時、実家が寺だというのは便利だ。

 寺にも役立たずな次男坊の使い道があるように、詐欺師側にも寺の使い道がある。

「俺は寺の人間だよ。お前の親友はうちの寺に依頼してるんだよ」

「……は?」

「ほら、名刺。見たら返せよ」

 そう言って、真智は財布から一枚の名刺を取り出す。それは正真正銘真智の実家の寺の名刺だ。事務も営業もこなしている真智が一番最初に作ったものである。こういう時に身分証明となるからバカにできない。

 しかし、ここで正体をばらしいていいのかと誰もが思ったはずだ。

 正解はしていいに他ならない。

 何故なら……。

「え、マジで……?」

「マジじゃなかったからなんだよ。今から聞きに行くか? 俺を偽物だと殴ったんですが、本当ですかって」

 相手には、真智を殴りつけたという負い目があるからだ。

 対等ではない関係からのスタート。だったら簡単に信用を勝ち取るために身を多少削っても痛くはない。相手を黙らせる以上のとこが出来る程の脅す材料はこちらにあるのだから。

「いや、え、でも……、スーツ……」

「当たり前だろ。坊さんの恰好で動きまわってばっかりだと思うなよ。経理や書類とかの事務作業で外に出る時は大抵スーツに決まってんだろ。坊さんでも社会人は社会人なんだから」

 勿論、その寺々で違うが檀家回り以外に外に出る時はスーツなどの服を着る僧侶だって少なくない。

 そもそも、真智は坊主すらないのだがそこは置いておいた方がいいだろう。

「え、でも……」

 明らかに予想外の事態に慌てふためていてる青年に真智はため息をつき、ベンチに座るように促した。

「勿論、あんたが言うよに寺ではいわくつきな人形とか、難解な現象、まあ馴染みをつけて呼べば心霊現象かとかだけど、それらの原因である霊の対応やら除霊も行ってる。けど、それらは別に詐欺じゃない。霊が本当にいるなら、誰かが憎んだまま苦しんでいるなら、救うのが寺の仕事だし、なにより霊がいなくてもそう思って苦しんで持ち込んできた主の心を穏やかにするのが俺たちの仕事なんだよ。お布施は頂くが、なにもべらぼうに支払いが出来ないぐらい高い金を貰うことなんてしないしさ、詐欺じゃないんだから」

 べらぼうに高くないだけである。

「それに寺は霊やらなんやらに対応する仕事だけじゃない。今回はその心霊現象や霊以外の話だ」

「え?」

「お前、本当に親友からなにも聞いてないのか?」

「なんか、お前を巻き込みたくないって、言われただけだから、てっきり俺は、悪徳詐欺のなんかにひっかかって困ってるとばかり……」

「はぁ。どうせ、箱壷が見せた動画しか俺の情報源なんてないんだろ……」

「え、あ、はい」

「はぁ。あれは一例だよ。よく考えてみろ。呪いの人形とか手に入った時に、お前は普通のどこぞの株式会社のサラリーマンに相談にいこうと思うか?」

「あ、いえ」

「そうだよ。普通思わない。けど、普段から寺でそういう修行してるって聞けば相談しようとか思うだろ。サラリーマンにするよりも」

「それは、まあ……」

「当たり前だろ、人に理解できない、されない悩みがない奴には頭のおかしい動画に見えるのは。けど、こっちは何処に相談するかわからない、なにか変な事を言って馬鹿にされるのが怖いって本気で困ってる人を対象しているんだよ。そいつらが、あの動画を見てここなら笑われず真剣に話を聞いてくれそうやら、自分の相談に近いんじゃないかと、そういうお前みたいに正義ぶったやつが救えない人間を救ってんだよ」

 それは、悪徳勧誘によく使われる手口なのだが、相手が指摘しなければ関係ない。

 これは詐欺をやってるんじゃなくてちゃんと理念と信念をもってよくわからない怪しいことを恥ずかしくないようにこちらが気を使ってあえてそうしていて、尚且つすごくいい感じにすごいことしてる感が出ればいいのだから。

 ようは相手が、真智が本当に寺の関係者で凄いことしてる人ってわかればいいのだ。

 青年は真智を見つめ勢いよく頭を下におろす。

「あの、俺……、本当にごめんなさいっ!! 俺の勘違いで殴ってしまって、本当に申し訳ございませんでしたっ」

 どうやらこの勝負、真智の価値らしい。

「おうおう。わかりゃいいよ。それよりも、俺の話は親友とするなよ。契約上、個人情報を漏らさない約束になってんだ。もし、お前に悩み事の内容をバラしたら俺が訴えられて社会的に死ぬ」

「えっ」

「でも、お前はオレを突然殴るぐらい友達が大切なんだろ? なんか他にも友達のために暴走しそうだから、特別に教えてやる。絶対に言うなよ? 言ったら、お前が殴ったことを警察に届けるからな」

「わ、わかった」

「わかったじゃない。敬語っ!」

「わ、わかりましたっ!」

「よしっ。あいつの家から顔のない女の写真が出てきたのは知ってるか?」

「顔のない、写真?」

 どうやら知らないのか、何の話か分からないように真智の言葉を青年は繰り返す。

「ああ。どうやら、何かの呪いらしい」

「え? 呪い? いや、でも……」

「呪いなんてないって言いたいんだろ? 気持ちはわかるけど、それは正解でも不正解でもない。呪いたいぐらいにお前の友達を憎んでる人間がこの世に存在してるってことだ。それは呪い以上似怖い話になる」

「それは……、なんとなくわかるかも。けど、和樹は呪われるような人間じゃないっ。あいつはいつも自分で貧乏くじを引いて、みんなを庇ったりしてるような奴なんです。勉強だって努力して、弱い人たちの力になりたいって、絶対に無理だと言われてた大学にも努力で受かったぐらい、すごい奴で……」

 そんな素敵な自分の友達が呪われるのはおかしい、と言いだのだろうか。

 だが、もうそれは過ぎた話だ。

「お前、えっと名前なに?」

「あ、垣原晃(かきはら あきら)、です、けど……」

「垣原、ね。垣原君は、箱壷君と同じ高校だった?」

「一緒っすけど……」

「なら、貝津先生って知ってる?」

「貝津……」

 名前を呟いた瞬間、一瞬だが垣原は険しい顔をした。

 まさか、こいつも貝津善旭の自殺に関与しているのだろうか。

「ああ、えっと、俺たちが一年の時に突然死んだ先生だ」

 疑っていると、垣原はようやく思い出したような声をあげる。

 結構ショッキングな事件なのに、忘れてたのか?

「俺のクラス、別に担任でも教科担任でもなかっんで名前ぐらいしか知らないですけど、先生がなにか?」

「箱壷君と同じクラスではなかったのか?」

「ええ。高校の時同じクラスになったのは三年の時ぐらいですかね。小学校からの付き合いですけど、一緒のクラスになる方が稀でしたよ」

 仲がいいと逆に同じクラスになりにくい。学校あるあるだ。

 確かに高校の時接点のない先生の名前なんて覚えている方が珍しい。自殺したと聞いても、話したこともない先生なら実感もクソもないだろうに。

「ふーん……、じゃあ、どんな先生だったかとか噂とかも知らない?」

「噂? そうだなあ……。あんまいい噂は聞かなかったですけどね。周りの生徒たちはほぼほぼ先生のこと嫌ってたと思います。セクハラとかパワハラとか騒がれてましたし、俺は担任じゃなかったから詳しくないですけど、なんでも女子生徒がその先生に殴られたらしいんですよね。でも、なんか校長にもみ消されたとか」

「なにそれ。その女がなんかしたんじゃないか?」

 娘の話に出てくる貝津善旭からは考えられない程の素行の悪さじゃないか。

「さあ? でも、それって確か和樹の元カノだったはずですよ」

「箱壷の?」

 元カノが自殺に追いやった先生に殴られた?

「確か、そうだったはずです。でも、本当の話かはわかんないですよ。俺も又聞きだったし、あいつ、そういうこと絶対に外に言わずに自分で抱えちゃうんで、本当かどうかは知らないですけど」

「当時の彼女って、どんな子?」

「え、確か……、夏目虹華っていう名前で、三年の時に生徒会長してましたよ。和樹とは、一年の終わりに別れたみたいですけどね。」

「美人だったりする?」

「え? 顔? んー……。多分、美人、なのかな。俺、キツそうな顔タイプじゃないんでわかんないけど、高校のころはすげぇモテてましたよ」「ふーん。写真とかないの?」

「写真? 友達の元カノの写真? 俺、彼女とは友達でもなんでもないんで持ってるわけないっすよ」

「そっか……。垣原君さぁ、ここに俺を呼び出したってことは、ご実家か借りてる部屋が近いんだよね?」

「え、あ、はい、五分ぐらいです」

「ちっょと高校の時の卒アル持ってきてよ」

「えっ!? なんで!」

「早くしないと、警察にも箱壷君にも、話しちゃうよ? 全力パンチのこと。いいのかな? 垣原君」

「……あんた、本当に悪い奴じゃないんだよな?」

「悪い奴を殴っても褒められるばかりか金を取られる社会なんだから、そのレッテルを貼ったところで意味はないな。いいから慰謝料払いたくなかったら早く取って来いよ」

「ちょっと待ってっ! 直ぐ取りに行くけど、十分ぐらいかかるからなっ!?」

「いいよー。でも、一分でも遅れたら……ねっ。ファイト」

 そう真智が笑うと、垣原は全力で走っていく。

 あの瞬発力は若さだなと思いながら、引き続きライターを真智は探す。

 箱壷の元カノというブランドには一切興味がわかないが、一つだけ気になることがあった。

 それは、写真の呪いと貝津の呪いはリンクしているのかということだ。

 まったく違う呪いならば、それはそれで問題があるが、今は貝津善旭とこの写真の呪いが結びついているかどうかを確認しなければならない。娘をはじめとする貝津善旭の家族は白だとすれば、次に疑わざる得ないのは貝津善旭の元生徒たち。数は死ぬ程多いが、よくよく考えれば箱壷の近くに存在しない限りはあの写真の呪いはかけれない。

 垣原も言っていたが、クラス全員に嫌われていたとなれば何故白羽の矢が箱壷だけに立つ?

 他の生徒も脅されていないとおかしいだろ?

 それに、犯人については一番納得できない行動が一つ、真智にはあった。それは、箱壷を不幸にしたいなら何故取って置きのカードを切らないのか。

 もし、貝津善旭の件と不幸になる呪いがリンクしているならば、犯人はわざわざ写真なんていらない。

 だって、貝津善旭の自殺を促したのは箱壷和樹だと知っているのだから。

 それをばらせばよかったのではないのだろうか。

「だーっ! 持って来ましたけどっ!?」

 そう考えながらボーっとしている真智の目の前に突然渋めな緑のアルバムが現れた。

 時計を見ると六分ちょっと。

「早いじゃーん。やるね、垣原君」

「どーもっ!」

 そう言いながら、とても嫌な顔で息を切らしている。

 だが、真智はそんなことに何一つ心は動かない。脅す要素があならば、骨の髄までしゃぶりつくすのが礼儀だと思っているからだ。

「これが一年の時の集合写真?」

 真智が貝津善旭が中央に座っている集合写真を指さすと、垣原は頷いた。

 貝津家でいやというほど見た、貝津善旭顔がついた写真。自殺した先生をそのままのせる学校の神経がよくわからないが、載らないなら載らないてせややこしい問題があるのだろう。

「彼女は?」

「コレ」

 垣原が指さす小粒な彼女は、確かに整った顔をしていた。

「可愛いじゃん」

「これ、このために、俺、全力で、走ったんっすか?」

「はは。いい運動になってよかったな。何で箱壷君は彼女と別れたんだっけ?」

「知らねぇっ、ですっ」

 恐らく、たとえ友達にだって自分から言うタイプではないのだろう。

 一年の終わりに分かれたというのなら、ほぼほぼ原因は貝津善旭の自殺が原因だと考えるのが普通。

 何故別れた?

 貝津善旭の自殺で、箱壷が動揺したから? 精神が不安定になっていたのか?

「……垣原君。箱壷君がちょっとおかしい時期なかった?」

「和樹が……? どんな風に?」

「高校一年の時、ちょっと情緒不安定になってたりさ。してなかった?」

「えー……。あんま覚えてないけど、情緒不安定になってもおかしくないなってことはあったな」

「それって?」

「あいつ、その貝津先生の自殺目の前で見たんだよ。そんなもん、トラウマになってもおかしくないのにあいつ、気丈に振舞ってた」

「あー……」

 でも、彼女の見えでは本当の姿を見せていた、的な?

 しかし、そうなると当時の彼女であった夏目虹華は、先生の自殺の真相を知っていることになる。

 そもそも、箱壷が貝津善旭を追い詰めたのも、クラスメイトと自分の彼女である夏目虹華が原因ではないだろうか。

「あのさ、その時、先生がなんか言ってたとか聞いた?」

「え?」

「例えばさ、死ねとか言われたとか」

「いや、聞いたことは……、ないですね」

 それはそうか。

「じゃあ、先生の死に自分が関わっていたとかは?」

「関わるって、先生の死は自殺だろ?」

 普通なら、そうなるよなっと真智は小さく呟いた。

 箱壷は、今の今まで、ずっと隠していたのだ。この事実を。益々、何故彼に白羽の矢が立ったのか謎ばかりが深まっていく。

「あいつ、そんなこと言ってるんですか? 自分が殺したって……」

「いや、早まった解釈はやめてくれ。ただ、自殺した場面を見てその時に貝津先生に呪いをかけられたって思い込んでるんだよ」

「呪いって、そんな。先生が? ……偶然自殺したのを見たからって、流石に理不尽すぎでしょ。その呪い方は。あいつ、変なところで自分のせいだって思い込むから、どうせ飛び降りた先生をどうにかして地上で助けてあげれなかったの、自分のせいだと思ってるんでしょうね」

「まあ、そうね。そんな感じね」

 本当のことは流石に言えない真智は、そこら辺でお茶を濁す。

 しかし、改めて『殺した』と言う単語を聞くと、どうしても貝津の娘の言葉が蘇る。『生徒の中には殺されたと行ってる人もいた』の一文。そのおかげで埒な横やりが真智の頭に刺さった。まさか依頼人が? 真智に与えていた情報は全て嘘で、本当は自分で殺した? となると、そもそも除霊なんて依頼するものなのか? 自分が殺した相手のことを調べるのに、こんなにも反発しないのものなのか?

 なにかここに完璧殺人が隠れていて、箱壷はそれに絶対の自信を持っているから?

 真智は答えのでない押し問答のような思考に、とりとめもなく、卒業アルバムのページを捲る。

 しかし、あるページで、ふと手が止まった。

「俺、あいつの親友だと思ってたのに……。なんで俺にはなにも話してくれないんだよ……。親友だと思ってたのは、俺だけなのか?」

 隣で垣原が、箱壷がなにも話してくれなかったことを知って、悲しいみに暮れていた。

「そんなことないだろ。人間、どんなに親しくても言えなことはある。親にも言えないのがいい例だろ? 親友も万能じゃないんだよ」

「そんなの、寂しすぎないか?」

「なんで? 生まれる時も死ぬときも、一人だろ。これ、借りてくわ。じゃ、気を付けて帰れよ。おつかれー」

「えっ、あっ、ちょっと! もーっ。ちゃんと返せよなっ! 俺の卒業アルバムっ」

 垣原がそう叫ぶと、真智は振り返りもせずに、持っていたアルバムを軽く上げた。

 ページをめくると、一年の遠足時に、夏目虹華と箱壷和樹がお互いのカバンに白いウサギのぬいぐるみをお揃いでつけてる写真があった。しかし、二年に上がった春の遠足で二人のカバンにはそんなものはなかった。

 一年で二人は別れた。

 きっと、嘘ではなく本当に。

 真智は福太郎に電話をかける。

 おそらく、夏目虹華はなにか知っているのではないのだろうか。

 この呪いではなく、事件について。

 だって夏目虹華は。

「顔のない写真の女の一人が見つかった。名前? 夏目虹華だ。調べてくれるか?」

 顔のない女の一人だったのだから。

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