第7話

「お前は性格悪いね。そんな下らないこと聞く?」

「可能性的にはゼロじゃないんでぇ」

「小学生かよ。ま、東京に住んでる可能性もあるんじゃない? 昔こっちに住んでて最近東京に引っ越したとかありそう。でも、それなら呪いの存在なんて忘れるんじゃない? 何度も言うけど、他人の、しかも呪いたいぐらい憎んでいる奴の家に侵入して、なんの趣味がわからないけど、女の子の卒業写真コピって顔だけ抜いた紙用意して、綺麗かどうかなんてわからないベッドの下に潜り込むんだよ? それぐらいの怒りに、いや、憎悪に沸き立ってる人間が近場から離れる? 離れた時なんてもう依頼者に興味なんかない時か自分から離れたい考えたくないと思う時ぐらいしかないでしょ」

 どやら、福太郎も真智と似たような想像をしてしまったらしい。

「再発したとか?」

 人間、憎さんが急に蝋燭の火のように消える時もあれば、まるで灯油を飲むように瞬く間に燃え広がるときだってある。

 いつ気持ちを思いだして火がついてもおかしくはない。

「なら、包丁は東京じゃなくここにあるべきでしょ。なのに依頼者は無事ってことはそれもないんじゃない? 何度も言うけど、真智らしくないね。呪いなんてもんはこの世にないんだよ。お前は一体何に怯えてるんだか。寺生まれのくせに、幽霊の一つも見たことなんてないくせに」

「見たことないやつの方が多いだろ。なにを怯えている、か。確かにそうだよなー。最初に見た写真のインパクトのせいで、ずっと得体の知れなさに引きずられてるかもしれないな」

「あら、素直」

「うっさ。それなりに呪いの人形とか呪いの手紙とか、やっぱり寺だからある程度のものは持ち込んでくる奴もいて見たことあるけど、霊感もクソもなにもない人間だからなんとも思わなかったんだよ。だけどあの写真のあれはなんだか誰に対してかわからない『得体のしれない望み』のためになんでもやるって気迫を感じた気がしんだよ。霊の仕業とかじゃなくて生きた人間が、こいつが憎いとか、こいつを殺したいとか、ずっとドロドロした感情抱えてやったんだなって」

「この上なく物理的だもんね。しかも、突発的ではなく計画的に。確かにボクもそこにとてつもない気持ち悪さを覚えるよ」

 そう。これは呪いと言うのに随分と物理的なのだ。

「正直、俺は気のせいだとおもうけど実際に被害者が呪いだと思った不思議な出来事ってのも、随分と人間くさいと思ってる」

「ホームで押され線路に飛び出しそうになったってやつ?」

「それも、だな。でも、それが一番わかりやすいか。なあ、それってさ、呪いじゃなくて随分と物理的じゃないか? 押されたって明らかに故意で、人がやったんじゃん。そこまでくると、呪いの意味ないだろ。なんのための呪いだよ」

「そうだね。あ、そうだ。霊に押されるのを待てなかったとか?」

「はっ。そんな奴が最初から呪おうと思うか疑問だね。しかもそうとなると、あいつが不幸になってないか近くで確認していたことになるな」

「それはどうだろうね。今、わざわざ近くにいなくてもネット上で間接的に相手の状況なんていくらでも知ることは出来るし。例えば、その助けた友達のSNSで今日友達にこんなことがあったと書かれてれば、押した後わざわざ犯人は近くで成り行きを確認する必要はないよね」

「そうだな。ま、俺はそれもあいつの気のせいだと思ってるけど」

「え? なんで?」

「オンラインで見てる限りじゃ、とてつもなくトロくさいやつでさ。悪いやつではないし、気は効くかもしれないけど俊敏に対応、または処理しきれないタイプって奴。そんなやつが人込みで溢れてるホームでさ、人が歩いてきて退かなきゃっていて対応を咄嗟に出来ると思えないんだよな。いるじゃん、そう言う奴。だからさ、危なかったのは危なかったけど、避けれなかっただけの話じゃないかって、思うわけ。ただの事故じゃん、それって感じ」

「話を聞く限りだと、リアルの危機感があまりないタイプそうだものね」

「まんま、そう。それに不思議なことで瞬時に上がったのが二件ってのも、ね。何時からの期間で二件起こったのか知らないけど、引っ越してからの話だったら一年半もあるんだぞ? どう考えても偶然じゃん」

「そこら辺どう感じてるか本人に聞いた方がいいよ。この案件、普通に僕はおもしろいから手を貸してあげるけど、話を煮詰めてくといつもの詐欺案件と一緒じゃない? 依頼者がただ、気になってるだけってやつ。呪いがこそにあったとしても、今純粋に被害が出てるのは写真の女の子たちなわけだし、放置していいと思うけどな。いつもみたいに適当に破っ! って一発やって帰ってこればいいんじゃない?」

「バカだな。それだけだとオプションがたんまりつけられないだろ。最低料金と特別除霊オプション、除霊後ケアオプションぐらいしか追加で取れないだろ」

「やっぱり詐欺じゃないか」

「詐欺じゃないって。その不安を金で取り除いてやってるだけだ」

 なにも一方的に金だけ巻き上げて終わりじゃない。

「世間ではそれも詐欺だと言うんだけどね。ま、今回は私にも分け前があるし、おもしろいしでどうでもいいけど。次に見つけたら蓮華さんにチクって褒められようかな」

「人身売買は違法だから、俺よりも罪が重いな」

「はは、詐欺だって違法だっての。なに、どうせ僕たちは地獄で会うんだからいいじゃないの。今のうちに楽しい地上の思いで作っておかないと」

「言ってろよ。とりあえず今わかるのはこんなもんか。後はどれも推測になってくからな」

「そうだね。今日はとりあえずこんなところかな。そろそろボクは帰るわ。ちゃんと写真送っておいてね。特にこの蜜柑ちゃんって子。ちょっと気になるな」

 帰り支度を始める福太郎に画像を送りながら真智は鼻で笑う。

「はー? そんなに美人じゃないじゃん。福太郎って昔からちょいブス好きだよな」

 どこが気になるんだかと茶化すと、福太郎が美幸よりも冷たい目で、まさに汚物を見る様に真智を見る。

「ちげぇよ。そんな話、誰もしてないだろ。ボクはこの子がどこかで見たことがあるから気になるって言ってんの」

 そう言って、SNSに載っている帽子を被ってピースをした満面の一木蜜柑の写真を福太郎が指さした。

 真智は随分と酷いことを言っているが、そこまで顔に特徴があるわけでもない。何処にでもいそうな顔と言えばそれまでだが、わざわざ気に止めるほどのことなんて早々なさそうだ。

 だが、福太郎は最初から違和感を一人感じていたのだ。

「亡くなった子なんだよね。けど、僕の中では亡くなったイメージが湧かないんだ。同じ見ず知らずの西木野さんの時は、こんな風には到底思えなかったのに、彼女だけ」

「なんだそれ。生前の姿を知ってるような言草だな」

 死に直結したイメージが持てないと言うことは、生きているイメージが福太郎の中で勝っているということである。

 それはつまり……。

「福太郎。もしかしてお前、この一木蜜柑って奴が知ってる子だったりする?」

 福太郎が彼女の生前に関係する人物であることを指す。

「うーん。それがね、まったく記憶にないんだよ。蜜柑なんて名前は珍しいし、名乗ってくれたら絶対に忘れないと思うんだけどね」

「名乗らず会ってるとか?」

「かもしれないけど、それだと探しようがないよね。この子の元職場とかわかればいいんだけどな」

「なにか書いてないのか? 職業はこれとか」

「中々SNSに自分の職業を書く人もいないんじゃない? 仕事の一環としてやってたり、仕事の情報を集めるためや仲間探しの目的でやってたりしない限りは。お前だって仕事で今は書いてるけど、昔の暗黒期には職業なんて書いてなかっただろ?」

「人の東京進出時代を暗黒期って言うな」

 が、なにも全く違うわけではない。

 東京に一人で暮らしていたの時代は真智にとって、まぎれもない暗黒時代だっただろう。

 今も、福太郎からの電話がなければずっと暗闇の泥のような薄汚れた中に身を潜めて、骨や肉どころか這い上がる気力すらもそこに溶かすところだっただろう。

 残念ながら、真智は東京という街に馴染むことが最後まで出来なかったが、他に行く場所がなかった。そこに行くために、多くのものを犠牲にしすぎたのだ。新しい土地、新しい家、新しい友達、新しい仕事に新しい自分。何もかもが新しい世界。真智がずっと何年も何年も切望し続けた誰一人、『関柴蓮華』という名前が付いた化け物を知らない世界を手に入れるために。それなのに、そこに真智の『価値』はなかった。

 それはとても皮肉なものだった。真智が生きていて考えたかもないことだった。真智は漸く、様々な出来事を様々な立場で見てきて、自分の価値に気付いてしまった。

 この世界には比較的されることでしか価値が存在しない人間がいることを。

 それが、自分だと言うことを。

 その時の暗黒を思い出すと、どうしても今ですら飲み込まれそうになる。だが、そんな弱みに今は縋る時じゃない。

 夢の大金のため、考えることは山ほどあるのだ。

「しかし、名前も覚えてないぐらいの出会いってなんだ? すれ違っただけとかになるじゃないか。こんなタイプどこにでもいて、どこで会ったかすら忘れるだろ、普通」

「だから失礼だって、お前は。でも、真智の言う通り確かに何かがなければ僕だって覚えているとは思えないんだよな……」

「どうやったら思い出せそう?」

「んー。それを僕も今考えてるところだよ。今回、調べ物が多すぎる。顔のない写真の呪いに、謎の呪文のウゴベサチゲ、ソチコジカワ、ヒイハフイム。それに一木蜜柑ちゃんがプラスされたわけでしょ?」

「呪いや呪文に関してはお前より詳しいやついるの?」

「世の中では研究している人もいるぐらいだし、こんな素人が聞きかじった知識なんて叶わない人は大勢いるよ。けど、残念ながら僕の周りにはいないんだよね」

「ダメじゃん」

 福太郎自身がたちあげた野生のオカルト研究会の面子も、その筋には詳しいもののやはり自由業な福太郎の知識には敵わない。溶かす時間は圧倒的に暇な街の寂れたサイクリング屋の福太郎の方が上だからだ。

「だから、一つ提案なんだけどさ。真智、この呪いの方法をネットに載せてもいいかい?」

「ネット?」

 勿論、インターネットのことである。

「そう。写真や名前は一切出さないから、この呪いについて知っている人がいないか、ネットの世界に投げて聞いてみようと思って」

 顔のない写真や依頼者の名前は一切出さない。その配慮は実に助かるのだが。

「俺の名前も出さないって言うならいいよ」

「出すわけないだろ。なんでこの呪いに関係ないお前の名前を出さなきゃいけないんだ」

「俺が呪いがわからなくて困ってるって書かれたら、商売あがったりだ」

「もともと商売もなにもないでしょ? とりあえず、呪いと呪文はそれで情報を集めてみるよ」

「わかった。じゃ、一木蜜柑の方はどうする?」

 こればかりは流石に人に頼れないだろう。

「うーん。正直、名案がまったく浮かばないんだよね。生きている姿しか想像できないっての自分のことながらよくわからないし」

「頑張って思い出せよ。もしかしたらお前のヒントがオプションに跳ね上がるかもしれないんだから」

「急に金の話は怠いな。真智、お前はなにか勘違いをしているようだけど、こっちはいつでも手を引けるんだぞ?」

 この話、福太郎にとっては『面白そう』以外に利になることはなにもない。厳密に言えば、『面白そう』はただの感情なので利というにも少々語弊があるだろう。

 幽かな謝礼は貰えるものの、今までの傾向では真智が食事をおごる程度で終わることが多い。

 金銭をもらうのは吝かではないが、尊敬する蓮華のありがたい説法によると金は一円でも貸したり貰ったりしたらその関係が終わる。らしい。だから親しい奴とはすんなよと言われた事を彼は律儀に守っているのだ。ま、相手が福太郎が崇めるその教祖……ではなく、尊敬する僧侶の弟で告げ口される危険が高いからだが。

 正直、福太郎にとっては真智とのこの、腐れ縁が腐り過ぎて腐敗臭しかしないこの関係が今すぐにでも終わってくれても構わない。真智と違って、福太郎は友達や仲間だと呼べる人が多くいる。それは地元から逃げる必要もなく、地に足付けて活動していたからこそ手にいれた人脈だ。きっとあの時あの場所であんな風に地面に蓮華さんが埋めてくれなけば、今の福太郎はなかっただろう。多分。こればかりは結果論でしかないが、本人が強くそう思って信じているもので……。

 ただ、福太郎が真智とまだ縁が切ないのは蓮華との繋がりが切れてしまうこと、ただそれだけである。

 あまりにもデカそうな真智の態度は福太郎にとっては大変面白くないものに違いない。好きで首を突っ込ませてもらうだけじゃない。真智からの依頼でこちらは動いているというのに。もう一度関係を思い出してほしいのものだ。

「はあ? よくそんなこと言えるな、福太郎」

 しかし、それは真智も同じである。

 真智にっとて、福太郎は兄に無理やり押し付けられた友達だ。自分から友達になりたいと望んだわけでも、福太郎が真智に興味をもったわけでもない。ただ、魔王・蓮華が命令を下しただけの関係だ。

 真智は本来、友達を作らない自称蝙蝠タイプ。誰とでも仲良くできるし、誰とでもある程度は楽しく話せる。それは見知らぬ人でも、自分を嫌っている人間でも同じである。友達はなにかと煩わしくなると気付いたのは、小学校四年生の秋。親友だと思っていた友達が自分の嫌いな友達と真智が仲良く話ているのを見て、激怒した。それはさながらかの有名な太宰治が書いた走れメロスの、メロスの如く。どうやら四年三組のメロスはセリヌンティウスと暴君ディオニスが仲良く話していたのが許せないタイプだったらしい。その怒りを見て、四年三組のセリヌンティウスこと関柴真智はこの国全体に蔓延る共感の強制圧力から日々逃げる決意をするのだった。なんせメロスの怒りは三日三晩燃え続けて大変面倒くさいことになっていたのだから。

 それから真智は特定の人だけとつるむのをやめ、友達という役職を処分し全ての人万物に他人という役職を与えたのだ。

 だから、今手を引く、つまり永遠に縁を切る、要するに友達をやめてもいいんだぞと言う福太郎の言葉には『どうぞ、どうぞ』ぐらいしか返す言葉がない。そもそも、友達なんてものはただの言葉遊び。他人が架空の役職を名乗っていたところで真智には関係ない。

 だが、今回だけは福太郎の力が必要なのだ。

 今回だけは手を引かれたら困る。

 真智では、おそらく呪いのことも呪文のことも、果ては写真の女の子たちの情報すら手に入れることは難しいだろう。

 そうなれば、真智が期待しているオプションがどんどん下がって行ってしまう。それはダメだ。一番駄目だ。

 だが、偉そうな福太郎はもっと駄目だと思わないか? と、真智は笑う。

「俺だっていいんだぞ? 人助けしたいって友達の福太郎に協力を求めたら断られたって言っても」

「は? なに? ママにでも言いつけ……」

「んなわけねぇだろ。兄貴にだよ。なんなら今ここで叫んでもいいぜ。この時間、まだ本堂にいるから離れからだと声が届くし」

「はぁ!? 真智の癖に卑怯だぞっ!」

「お前の方が卑怯だろうがっ。突然手を引くとか言い出して自分の立場が上だと思わせようとしやがって! 俺たちは対等なんだよ。お互い人質がいるんだ。上も下もない。今回のことでお前は好奇心を満たす、俺は財布を満たす。それだけだろうがっ!」

「うっ」

 随分と痛いところを突かれてしまった。真智の言うとおりである。

「クソ、真智に言い負かされるなんて屈辱だ……」

「そう思われて方が屈辱だと思わないのかよ」

 まったくもって失礼過ぎると真智はぼやいた。

「はぁ。しかし、どう調べようね。本当なにも思いつかないんだよね」

「心当たりがあるものとかないの? 季節とか、時間とか、場所とか」

 記憶とは様々なデータの集合体だ。一つのデータに紐づく情報だって必ず何かがあるばず。

「んー。多分、会ったのは夜じゃないってことぐらい?」

「なんだそれ」

 夜じゃないは流石に限定的すぎるだろうに。

「本当それだけなんだよね。とりあえず、彼女のSNSの情報を一から調べてみるよ」

「そこまでしても思い出さなかったら、もしかして、前世であってるとか? あ。彼女にとっては確かに今が前世か」

 質の悪い己の笑いに、真智の口が大きく開く。

 しかし、福太郎はその逆だった。

「本当口を開くたびに不謹慎な男だな、お前は。なにその低レベルな冗談。何一つ笑えないし面白くないから。お前は仮にも詐欺と言えお悩み相談をしているわけなのに、人への配慮が足りないんだよ。昔から真智は人をバカにしてる節がある。性格の悪さが滲み出てる。言葉だけじゃないぞ顔にもだ」

 また母親のように喚き散らかす福太郎の鳴き声ならぬ説教に早々に飽きた真智は、ぼんやりと湿った空気の匂いを嗅いでいた。

 明日はどうやら雨が降りそうだと、彼は目を細めた。雨より先に説教の粒が降り注いでいるというのに。

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