第9話

 隣街のファーストフード店は、雨だと言うのに込んでいた。

 なんとか真智が身を滑り込ませたテーブル席は二人掛けだと言うのに、一人で座っても心細いぐらいこじんまりとしていた。

 ここまでさしてきた傘はまだ水が滴っていると言うのに、店員が持ってきた苺味のアイスは既に半分溶けかかっている。着古したパーカーだけが温かった。流石にこんな近場で坊主のコスプレは出来ず、私服でここまで来たが今日と言う日にはそれが正解だと真智は外を見て呟く。

 今日は一日中、地面に強く雨が跳ねる音を聞かねばならないのだから。

 あんな着なれない法衣でこんな大雨の中外へ来てみろ。グラビアアイドルもびっくりなスケスケ衣装になってしまうのは必須。しかも近所の人に見られでもしたらその場で近所にばらまかれる用のグラビア撮影会が始まってしまうことは必須だ。

 雨と言う言い訳があって良かった。

 だが、この思考はもう何度目の話だろうか。

 携帯の時計、店の壁に掛けてある時計。どちらを見比べても時間は遅れても進んでもいない。両方とも壊れてはいないようだ。

 約束の時間が過ぎても、箱壷の姿は一向に現れることはなかった。

 携帯と睨めっこをしても、新着のメッセージを知らせる音はどれだけ待っても聞こえてこない。

 此処まで来ると、箱壷が呪いを自分に関係ない呪いだと結論づけてバックレたのかもしれない。遅れるとも、キャンセルとも連絡がこないとなると、そういうことなのだろう。

 基本料金は振り込まれている。数日騒がしかっただけでこれと言って、こちらも文句はない。

 偶然か呪いかは知らないが、関係者かもしれない人間が死んだとなればこちらだって面倒事に巻き込まれる可能性は低くない。欲に負けて居座るよりも、早々に手を引けてよかった案件なのかもしれない。またあの長文メールが送られてくるかと怯えることに解放れたと思えば一番気持ちが軽かった。

 そんなことを考えながらも、何故か真智の足は出口には向かわなかった。

 なんたって、外は雨だ。わざわざ雨の中歩いて来たというのに、さっさと帰ることが雨の日の外歩きの苦労を無駄にするようで嫌だった。

 折角来たのなら、自分の気が済むまでせめていよう。

 溶けてしまったアイスを一気に飲み干すと、真智はまたカウンターで期間限定の軽食とコーヒーを追加した。

 こんなことになるぐらいなら、読みかけの小説でも一冊持って来るのべきだったと真智は受け取ったコーヒーを啜りながら再度席に着く。

 特にやることはない。

 無意識に携帯に手が伸びる。

 連絡など、誰からも来ない。

 箱壷はともかく仕事を頼んでいた福太郎も、今は本業の自転車屋の仕事をこなしているのだろう。そう思うと、ふと頼んだ仕事を中止する旨を伝えるメールを送るのも悪いなと言う気持ちに真智はなった。

 何気なく、昨日あけだ動画の設定を見てしまう。視聴者数が必ず上がる時間帯だとネットで話題になっていた時間にあげたのに、いつも以上に数字の伸びが悪かった。微かについているコメントも詐欺だの、おかしいだの、人格否定だったり、人間否定だったり。辛辣なものばかりだ。

 言い合わらせない複雑な気持ちが沸きあがる。そこには怒りも、言い訳も、諦めも様々な感情が詰め込まれていた。しかし、それら一つ一つを丁寧に小分けしてラベリングする器用さは真智には持ち合わせてないのである。また、それを投げ捨てるような強さも。

 ただ一言呟くだけだ。

「散々だ……」

 全てを表すには、この言葉しかなかった。

 だから、極力見ないようにしているのに。

 暇は怖い。

 無意識に慣れたものに手が動く。

 なにも考えなく動き続けたいのに、なにか考えるものを暇は見つけてきてしまうのだ。

 ふと、顔をあげて窓の外を見る。

 視界の限り続く灰色の向こうに、自分がいるように思えてくる。

 それは、小さな男の子だった。

 まだ小学生にもならない、関柴真智だった。

 なにも知らない、わからない真智は無知故の無邪気を持っていた。

 兄と自分が比べられているとわかった時、今では考えられないぐらい真智の心は踊っていた。目をランランと輝かせ、気球のように膨らました胸を張った。無知故に、無邪気に大好きな兄と競争出来ると喜んだ。それは真智にとっては夢と希望の世界のはずだった。でも、歳を取るにつれ、一日一日が過ぎるにつれ、窓の向こうに広がる灰色の世界しか続いていなのかと気が付いたのは、いつだったか。そして、逃げた先でもやはり灰色の世界が続く。

 やまない雨はないと、誰が言った?

 あるじゃないか。死ぬまで雨が降り続ける程の後悔を、真智は持っていた。

「……帰ろう」

 まだ真智のとに続いていない軽食を無視して、真智は立ち上がって出口の方に顔を向ける。

 これ以上雨の音を一人で聞いていたくなかった。

 真智が立ち上がるのと同時に、雨に濡れた好青年が一人店内に走って来た。どこのドラマの撮影かと疑う程青年は店内を頻りに見渡し、どうやら人を探している様子だった。

 真智はそれを見て、目を細める。濡れて髪型が変わっているが、間違いない。あれは依頼人だ。

 真智は小さく、そして短く唸った。

 来ないと思っていた人物がまさか来てしまうとは。しかも、遅れた理由も彼の姿を見る限りでは怒って呆れるものではなさそうなのが容易に想像が付く。

 漸く来たのだから仕事の話をすればいい。それが半分、もう一つの半分は、遅刻を謝られるのと許さなきゃいけない理由を聞かなければならないのは死ぬ程メンドイ。と言う気持ちが真智の中で拮抗していた。

 金は欲しい。でも、楽を取りたい。

 逃げるなら今しかない。このままパーカーのフードを被って顔を隠して出て行けば、恐らく彼は気付かないだろう。

 なんたって、あれだけ探しているのに真智に視線が止まることはなかった。

 なんとなく、彼が探しているものがわかる。

 そう、法衣だ。

 彼は純粋にこの場所に法衣で来ていると信じて疑っていないのだ。

 子供の様に純粋である。

 ここを知らんぷりで出て、連絡が来たら依頼をキャンセルしたいのかと思った。遅れる連絡もなにもなかったのでと言って、後日会うには予約が詰まっている。そのため、一か月後になる。それでも良いかと言おう。

 振り込んだ金もキャンセル料と称して何割かを徴収出来れば問題ない。

 これでまた、なにも考えなくていい日々が始まる。

 そう思っていたのに。

「箱壷さん、こちらです」

 真智は手をあげ、箱壷を呼び止めた。

 人助けなんて、毛頭なかったはずだ。騙して欲しい奴をだましてやる。そんな親切心と呼ぶには些か不純な気持ちしかなかったばすなのに。

 だが、真智を探している時に不安そうな彼の姿が見ていられなかった。

 そしてなにより、黙って逃げる様に去るよりも、説明して別れた方が誠意があるように見えるしなによりも調査をしたのだと伝えるんだからキャンセルもなにもなくなる。ここで完了だといえば済む話だと真智は金と言う単語で自分を納得させられた。

 本当に憐れんでいたわけじゃないと気持ちを持ちなおせれたのだ。

 後は簡単だ。

「マッチ坊、さんですか?」

 やはり法衣でしか真智を認識していなかったのだろう箱壷が、恐る恐る真智の名前を確認する。

 真智だって、自分のことをあの短時間で覚えてくれとは思っていない。だが、いざ昨日顔を合わせてばかりの人間に認識されていないと言われると、少々腹が立つのだなと感じてしまう。

「ええ。そうです。箱壷さんのご指定された店が一般のところでしたので、目立たないように私服に着替えさせていただきました。あの様な姿ですとご友人や親族の方に見られた場合、いらぬ心配と誤解を招くと思ったので」

「あ、そうですね。いや、すいません。ボク、なにも考えてなかったや」

 素直だ。ごまかす素振りもない。

 人によってはただの失礼と取られる場面だが、色々なものに擦れ過ぎた真智にとってはこの失礼さが純度の高い素直さに感じた。下手な言い訳を小一時間程聞いたことがある人間は、誰でもそうなるだろう。

「いえ、こちらの判断なのでお気になさらずに。それよりも、どうされたんですか? 傘をささずに此処まで?」

 入力された個人情報に住所が入っていたが、決して近場と言うほどの距離ではなかったはずだ。

「あ、そうだっ。遅れてしまってごめんなさいっ!」

 いや、だから傘はどうした。ついつい突っ込みたい気持ちにぐっと真智は飲み込んだ。

 恐らく、ここについて真智に会ったら開口一番に謝るつもりだったのだろう。だが、真智の服装に驚いて謝罪がすっかり抜けてしまったようだ。

「お気になさらず。何か事情があったのはオーラでわかりますから」

 逆に言えば、なにもないのにびしょ濡れで店に入って来るはずがないよな? と言うことである。

「へー。やっぱり凄いんですね。超能力みたいな感じなのかな。そうなんです、まだ約束の時間に余裕があるままここに先に来ていたんですが、迎えがこなくて困っているお婆さんを見つけて家まで届けてたんです。ただ、帰りに遅れそうなのでマッチ坊さんにメッセージを打とうとしたら途中で電池がなくなってしまって、電池を買いにコンビニまで走ったら、コンビニの軒下で傘がなくて困っていたお手伝いの兄弟がいて、どうしても無視できず自分の傘渡したんです。ボクは店で買えばいいからと思って……」

 あー。

 思わず、真智から低い声がでた。なんとなく、落ちがわかってしまう。

「で、携帯の機能で払おうとしたら携帯の電池がないことに気付いて買えなかった、と」

「すごいっ! 超能力ってなんでも見れるんですね」

「ええ、まあ」

 その話を聞いて連絡なく雨にずぶ濡れにされて登場すれば、誰だってなにも買えなかったとわかるものだ。で、なんで買えなかったか。金がないからだ。では財布に金が入ってなかった? 流石に財布に金はなくても小銭ならあるはずだ。傘が買えない小銭すらない。まあ、高校生や大学生ぐらいだと割とよくあるかもしれない。子供の金欠は大人の金欠よりもゼロに近いものだから。

 だが、忘れないで欲しい事実が一つ。

 彼はここらで一番でかい病院の次男坊だ。

 それも実家が近いにも関わらず、大学の近くにマンションを借りるような折り紙付き。真智のような怪しいサイトに書かれた口座にそれなりの金額をすぐさま振り込めるぐらいだ。手持ちはなくても銀行にはそれなりに入れてもらっいてるだろ。ならば、コンビニで金を下ろせれるはずだが、それもない。となると、財布自体を忘れたか落としたか。

 だが、もう一つの可能性を忘れてはならない。

 今はキャッシュレス化の時代。その波がこの島国全体を襲っている。特に若い世代はその波に乗れなければならないことも多い。

 そうだ、携帯で支払いができる店に行くのだから、携帯を持っていれば財布などいらないのだ。

 つまり、もう一つの選択肢とは、そもそ携帯支払いをするつもりだったから財布を持つ選択肢すらなかったが、それ自体をうっかり忘れていた。で、ある。

「炎とかも手からでるんですか?」

「はは。出来ますがここ火気厳禁ですよ」

「す、すごいっ!」

 もう二度と会うこともないだろう。適当に答えてれば向こうも満足する新しいサービスになりそうだ。

「どうも、あ。タオル貸しますよ、椅子が濡れないように引いてください」

「そんな、悪いですっ」

「そう言わず。お店の人に悪いですから。こちらは場所を借りしてる立場です。少しでも行儀よくしましょうよ、それが敬意です」

 真智はそう言うと、数枚のタオルを箱壷に差し出した。

 どうせいらない押し付けられたタオルだ。押し付けてきたマダムたちも、本堂の汚い床や壁を拭くのに使うよりもこんな顔のいい好青年の尻に引かれた方が本望だろうに。

「……はい。本当に遅れて連絡も出来ずに待たせて申し訳ないです。なにかお詫びに驕りたいのに、ご存じの通りボクには今持ち合わせがなにもなくて……」

「はは。大丈夫です。軽食を頼んだあとですので。ああ、そうだ。お話するのにあたり、ドリンクを頼んできてもいいですか?」

「はいっ。大丈夫ですっ!」

「お手数ですが、荷物をここに置いておくのでよろしくお願いします」

 困っていた老人を助けて、傘がなくて泣いていた兄弟に自分の傘を差し出す、か。兄弟が泣いていたのか知らないが、自分の持ち物を差し出すほどなんて余程だろう。

 ただ、真智の場合は泣いていても自分の持ち物は渡さない。それも、金を持っていても、持ってないくても。

 そんな些細な正義が足りなくて、与える優しさが少し遠いだけで、人は容赦なく真智に石を投げる。

 大事な消しゴムを掴む右手を掴まれて、いつか言われた『真智君はお坊さんになるのに、意地汚いのね』の言葉が頭に響く。

 そうだ。自分は意地汚い人間で、坊主になんてなるつもりすらなかった人間で。

 少しだけ痛む良心の代わりに、温かいコーヒーを頼む。

「え?」

 真智が持ってきた二つのコーヒーの内一つが箱壷の前に置かれた。

「コーヒー飲める?」

「あ、はい」

「そいつはよかった。それで体温めてくれ」

「いや、でも……、いえ。はい、頂きます」

「気にしないで。こっちがただ好きにやっただけだから」

「はは、ならボクと一緒ですね」

 老婆を送り届けて、見知らずの子供たちに自分の傘を与えることと、百数十円のコーヒー一杯を驕ったこと。

 なにが一緒なのか。

 真智は箱壷という男を見つめる。

 まるで物語の主人公のような性善説が具現化しような男だ。やはり人間純真無垢で育てられたら、善にしかならないのか。ここまでくると嫌味を通り越して関心するしかない。

「でも、何事もなくてよかった。ご連絡つかず箱壷さんに何かあったのかと心配していたんですよ」

「あ、すみませんっ。ボクも逐一席を外すとか少しでもマッチ坊さんに連絡を入れてればよかったですね。ごめんなさい。あまり携帯を触る気分じゃなくて、それすら疎かになってました」

「なにか気分が落ち込むことが? まさか、夢のことですか?」

 真智が聞けば、箱壷は首を横に振った。

「違うんです。夢の話の後に幼馴染と喧嘩してしまって」

「……へー」

 なんだ? どうしてそこに幼馴染が入るだ? 彼女ってこと? いや、でも彼女はいないと言っていたし、どういうことだ?

 真智がそう悩んでると、箱壷は恥ずかしそうに頭をかきながら口を開く。

「実は、この夢をマッチ坊さんと会ってすると言ったら、とても怒られまして……」

 なんでそこで怒るなら、メッセージを送る前に指の骨おるぐらいの喧嘩をしろ。

「マッチ坊さんがとんな人でどんな能力を昨日見せてもらって凄い人なのか話したのに、危ないとか、不用心だとかすごく怒ってきて、今日は絶対に会いに行くなとメッセージや電話が沢山かかってきたので、触ってうっかり連絡を取りたくないなと思ったんです」

「はあ」

 それはそうだろう。こんな怪しさしかない中年コスプレ自称超能力者に会いに行こうとする友達がいたら真っ先に止めるべきだ。こんな怪しさしかない中年コスプレコスプレ自称超能力者おじさんである真智だってそう思っている。

「その彼のせいで携帯の電池が切れた、と」

 まあ、確かに理に適ている。

 しかし、友達も友達だ。会いに行かせたくないから全力で物理的に止めないと箱壷は決して止まるタイプじゃない。昨日今日だけで彼の暴走っぷりは十分に堪能した。もう二度とお目にかかりたくないぐらいに。

 殴ってでも止めるが冗談にならないタイプなのだ。

 そんな相手だと、恐らく幼馴染というぐらいなんだから知っているはずなのに電話やメールだけで済まさうだなんて。

 人はそれを横着だと言うのだ。

「あ、そうかもしれないけど、本当に俺を心配してくれてたんですっ。悪気とかまったくなくて、本当いいやつなんですよ。小学校から一緒に遊んでるんですけど、家庭環境とかすごく複雑で、あいつの家、離婚してお母さんしかいなくて、そんでお母さんも体弱くて、自分で色々しなきゃいけないのに、すごく気苦労が多いのに、ボクの心配も沢山してくれてて……。嬉しいんですけど、けど、今はボク、この呪いがボクだけじゃなくて周りにもうつりそうで怖いんです。あいつ、あんなにも大変なのに、ボクの呪いまでって考えると、なにもあいつに言えなくて……」

 恐らく、見ず知らずの人間していい個人情報ではない量を彼の名誉のために箱壷は垂れ流している。

 家庭環境なんてひどくプライベートかつ、詐欺師には重要なキーワードだったりもする。軽はずみに他人のプライバシーをただの印象のために犠牲にするは名案とは言えない。

 しかし、名案と言わなくても一定の効果はあるのは確かだ。

 現に真智はその話を聞いて、その幼馴染とやらに文句を言うのをやめようと思ったからだ。

 そんないい奴にもう二度と迷惑や心配なんてかけんなよと心の中で呟きながら、真智は目の前の金塊札束のような男から手を話す。

「そうですね。箱壷さんはお優しいので、今回の呪いが自分ではなくご自分の家族や友人に向かってしまうと思ってしまったのですね。お気持ちはわかります。でも、安心してください。部下にこの呪いの方法を調べさせたところこの呪いは箱壷さん、貴方ではなくこの写真の女性たちへの呪いだったんです」

 勿論嘘だ。箱壷を納得させるための嘘にほかならない。

 しかし、純粋に嘘だけで固めるには真智には知識が足りなかった。

 だからこそ、この嘘に今わかっている事実をコーティングする。

「えっ?」

「この写真の一人である、西木野蛍さんは既にご存じですね?」

「あ、はい」

「殺された、で間違いないですね?」

「はい」

「次にこの写真の女性」

 携帯に映した一木蜜柑の写真を、真智は箱壷に差し出した。

「名前は一木蜜柑さんとおっしゃります。ご存じですか?」

「あ、いえ。初めて聞く名前です」

 やはり、知らないのか。

 本当にただランダムに集められた卒業写真? そんなことがあり得るのだろうか。しかし、今はそんなことなどどうでもいい。

「そうですか。この方も亡くなっています」

「えっ!? そ、それってまさか……」

「いえ、彼女は殺人事件でなく、三か月前に」

 詳しい死因はわからないが、親の最後の発信を見る限りでは殺されたり事故で亡くなったようには感じられなかった。

「殺人事件じゃないんですか?」

「ええ。なので、今回あなたの部屋にあった呪いの儀式は貴方にではなく、写真の女の子たちにかかっているものなのです。貴方の部屋は儀式に使われただけで、貴方自身に害は及びません。なので、今回は除霊はないので、特別に霊を寄せ付けない聖なる石のお守りをつけておきますね。四つ入ってますので、これを部屋の四隅に置けば決して邪気は貴方の部屋には入りません」

 そう言ってね真智はスーパーで五百円ぐらいで売られてるゴロゴロの岩塩を砕いたものを箱壷に手渡した。

 勿論、そんな効果はない。

 さりげなく、兄がお経を唱える隣に置いておいたぐらいだ。なんのお経か知らないので正しい効果は謎だか。

「もう怯える必要はありません。また、何か困ったことがあればご連絡下さい」

「え、あ、あのっ。ま、まさかこれで終わり、ですかっ?」

「は?」

 席を立とうとした真智に、箱壷がしがみ付く。

「え、は? ちょ、ちょっと……」

 なんだ? 一体何が起きたんだ?

 真智は混乱する頭で、箱壷をなだめるが彼の手は段々と強さを増すばかりだ。

「あの、箱壷さん? どうしたんですか? まだ、なにかあるんですか?」

 真智がそう聞けば、箱壷は勢いよく歌舞伎のアレのように顔を振り上げる。

「違うんです、ボク、周りの人間が死ぬのが初めてではないんです」

「は?」

 それは一体……。

「ボク、実は呪われていて……」

「だから、あれはあんたの呪いじゃなくてだな……」

「違う、あんな呪いじゃないっ」

 あんな呪いじゃない?

 それはまるで、もう一つ呪いがあるようではないか。

「箱壷さん、落ち着いてください。あなたは、なにか知っているんですか?」

 真智の言葉に、箱壷の力が一瞬強くなったあと、へなへなとへたり込んでいく。

「箱壷さん?」

「ボクは、呪われているんです。ずっと、高校の時から。ずっとずっと、呪われ続けているんですっ」

「……はぁ?」

 こいつはなにを言い出すんだ?

 真智が顔を顰めた時、場にそぐわない能天気な声が聞見えてきた。

「おまたせしましたぁ~」

 本当にお待をてしてくれてたいつぞやの軽食の湯気だけが、ゆらゆらと空調に揺れていた。

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